「ヨーロッパと中東において歴史的な衝突が発生しているが、インド太平洋が依然として我々の作戦行動の中心エリアであることに変わりはない」、米国防総省が声明を発表した。
バイデン政権は2022年2月に「インド太平洋戦略」を発表、政府高官らは「米国にとってインド太平洋以上に重要な地域はない。米国の安全保障と繁栄は、根本的にインド太平洋の安全保障と繁栄にかかっている」と語る。
その2週間後、ロシアはウクライナへの全面侵攻を開始した。昨年10月にはハマスがイスラエルを攻撃した。今年の5月、米国とドイツはウクライナに対して西側の供与兵器を使用したロシア領内への軍事攻撃を承諾した。ロシアのプーチン大統領は米国をはじめとするNATO諸国の動きを警戒して、第三次世界大戦が「忍び寄っている」と警告した。
現在米国は、欧州・中東・インド太平洋、三つ全ての地域においてエスカレートする紛争に関与しており、米国が敵視する中国、ロシア、イラン、北朝鮮4か国の団結は例を見ない。
一方、中国は南シナ海においてグレーゾーン戦術を続けており、米国との相互防衛条約を発動させない範囲で周辺国の船舶に危害を加えている。5月に引退したジョン・アクイリノ前米インド太平洋軍司令官をはじめとする複数の米軍将校らが、中国は2027年までに台湾侵攻準備を完了させようとしていると警告している。
中国とロシアは軍事費を著しく増加させ、戦時体制に移れるほどの規模に至っている。ロシアによるウクライナ侵攻前夜、中露は互いのパートナーシップに「限界はない」と宣言し、今年5月にそれが再確認された。
また中国とロシアは、インド太平洋における合同軍事演習を通じて海軍連携を進めており、中国・ロシア・イランによる4回目の合同軍事演習は2か月前にアラビア海で行われた。
イランはドローンを、北朝鮮は砲弾をロシアに供与している。国連は4月、イランが核爆弾を製造するのに十分な高濃縮ウランを保有するまでに「数か月ではなく数週間で」成功すると警告した。
ウクライナとガザでの紛争、およびそれらに関わる危機的状況は、米国の対インド太平洋戦略に影響を及ぼしたのだろうか。答えは「ノー」だ。
米国務省のヴェダント・パテル副報道官は5月30日の記者会見でエポックタイムズの質問に対し、「インド太平洋、そしてアジア地域全般に対する我々の努力と関心が薄れたことはない」とし、中国側と頻繁に協議を行なっているほか、米日韓、米日比間の連携が緊密であることを強調した。
米国防総省のオースティン国防長官はこのようなパートナーシップネットワークを、インド太平洋地域における「新たな結束」と呼んだ。それと同時に、他の地域で厳しい状況に直面していることも認めた。1日にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議(通称:シャングリラ会合)でオースティン氏は、「当然、我々の作戦は諸地域の情勢と連関している」と、地域紛争の影響に言及した。
「ヨーロッパと中東において歴史的な衝突が発生しているが、インド太平洋地域が依然として我々の作戦行動の中心エリアであることに変わりはない」
安全保障アナリストはこの説明にあまり納得していない。
米地政学コンサル企業「キロアルファ・戦略」の共同設立者で、国防総省と国務省で要職を務めた経験もあるエミー・ミッチェル氏は、米国は欧州、中東、アジアに対する戦略は現在、抑止ではなく封じ込め戦略をとり、それぞれをつながりのない別々のものとして扱っていると指摘する。
米国は、敵対国が地域を超えて手を結んでいる今の情勢に適応し、その影響が波及することを未然に防ぐ必要があるという。
「敵対国が再び団結し、手を取り合っていることを認識しようとしなければ、米国にとって悲惨な結果が訪れるだけだ」
米シンクタンク「ケイトー研究所」の上級フェロー・エリック・ゴメス氏によれば、米国の防衛産業は、ウクライナへの供与によって消耗している兵器備蓄を補填しようとフル稼働している。一方でウクライナへの供与兵器を製造しながら、台湾に供与予定の防衛装備品を確保する必要がある。台湾への兵器売却は200億ドル(約3兆2199億円)に上ると見られ、これは台湾の国防費1年分に相当する。
昨年のハマスによる攻撃以降、米国がどれだけイスラエルを援助してきたかは不明だ。バイデン政権の対イスラエル軍事支援は100件以上にのぼるが、そのうちの2件(総額2億5千万ドル)だけが議会への事前通知を必要とする基準額を超えた(大統領は、一定の条件下において武器売却の同意を与える前に、議会に対し書面による証明を提出しなければならない)。
