和歌山県白浜町のレジャー施設「アドベンチャーワールド」で飼育中のジャイアントパンダ4頭が、今年6月末に中国に返還されることが決定した。背景には、中国が展開する「パンダ外交」戦略と、1994年から続いてきた日中間の契約満了がある。本稿では、パンダ返還の背景、国際的な影響、経済的負担、そして今後の「パンダ外交」の動向を解説する。
アドベンチャーワールドでは、良浜(24歳)、結浜(8歳)、彩浜(6歳)、楓浜(4歳)の4頭を飼育してきた。これらのパンダは、6月末に中国四川省の成都ジャイアントパンダ繁殖研究基地に返還されることが確定している。
良浜はアドベンチャーワールドで初めて誕生した個体であり、これまでに10頭の子を出産した「名母」として高い評価を得てきた。結浜、彩浜、楓浜はいずれも良浜の子であり、母子4頭が同時に中国へ戻る事例はきわめて珍しい。
この返還の主因は、今年8月に契約満了を迎える日中のパンダ保護プロジェクトにある。日本国内で飼育されているパンダはすべて中国からの貸与によるものであり、所有権は中国側にある。契約終了後には返還が前提となるため、今回の決定に至った。
この4頭が中国に戻れば、日本国内で観覧可能なパンダは上野動物園の2頭のみとなる。しかし、これらも2026年2月に契約期間を終える予定であり、今後の展開に注目が集まる。
和歌山県が中国から継続的にパンダを受け入れてきた背景には、アドベンチャーワールドの優れた飼育・繁殖体制に加え、同県選出の二階俊博・自民党元幹事長による政治的な影響力がある。二階氏は長年にわたり日中友好議員連盟の会長を務め、中国共産党政権との太い外交ルートを築いてきた。
和歌山県と中国四川省の交流やパンダ貸与交渉において、二階氏の働きかけは重要な役割を果たしてきた。前和歌山県知事も「中央政府に積極的に対応してもらえる背景には、二階代議士の存在がある」と述べており、実際の交渉においてもその影響は大きかったといえる。
中共「パンダ外交」と米欧の対応
中国共産党は、ジャイアントパンダを「友好の象徴」と位置づけ、他国への貸与を通じて外交関係の強化と国際イメージの向上を図ってきた。これがいわゆる「パンダ外交」である。近年、アメリカやオーストラリアなど西側諸国への貸与が再び活発化しており、中国経済の減速や対中包囲網の形成といった国際環境が背景にある。
米欧では、「パンダが外交的な取引材料や圧力手段として利用されている」との批判が根強い。たとえば、米中関係の悪化に際しては、パンダの返還を求めたり、新規貸与を停止するなどの対応が見られた。このような状況では、パンダの貸与が「報酬」や「制裁」として機能していると受け止められている。
また、中共は強硬な「戦狼外交」から、よりソフト的な「パンダ外交」へと戦略を転換し、国際社会からの批判や警戒感の緩和を図っている。こうした動きは、実際の政策や人権問題をパンダの可愛らしいイメージで覆い隠す「パンダウォッシング」とも呼ばれ、警戒感が広がっている。
さらに、パンダの貸与が経済的な利権や外交的譲歩と結びつくことも多く、たとえば英国への貸与時期と石油取引の成立が重なった事例も存在する。受け入れ国が中共に批判的な姿勢を見せた場合、中共側がパンダの引き揚げを通じて外交的圧力をかける手法も確認されている。
近年のパンダ返還事例とその背景
近年では、米欧でパンダの返還が相次いでいる。以下に代表的な例を挙げる。
アメリカでは、ワシントンD.C.のスミソニアン国立動物園およびテネシー州のメンフィス動物園で、2023~24年にかけてパンダを中国に返した。昨年末の時点では、アトランタ動物園の4頭のみが国内に残る状況となっている。
イギリスのエディンバラ動物園でも、2023年末に契約満了によってパンダが中国に戻された。フィンランドのアートゥリア動物園では、コロナ禍の影響による経営悪化、インフレ、来園者減少が早期返還を決定付けた。
パンダの高額なレンタル料と飼育コスト
ジャイアントパンダを動物園で1頭展示・飼育する場合、中国へのレンタル料(保全協力費)は年間約1億円に上る。これは中共が「外交パンダ」として提供するパンダが国家の資産であるとの立場をとっているためで、その収益の一部は野生パンダの保護活動に充てられているとされる。
さらに、餌代や医療費、専用の飼育施設の維持費、専門スタッフの人件費などを含む飼育管理費が年間約7800万円かかり、総額では年間2億円近い費用が必要となる。
特にパンダは主に竹を主食としており、1日に数十キロもの新鮮な竹を消費するため、輸送コストや保管の工夫も必要となる。
この金額は他の動物と比較しても突出して高く、経営に余裕のない動物園にとっては大きな負担となる。たとえば、ライオン1頭の購入費は約50万円であり、パンダ1頭の年間レンタル料はライオン200頭分に相当する。
さらに、パンダは繁殖が非常に難しい動物であるため、出産や子育てにかかる追加の費用やリスクも無視できない。
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