アメリカの首根っこを押さえる中国製医薬品 貿易戦争で対中依存解消へ

2025/04/28 更新: 2025/05/01

2020年に世界を襲った新型コロナウイルスの感染拡大。アメリカでは全国の病院でマスク、手袋、重要医薬品の調達不足が生じた。

製薬産業で世界をリードするアメリカだが、パンデミックの教訓は政界とヘルスケア業界を震わせた。そこで、危険性が軽視されてきた「医薬品の対外依存」という問題にメスが入るかと思われた。

ところが、パンデミックから数年経過した現在も状況はほとんど変わらない。米医薬品卸売会社の最高経営責任者(CEO)マイケル・アインホーン氏はエポックタイムズの取材に対しそう語った。対中貿易が完全にストップした2020年3月、アインホーン氏は「サプライチェーンの悪夢」を見た。

アメリカのジェネリック医薬品は国外の供給元に大きく依存しており、そのうち原料・原薬のほとんどは中国製だ。

ホワイトハウスは4月1日、米通商拡大法232条※に基づき、医薬品および原薬・原料の輸入が国家の安全保障に与える影響を調査するよう求めた。

※特定の輸入が米国の国家安全保障に脅威を及ぼす場合、関税引き上げや数量制限などの是正措置を発動する権限を大統領に付与する規定

アインホーン氏は、「232条に基づく調査は長らく待ち望まれていた」と話す。

中共は製薬産業を重点分野として掲げ、戦略的な後押しをしてきた。加えて、アメリカ国内の医療制度が構造的欠陥を抱え、アメリカ政府が製薬産業の対外依存に対して断固たる行動をとらずにいた。こうした状況の中で、重要医薬品における対中依存が形成されたと、専門家は指摘している。

製薬産業は自動車産業と異なり、戦略的な計画なしに関税をかければ直ちに供給不足と価格高騰を招いてしまう。

「アメリカは首根っこをつかまれている。残念ながら主導権を持つのは中国だが、人々はそれを認めようとしない」、とアインホーン氏は語った。

安全保障上の脅威

中国をはじめ世界各地に生産拠点を移し、海外に製造を委託した結果、アメリカは多くの救急薬品を自国で製造できなくなった。専門家は、これは国家の安全保障上憂慮すべき事態だと指摘する。

医薬品の対中依存に警鐘を鳴らすローズマリー・ギブソン氏によれば、医薬品の対外依存は人災によるものだが修復不可能ではない。

ギブソン氏はエポックタイムズの対談番組『米国思想リーダー』の取材に対し、「対外依存の構造的問題を変えなければ、いずれ破滅的な失敗と人命喪失をもたらす」と警告した。

「アメリカは抗生物質を製造する能力を完全に失った。ペニシリンをはじめ、肺炎や敗血症(致死的疾患)の治療に使用される抗生物質も作れないのだ」

調剤中の薬剤師、米マイアミ州(Joe Raedle/Getty Images)

232条に関する提出書類によれば、同条に基づく調査の対象には「ジェネリック医薬品と非ジェネリック医薬品、感染症危機対応医薬品等(MCM)、主要出発物質(KSM)や原薬(API)などの重要投入物、およびそれらの派生品」が含まれる。

調査を経たのち、対中依存を是正するための政府による戦略プランの策定が期待されている。

「一国の製造業が空洞化するほど、その国はますます脆弱になる」。このように語るのは、退役軍人で現在はアメリカに拠点を置く安全保障シンクタンク「戦略的リスク評議会(CSR)」の客員シニアフェローを務めるヴィクター・スアレス氏だ。

第二次世界大戦中、数十万のアメリカ兵士が海外で戦闘を繰り広げたが、民間セクターの生産力なしでは戦争などありえなかっただろう、とスアレス氏は指摘する。自動車や電気製品を製造していた工場は、すぐさま軍需工場へと様変わりした。

「製造業こそが、国防の要だったのだ」

ギブソン氏は自身の著書で、中共がいかにして医薬品といった重要産業を戦略的に支配してきたかを説明している。中国との医薬品貿易が拡大した結果、2000年代の初期にはペニシリンの製造プラントがアメリカからを姿消した。