バイデン大統領が4月に署名した950億ドルの対外支援パッケージのうち、対ウクライナ軍事支援は140億ドル、対イスラエルに160億ドル、対台に20億ドルとなっている。
米国防総省は軍事需要の高まりを認識し、今年の1月に初の「国家防衛産業戦略(National Defense Industrial Strategy)」を発表した。それでも、台湾が求める兵器の多くは契約から供与まで3年ほどの時間を要する。
ミッチェル氏は兵器増産体制への移行を歓迎したが、「量は十分か、援助は間に合うか、といった問題がある。米国の防衛産業は、第二次世界大戦の時のように急速に増産できるほどの力を備えているのか。なにより重要なのは、生産スケジュールが適切かどうかだ」、と課題点を挙げた。
台湾の防衛力強化が二の次に
中国が台湾に侵攻した場合、その初期段階において外部の支援なしに防衛を果たせるかは、台湾が十分な弾薬、兵器備蓄を保有しているかどうかにかかっている。
一方で、ウクライナおよびイスラエル支援の緊急性が高いために、2019年以降、台湾への武器売却は滞っている。
米下院軍事委員会のメンバーである共和党のドン・ベーコン下院議員は2022年12月に、台湾への防衛装備品供与において190億ドル分の遅れが出ていると指摘。米メディア「Defense News」は、ウクライナ戦争がはじまった直後の2022年4月時点で売却契約は140億ドルにのぼっていたと報じた。
ウクライナと台湾が必要とする武器、弾薬は重なる部分が大きい。
ゴメス氏は公開情報に基づき、台湾への売却契約残額は200億ドルにのぼると推計した。これは、当初11月時点に予想していた数字を5億ドル上回る。理由は、「強力なミサイル発射装置である高機動ロケット砲システム(ハイマース)」の追加購入だ。
ウクライナと台湾は異なる経路を通じて大規模に弾薬、兵器の獲得を進めてきたが、両者の弾薬、兵器需要は重なる部分が大きい。イスラエルも兵器を必要としているが、ウクライナ戦争の与えたインパクトはそれを上回る。
ウクライナは、米議会の承認なしに軍需物資などを提供できる「緊急時大統領在庫引き出し権(Presidential Drawdown Authority:PDA)」のおかげにより、米国の備蓄弾薬、兵器から援助を受けてきた。事実上の対ウクライナ寄付だ。その一方で、台湾は必要な軍需品を「有償援助(Foreign Military Sales)」に基づいて獲得しており、こちらはより正式かつ長時間の購入プロセスを経る。台湾の購入品は、米国の備蓄弾薬、兵器からは供与されない。
米保守系シンクタンク「ヘリテージ財団」で政策顧問を務めるアレックス・ベレス・グリーン氏によると、バイデン政権は当初、新品の兵器を「有償援助」で台湾に供与するまでの時間を稼ぐため、備蓄兵器を用いてウクライナを支援する戦略をとった。
ベレス・グリーン氏は、「ウクライナ戦争が長期化し、台湾に供与するための兵器生産が追いつかないことで、その戦略は崩壊した」と語る。
「不幸にもウクライナ戦争は長期戦に入り、短期的な決着は見込めなくなった。一方で、中国による台湾侵攻はいつ起きてもおかしくない。我々は、中国当局がいつでも引き金を引く可能性が高い時期に置かれている。月日が経つにつれ、その可能性は高まるばかりだ」
ロシアは2024年、国家予算の3分の1を国防費にあてた。ロシアが長期戦を見込んでいる証だ。ベレス・グリーン氏はロシア・ウクライナ戦争を「工業力戦争」と呼び、「ロシアは、兵器の増産と同時進行で国家を戦争経済へと移行してきた」ことを指摘する。
また、ベレス・グリーン氏は今のバイデン政権は、インド太平洋地域を国家安全保障におけるもっとも重要なエリアであると強調する以上、ウクライナで起こりうるリスクを受け入れる覚悟が必要だと主張する。
それはウクライナへの援助停止を意味しないが、「ウクライナをめぐっては、より一層NATOの同盟国を頼る」必要があると語った。
米国は2021年12月以降、PDAを通じておよそ280億ドル、ウクライナ安全保障支援イニシアティブ(USAI)を通じて190億ドルの支援を行ってきた。USAIに基づく138億ドルの追加支援は、バイデン大統領が4月に署名した対外支援パッケージに含まれている。
支援プログラムにより、米国で新しく作られた兵器及びそれを購入した国々からそれらの兵器をウクライナに送ることが可能となる。ホワイトハウスは、台湾に対しても同様のイニシアティブをつくるために議会の支持を得ようと試みている。
ウクライナに供与された兵器の多く、例えばF-16戦闘機、エイブラムス戦車、ハープーン地対艦ミサイルシステムは台湾への武器売却リストにも載っている。売却額はそれぞれ、80億ドル、20億ドル、25億ドルとなっている。
