そもそも全人代は国会か?
中国では3月5日に全国人民代表大会(全人代)が開かれ11日に閉幕した。全人代は、しばしば「日本の国会に相当する」などという注釈がつくが、この会期を見るだけで、全人代は日本の国会と大違いなのが明らかだろう。
全人代は会期、年わずかに7日。日本の国会は通常国会だけでも年150日、これに臨時国会を合わせると年200日以上も開かれている。
会期がこれだけ違えば中身も違って当然だ。日本のメディアの中には、「日本の国会に相当」という表現を避けるためか「中国の立法機関」と注釈している場合があるが、これもまた誤解を生む表現だ。
というのも立法機関などと言うとあたかも、中国に司法、立法、行政という三権分立の民主主義制度が確立しているかに聞こえるからだ。日本で年間200日以上審議して法律を制定しているのに、中国がわずか7日間で日本の十倍以上の人口を抱える国の法律を審議して制定できる訳はないではないか。
しかも日本は国会議員を選挙の投票によって選出しているが、中国には民主的な選挙は行われていない。中国は共産主義国家であり、共産党独裁体制であって西側先進国の選挙制度も三権分立も完全に否定されているのだ。
今回、全人代では、国務院組織法改正案が可決された。国務院とは行政府を指すが、もともと国務院は共産党の指導に従うものとされていた。この改正で、「共産党中央の権威と集中統一指導を堅持しなければならない」と新たに明記されたのだ。
共産党中央とは習近平を指す。日本で、「政府は与党中央の権威と集中統一指導を堅持しなければならない」と国会で決議するなどと言う事が考えられるであろうか。この改正案が全人代で可決された時期に、日本の国会では、与党の総裁が野党に吊るしあげられていたのである。
首相の記者会見を取り止め
1970年代に日本は、中華人民共和国と正式に国交を結んだが、それ以来日本は中国が共産主義国家であること及び共産主義の異常さから目を背けてきた。
だが、今年の全人代の状況を見て日本国民は中共すなわち中国共産党の異常さに改めて気付かされたと言っていいだろう。
全人代開幕前日の3月4日、中共政府は、閉幕後の定例になっている首相の記者会見を今年は開かないと発表した。また特殊な事情がない限り、来年以降も数年間開かないと明言したのである。
一方で、「経済や外交、民生分野の記者会見は開く」としていて、その上で「総合的に考えた結果、首相の記者会見は開かないことにした」という報道官の説明は、支離滅裂と言って良かろう。
首相は政府を統括する立場にあるのだから、政府の総合的な立場を表明する記者会見を「総合的に考えた結果」開かないというのは、明白な矛盾だ。
経済政策の失敗
首相は行政府を総合的に統括するから、首相なのであって、その記者会見を総合的に考えて開かないと判断できるのは、首相の上司すなわち習近平以外にはありえない。
だが、もしそうなら、習近平は李強首相に総合的な立場を記者会見で表明させなかったことになる。これについては李強首相が習近平の立場を尊重して記者会見の辞退を習近平に申し出て、了承されたとも言われているが、いずれにしても最終的に判断したのは習近平であることは間違いない。
ところが奇妙なことに、習近平は、昨年は全人代で演説しているのに、今年は分科会で演説しただけで全体会合では演説していないのである。これは、中国共産党において総合的な立場で誰も責任を取れない状態が生じていることを示唆していよう。
この状態が具体的に何を指すかと言えば、経済崩壊の絶望的な状況であると見て間違いあるまい。というのも昨年10月、北京で開かれた一帯一路国際フォーラムでの習近平の演説を思い起こせばいい。
一帯一路を巡っては、中国の成長鈍化が鮮明になり、大規模な投資が困難になりつつある状況が指摘されていたが、習近平は、その懸念を払拭すべく「一帯一路を質の高い発展の新たな段階に推し進めたい」と力強く演説したのである。
だが、その後、中国の経済が崩壊ともいえる状況に陥っているのは、周知の事実である。要するに習近平は経済政策の失敗の責任を認めたくないのである。
中国の軍拡、米国の軍縮
中国の経済崩壊が明白になりつつある中で、今年の中国の国防費は前年度比7.2%増の1兆6655億元(約34兆8000億円)である。日本の今年度の防衛費は7兆9172億円であるから、日本の約4.4倍である。
米国では3月11日にバイデン政権が予算教書を発表し、2025年会計年度(2024.10-2025.9)の国防予算として8952億ドル(約130兆6992億円)を計上した。中国の約3.76倍である。
この数字だけ見ると、米国の軍事力が中国の軍事力を圧倒しているかに見えるが、米国は自国を含め世界全体に軍事力を配備しなければならないのに対して、中国は東アジアに戦力を集中できる。
活動領域で計算すると米国は中国の4倍以上の軍事力を持たなければ中国を抑止できないのである。3.76倍では、既に足りていないのだ。
しかも中国の国防費には兵器開発費が計上されていない。これを加えれば1・5倍~2倍になると見られる。つまり東アジアでは、中国の軍事費は既に米国のそれを凌駕しているのである。
もちろん、これは額面の比較であって、個々の兵器の性能においては米国が凌駕している。しかし、中国も兵器の性能を日々向上させており、質量ともに米国を凌駕するのは時間の問題なのだ。
だが本当の問題は、米国が、この現状を認識していながら国防費の増額を図ろうとしない点にある。米国の2025年会計年度の歳出総額は7兆2660億ドルで前年度比4・7%増なのに対して国防費は前年度比1%増に過ぎず、事実上軍縮している。
中国は前年度比7・2%増で大軍拡をしているのを見れば、バイデン政権に中国を抑え込もうなどと言う意思は到底伺えない。
1980年代、米レーガン政権はソ連の軍拡に対抗して質量ともにソ連を圧倒する大軍拡に乗り出した。結局ソ連の経済が軍拡競争に耐えられなくなり、ソ連は崩壊したのである。
中国の経済の崩壊は確かに始まっているが、米国の軍縮を尻目にあと10年は軍拡が可能だと見られる。
10年後、米国の軍事力を中国の軍事力が圧倒すれば、在韓米軍も在日米軍も撤退せざるを得なくなり、台湾を含む東アジアの覇権は自然に中国のものとなる。経済が破綻しても軍事覇権を握るというのは毛沢東の思想だが、習近平は毛沢東を崇拝しているのだ。
米国では伝統的に民主党政権は軍縮、共和党政権は軍拡なので、バイデン民主党政権が軍縮なのは当然ともいえるが、その政策は東アジアにとって極めて危険なのである。
(了)
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