Drazen Jorgic
[イスラマバード 8日 ロイター] – イスラマバードにある北朝鮮外交官の自宅に10月3日、3人の男がドアを蹴り破って押し入り盗みを働いた際、「戦利品」を運び出すのに3時間以上かかったと、隣人は証言する。略奪されたのは、数千本ものスコッチウイスキーやビール、フランスワインのボトルだった。
窃盗犯は用意周到だった。警察や目撃者によると、北朝鮮外交官Hyon Ki Yong氏の自宅にある酒庫を襲った窃盗犯は、自動車3台と小さなトラック1台を準備していた。酒類は、イスラム教徒の飲酒が法律で禁じられたパキスタンの闇市場で、総額15万ドル(約1700万円)に上る価値があったという。
警察は、犯行直後に被害品のほとんどを発見し押収した。警察は、窃盗犯とみられる警察官3人のほか、良く知られた酒の密売業者1人の逮捕状を取った。また、Hyon氏の自宅の使用人1人を逮捕した。
警察庁や税関の幹部は、今回の事件で大量の酒類が見つかったことで、北朝鮮外交官の一部が、手元の資金稼ぎ、または北朝鮮政府による外貨稼ぎの一環として酒を売っていたとの結論に至ったと話す。
核やミサイル開発を進める北朝鮮政府に対しては、国連主導の経済制裁の包囲網が狭められつつある。
Hyon氏について、「この北朝鮮人は、酒の販売に関与していた」と、捜査状況に詳しいイスラマバードの警察幹部は話した。ロイターは、Hyon氏が酒類を販売していたことを独自に確認することはできなかった。
北朝鮮大使館の電話に答えた外交官は、Hyon氏の事件などについてコメントせず、「それは大使館とパキスタン外務省との間で協議した」とだけ述べた。この外交官は名乗らずに電話を切り、その後掛け直したが応答しなかった。
捜査を担当する警察官のIshtiaq Hussain氏は、Hyun氏の使用人のBoota Masih容疑者が犯行への関与を自供し、詳細を全て話したと述べた。
警察が行方を追っている3人の警察官のうちの1人、Malik Asif容疑者は、ロイターの電話取材に対して犯行への関与を否定。現在は身を隠していると話した。また、北朝鮮人が酒の密売に関与していたのは間違いないと思う、と述べた。「彼らは長年、そのビジネスに携わってきた」
<大使館の圧力>
イスラマバードに駐在する外交官の間では、駐パキスタンの北朝鮮外交官が酒の密売に関与しているのではないかとの疑いが長年ささやかれてきた。
北朝鮮とパキスタンの歴史的な関係もあり、パキスタン政府は北朝鮮人による酒の密売に見て見ぬふりをしてきたのではないかと外交官らはみている。パキスタンの核開発の父と呼ばれるアブドゥル・カディル・カーン博士は2004年、北朝鮮に核開発の方法を売却したと述べている。
パキスタン政府は、北朝鮮外交官による密売行為の監視が不十分だったことを否定する。パキスタン外務省の報道官はロイターに対し、「そのような行為はこれまでも、そして今後も許容されることはない」と述べた。また、「パキスタンは今回の件を積極的に捜査しており、もし不謹慎な行為があったことが証明されれば、国内法や国際法にのっとって処罰する」とした。
イスラマバードの米国大使館は今夏、日本や韓国の大使館と共同で、パキスタン外務省に対し、北朝鮮大使館の人員が多すぎるとの苦情申し立てを行った。輸入した酒類の転売による北朝鮮政府の資金稼ぎを締め付ける狙いがあったと、イスラマバードやソウルの外交筋は話す。
ソウルの関係筋によると、日本と韓国の大使館は、こうした申し立てを1年以上にわたって行ってきた。日本外務省筋は、こうした経緯は把握していないと述べた。
ソウルの関係筋によると、パキスタンには、イスラマバードとカラチに計12─14人の北朝鮮外交官が駐在しているとみられる。パキスタン中央銀行のデータによると、北朝鮮とパキスタンとの公式な貿易は2016年8月以降停止しており、なぜこれほど多くの外交官が必要なのかいぶかしむ声が外交筋の間で上がっていた。
パキスタン外務省は、北朝鮮大使館に駐在する外交官の規模について他国から圧力があることに関する質問には回答しなかった。
<怒りと動揺>
北朝鮮外交官のHyon氏は、10月4日に中国出張から戻ってイスラマバードの自宅が窃盗被害に遭ったことを発見すると、すぐさま近くの警察署に被害を届け出た。
「彼は怒り、動揺していた」と、Hyon氏から事情を聞いた前出の警察官Hussain氏は振り返る。「そして、非常に心配していた」
ロイターが確認した警察書類によると、Hyon氏は警察に対し、ウィスキー「ジョニー・ウォーカー・ブラック・ラベル」1200本、ワイン200ケース、ビール60箱、テキーラ数十本、ダイヤモンド2つ、現金3000ドルが盗まれたと説明した。闇市場では、ジョニー・ウォーカーのウィスキー1本は80ドルで取引されており、1200本は9万6000ドル相当になる。
Hyon氏と北朝鮮大使館は警察に対し、アルコール類は合法的に輸入されたものだと説明し、それを証明する書類も提示したという。
ロイターが確認した外務省の書類によると、事件から1週間後、北朝鮮大使がパキスタン外務省の儀典担当官に面会し、Hyon氏が盗まれた品の返却を求めた。
外交特権を持つとみられるHyon氏が捜査対象となっているかは不明だ。
ロイターが確認した書類によると、北朝鮮大使館は2016年3─12月、4度にわたって酒類の輸入注文を出している。この書類からは、大使館の外交官が個人的に必要とする合理的な量をはるかに上回るアルコール類を輸入している大使館の実態が浮かび上がる。
この9カ月の間に、北朝鮮大使館はアラブ首長国連邦を拠点とする輸出業者「トゥルーベル」を通じ、フランスのボルドーワイン1万0542本を輸入していた。4度の注文の総額は7万2867ドルで、それにはハイネケンやカールスバーグといったビール1万7322缶や、シャンパン646本も含まれていた。
トゥルーベルの事業所の電話に答えた人物はロイターに対し、同社は現在では北朝鮮と取引していないと述べたが、それ以上説明しなかった。
<アルコール枠>
酒は、パキスタンでは慎重を要する問題だ。
イスラム教徒は、法律でアルコールの消費が禁止されている。だが欧米化されたエリート層の中には酒をたしなむ人が多くいる。
キリスト教徒やヒンズー教徒、シーク教徒など人口の約3%を占めるイスラム教徒以外の国民は飲酒を許されているが、輸入物の高品質な酒を合法的に入手するのはほぼ不可能だ。
これが、闇市場の温床となっている。酒は、国境や港で密輸されている。また、貧困国の外交官数人はロイターに対し、密輸業者から四半期ごとの「アルコール持ち込み枠」を数千ドルで買うと持ちかけられたと語った。
「これまで5回持ちかけられた。たいてい外交レセプションの場でだ」と、ある非西洋圏の外交官は語った。
パキスタンの規定では、北朝鮮大使館の一等書記官であるHyon氏は、3カ月ごとに決められた量のアルコールを輸入することができる。この枠を使えば、一例ではスピリッツ類120リットル、ワイン18リットル、ビール240リットルとなる。盗まれたと申告された量のほんの一部にしかならない量だ。
(翻訳:山口香子、編集:伊藤典子)
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