米国防総省は2025年度予算にて、台湾への軍事支援金として5億ドルの増額を提案した。
ゴメス氏によると、これ以上の遅れが生じなければ売却予定兵器の半分以上(F-16戦闘機、無人機、ハイマース、戦車を含む)は2026年までに供与が完了するとの見通しを示した。
グリーン氏は、今後台湾へ十分に迅速なスピードで兵器、弾薬供与が行われると楽観視してはいない。
「2027年までに武器売却を完了させなければならない、とするのはあまり適切ではない」、なぜなら中国が2027年までに台湾へ侵攻するかもしれないからだ。また、武器の供与だけでなく、台湾軍がそれらを使用して戦闘ができるようになるにはさらに多くの時間を必要とする。
米国は初めて、PDAを台湾に適用して3億4500万ドルの軍事支援を行い、台湾が米国の兵器を入手するための新たなチャネルを開いた。米国防総省も2025年度予算にて5億ドルの増額を求めた。
ところがゴメス氏によれば、PDAが使用可能だからといって台湾の防衛力を解決したことにはならない。PDAが供与を認めるのは米国の備蓄兵器のみで、台湾が必要としているものと備蓄が必ずしも一致しないからだ。台湾側は主に短距離兵器を求めているが、2年を超えるウクライナ支援の影響で米国の短距離兵器の在庫は枯渇している。
加えて米国の防衛産業は、同時多発的な戦争及び武力紛争に対応する中でそれ自身の課題にも直面している。
5月に統合参謀本部副議長を務めるクリストファー・W・グレィディ海軍大将は米防衛産業の脆弱性を指摘した。産業基盤が長年にわたって縮小し、ジャスト・イン・タイム(必要な時に、必要なものを、必要な量だけ生産する)方式へと移行したため、兵器の在庫は多くない。また兵器システムの複雑化により、生産にかかる時間も増加している。
国防総省は速やかに契約方と交渉を行い、備蓄兵器から兵器を供与するのか、それとも新たに生産した兵器を提供するのかについて決める必要があるとグレィディ氏は述べた。
ミッチェル氏は、中国による重要鉱物(critical minerals)の独占は、米国が軍事物資の迅速な製造能力をさらに低下させる可能性があると指摘する。
しかしながら、米国は依然として軍事力において優勢だという。ミッチェル氏は、軍のリクルート状況が厳しさを増しつつも、「米軍の全体的な持続可能性はやはり強力だ」としている。主要な課題は、「物資、弾薬、食糧を台湾に届けることだろう」
「物資の運搬が喫緊の課題だ。我々は海を渡らなければならないが、中国にとって台湾は目と鼻の先だ」
台湾海峡は、最も狭い部分で幅は約130キロメートル、台湾の施政下にある金門島は中国大陸までわずか2キロの距離に位置している。
強まる中国の圧力
中国は米国とは違ってグローバルに軍隊を展開していないため、防衛戦力を台湾正面に集中させることができる。
2か月前に中国が発表した国防予算は前年比7.2%増の1兆6655億元(約34兆8千億円)を計上し、昨年と同等の増加率となった。中国は今や海軍艦艇数で世界最多を誇り、国防費は米国に次ぐ2位に位置している。
米シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ公共政策研究所」のマッケンジー・イーグレン上級フェローが発表した報告書によれば、購買力平価で見た場合、中国当局の発表する国防費は米国のそれに等しい。
アクイリノ前米インド太平洋軍司令官は、中国の国防費は「不透明」で、7.2%という数字が実際の増加率を示しているとは思えない、と指摘した。
米シンクタンク「外交問題評議会」でのインタビューでアクイリノ氏は、「中国当局はそのような計算結果を出した。中国経済の30%がどん底に落ちているにも関わらず、彼らは意識的に軍事力への投資を維持する選択をとった。私はそれを懸念している」と語り、借金漬けのインフラおよび不動産市場が中国のGDPでかなりの割合を占めていることに言及した。
台湾の頼清徳氏が新総統に就任した5月20日の就任演説で、中国との関係について「挑発せず、圧力にも屈せず、現状を維持する」と宣言した。また、中華民国と中華人民共和国は「互いに隷属しない」とも述べた。
中国当局はその数日後の5月23日と24日に台湾周辺で軍事演習を実施し、同演習は「台湾独立勢力による分裂主義的行動に対する強い懲罰行動である」と主張した。
米国防総省報道官のパトリック・S.・ライダー空軍准将は翌日の声明文で、「中国共産党軍(中共軍)による台湾海峡および台湾周辺における合同軍事演習について注視し、公的ルートおよび直接的なルートを通じて我々の懸念を伝えた」と述べた。