中国が世界貿易機関(WTO)に加盟したのは2001年。それ以降、中国の安価な原料が怒涛の勢いで市場に流れ込んだ。

「アメリカ、ヨーロッパ、インドの製薬産業を追い出そうと、中国の製薬産業は極限まで値段を下げて輸出した」「今や中国がペニシリン原料の主要サプライヤーとなり、価格を吊り上げはじめた」とギブソン氏は話す。

カプセル剤の生産ライン、中国・北京(Teh Eng Koon/AFP via Getty Images)

中共の秘密兵器:医薬品原料

現在、世界の医薬品原料の大部分は中国が供給しており、ギブソン氏の推計によれば、アメリカで使用されるジェネリック医薬品の主要原料の約95%が中国に依存している。

仮にアメリカが医薬品の完成品を中国ではなく他国から輸入する場合でも、それらの国は主要出発物質(KSM)や原薬(API)を中国から調達しているのが現状だ。

医薬品の製造プロセスは、出発原料の調達から始まり、中間体や原薬を経て、完成品(各種錠剤)へと加工される。中国で生産されたKSMはインドなどでAPIに加工され、その後、アイルランドなどで完成品が生産され、アメリカに供給されるという流れだ。

KSMなしではAPIは作れず、APIなしでは完成品は製造できない。KSMとAPIの供給を握る中国は、世界の製薬サプライチェーンにおいて最上流の位置を占めている。

トランプ大統領は、関税を通じて国内の製薬産業を復活させ、医薬品の対外依存を減らそうとしている。

トランプ氏は記者団に向けて、「我々は自国で医薬品をつくらなくなってしまった」「製薬会社はアイルランドや他の多くの場所、中国へ移転してしまった。彼らの移転を上回る速度と規模で関税をかけなければならない」と話した。

次なるターゲット

アメリカ政府は232条に基づく調査の一環として、財界、貿易業界、学界、その他要人にヒアリングを行い、情報収集を進めている。

4月13日、ハワード・ラトニック米商務長官はABCニュースの取材に対し、医薬品および半導体製品へ「1か月または2か月以内」に関税を発動する予定だとした。

医薬品と半導体に課される個別的な関税について、「交渉の余地はない」と言明している。

「関税措置により、国内製造が必須な国家安全保障に関わる主要製品のサプライチェーンを国内回帰させるためだ」と、理由を説明した。

3月14日、ホワイトハウス前で記者団に発言をするハワード・ラトニック商務長官。(Andrew Harnik/Getty Images)

スアレス氏は、関税だけでは医薬品の対外依存を解消するに至らないと指摘する。

「国内の製造業を刺激するためには、優遇措置が不可欠だ」とスアレス氏は述べ、事業拡大や設備投資に積極的な企業への優遇税制措置の導入を提案した。

「問題は、アメリカ人が受けるほとんどの処方箋のうち、90〜92%がジェネリック医薬品であるということだ。ベンチャーキャピタルやプライベート・エクイティなどから大規模な投資を受ける先発医薬品と異なり、ジェネリック医薬品の製造には政府主導のイニシアチブが必要だ」

スアレス氏はさらに、アメリカが1970年代から続けている戦略石油備蓄(SPR)の取り組みにならい、医薬品についても戦略的な備蓄をすべきだと強調する。

KSMとAPIは長期的に備蓄可能であり、実現すればアメリカの製薬産業に戦略的な柔軟性と機敏性をもたらす。

アメリカの石油備蓄は、アラブ諸国が石油輸出を停止した1973年の石油危機をきっかけに整備された。

「政府も民間企業も、責任ある組織なら必ず緊急時対応計画(コンティンジェンシー・プラン)を持っている」「製薬産業にも、いざという時に備えるための計画が必要ではないか」とスアレス氏は締めくくった。

Emel Akan
エポックタイムズのホワイトハウス上級特派員、トランプ政権担当記者。 バイデン前政権とトランプ第一次政権時は経済政策を担当。以前はJPモルガンの金融部門に勤務。ジョージタウン大学で経営学の修士号を取得している。
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