米インド太平洋軍司令官のサミュエル・パパロ海軍大将は日経新聞の取材に対し、この度の軍事演習はむしろ台湾侵攻への「予行演習」のようだったと語った。台湾シンクタンク「国策研究院」の郭育仁副所長もこの考えに同意する。郭氏は本演習を「具体的な目的を持った軍事動員」だとした。
当時のナンシー・ペロシ下院議長が2022年8月に台湾を訪問した直後に中共軍は軍事演習を行い、当局はその後も台湾周辺に艦艇を4隻常時展開させた。
郭氏はエポックタイムズの取材に対し、「演習は数日で終了したと思われているが、実際は異なる。中国は軍事演習という名の下で本当の目的をごまかそうとしているのだ」と、事前の演習で相手を麻痺させ境界線を押し広げる中国当局の策略を指摘した。
習近平は、「どのように戦闘が行われるにしても」兵士の訓練を重視すべきだと主張した。同じ原則は習近平が2015年に行った軍事改革にも用いられている。
中国は台湾周辺においてグレーゾーン戦術(平時とも有事とも定義できない強圧的な行動)を利用している。中国当局は東シナ海、南シナ海の紛争水域における領有権のほとんどを不当に主張し、軍事施設を備えた人工島の建設を繰り返してきた。当局の艦艇は近隣諸国、特にフィリピンの船舶に対してよりいっそう攻撃的な行動に出るようになった。
台湾「国策研究院」の郭育仁副所長「これらのグレーゾーン戦術は、戦闘機訓練の経験と機会を提供している」
これらの戦術は「大変危険」だと郭氏は指摘する。
「これらのグレーゾーン戦術は現実に、戦闘機、貨物機、および海軍兵士らに対し、戦闘が勃発する可能性のある全ての地域における訓練の経験と機会を提供している」
郭氏と台湾国防安全研究院の陳亮智客員研究員は、トランプ政権以降、米国が台湾問題を国際安全保障における重要な問題に引き上げたことは良い傾向だと述べた。
陳氏は、「台湾を失った場合、第一列島線の真ん中に大きな穴が開くことになる。すると米国は第二列島線まで引き下がらなければならない」と語った。
米国防総省の列島線(中国とロシアをインド太平洋に封じ込め、両国の海洋進出を制限する)戦略の中で、第一列島線では日本、台湾、フィリピンが、第二列島線では日本、グアム、パラオが戦略的に重要とされている。
陳氏によれば、台湾の高官らは未完了の武器売却について懸念を示している。台湾は軍事物資、食糧、燃料の備蓄を行った上で、中共軍による初期攻撃に耐えなければならないからだ。
アクイリノ前米インド太平洋軍司令官は引退する1か月前に、米軍の強さを次のように表現した。「海中、海上、空中、宇宙、サイバー空間を含めた全てのドメインにおいてグローバルに作戦を展開し、それを効果的かつ同時並行で実行できる国は他にない。米国を除いて一国もない」
エポックタイムズからの質問に対し、米インド太平洋軍のマシュー・カマー報道官は電子メールで「その他の紛争が精密兵器と弾薬備蓄の需要を高めるかもしれないが、問題の違いは、太平洋における主要な戦闘を抑止したり戦闘で勝利したりする我々の能力を裏付ける軍事力に影響を及ぼしてはいない」と回答した。
米国防総省はエポックタイムズからのコメントの求めに対し、返答していない。
オースティン国防長官は5月のシャングリラ会合で中国側の董軍国防部長と面会した際に、対話の重要性を強調した。
「私は言った。もし緊急時に董氏が電話してきたら私は電話に出ると。そして彼が同じ考えであることを切に望むと」。オースティン氏はまた、「そのようなコミュニケーションがあってはじめて物事を適切に処理し、いっそう安定した、より良い安全保障環境を目指すことができる」と述べた。
郭氏によれば、中国のグレーゾーン戦術に対し、米国は情勢悪化の恐れから主に外交ルートでの交渉に努め、中国との正面衝突を避けてきた。そうなると、台湾、日本、およびフィリピンは事実上、中国当局の攻撃的な行動に対し単独で対処しなければならない。
「これはあまり良い方法ではない。中共軍が米軍周辺の空域、海域を熟知するようになると、戦闘で中共側がより有利になるためだ」
郭氏は、米国がよりリーダーシップを発揮し、一致団結して中国の本格的な衝突に至らない程度の活動を繰り返すようなグレーゾーン戦術に対抗すべきだと提案した。さもないと、他国に米国は戦場での認識力が欠けていると受け取られてしまう。
「戦場における警戒感の欠如は危険だ。『行動は全て把握している』というメッセージを強くはっきりと中国当局に伝えなければ、対中抑止は失敗する」
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