ビル・ゲイツ氏は国連に対し、気候目標に対する「終末論的な見方」から大きく転換し、貧困の削減とワクチンへの資金拠出を優先する「戦略的な方向転換」を行うよう求めた。10月28日の円卓会議で、ゲイツ氏は記者団に「マラリアを根絶するか、気温の0.1度上昇を避けるかの選択を迫られたなら、私は気温が0.1度上がることを容認してでもマラリアをなくす方を選ぶ。人々は現在すでに存在する苦しみを理解していない」と述べた。
マラリアは、蚊を媒介として広がる感染症で、HIV/AIDS、結核と並ぶ、三大感染症の一つ。アフリカや南アジアなど熱帯地域で毎年数十万人が死亡している。
マイクロソフトの共同創業者であるゲイツ氏は、自身の70歳の誕生日に合わせて公表した17ページに及ぶ文書で、アメリカを中心とする富裕国が対外援助を削減していることにより、ワクチンの資金に影響が出ているとして、今回の方針転換は「現実的な対応」であると説明した。ゲイツ財団は、ワクチンと予防接種のための世界同盟(GAVI)をはじめとする国際保健機関や各種研究プログラムへの主要な資金提供者である。
一方、途上国でゲイツ財団が資金を提供してきた一部のワクチン接種プログラムについては、同意手続きや透明性の欠如、深刻な副作用や死亡例を引き起こしたとして批判もある。2017年には、インド政府が利益相反を理由に、ワクチン関連の一部事業におけるゲイツ財団との資金連携を停止した。また、コロナワクチンの接種推進においてゲイツ氏が深く関与していたこともあり、ワクチンの安全性や有効性に対する疑念が世界的に高まっている。米国保健福祉長官のケネディ・ジュニア氏(長年にわたりゲイツ氏を批判してきた人物)は最近、小児用ワクチンの安全性に関する包括的見直しを開始すると発表した。
マラリアと栄養失調をめぐる主張
ゲイツ氏は、気候変動をマラリアや栄養失調と同様に解決すべき重要課題であるとしながらも、人間の福祉を評価する指標として気温目標のみを用いることは適切ではないとの考えを示した。
同氏は、ワクチンは健康状態を改善し、より強靭で回復力のあるコミュニティを形成することで、気候変動の課題への適応力を高めるため、資金提供の優先対象とすべきだと述べた。
さらに同氏は、シカゴ大学の「Climate Impact Lab」の研究を引用し、今世紀末までの経済成長を考慮に入れると、気候変動による将来の死者数は50%以上減少するとの試算があると指摘した。
来月、ブラジルで開催される国連気候変動枠組条約第30回締約国会議を前に執筆された同文書で、ゲイツ氏は、気候目標に充てられている資金が「適切な用途」に使われていないと批判した。
また「支援資金で何を賄うかについての基準は極めて厳格であるべきだ」と述べ「1万トンの排出削減のために数百万ドルを費やすような取り組みは、その基準を満たさない」と指摘した。
「現実的な視点」
ゲイツ氏は、気候変動には深刻な影響があると認めつつも、それが人類の存続を脅かすものではないという見方を示し、資金は農作物の耐性向上や医療体制の整備に振り向けるべきだと主張する。
同氏は「気候変動推進派の中、私自身の温室効果ガスの排出量を理由に、私を偽善者と批判するかもしれないが、私は正規のカーボンクレジット(排出削減量を取引し、排出を相殺できる制度)によってすべて相殺している。これを気候変動を軽視するための口実だとみなす人もいるだろう」と記した。
さらに、産業革命前からの気温上昇を2度以内に抑えることは「全く不可能」だとしながらも「おそらく3度未満にはとどまる」との見方を示し、適応策と技術革新が進めば、そのような気温上昇であっても「文明の終わりにならない」と強調した。
ゲイツ氏は記者団に対し「気候変動が重要ではないと考える人はこの文書に賛同しないだろうし、気候変動こそが全ての原因であり破滅的だと考える人も賛同しないだろう。これは、貧困国を支援するために資金とイノベーションの効果を最大化しようとする、現実的な視点だ」と語った。
方針転換
今回のメモは、ゲイツ氏が2021年に著書を執筆し、自らが「気候災害」と呼ぶ事態を回避するための排出量削減計画を提示して以来、個人的な考え方の変化を示している。
10年前、各国首脳はパリ協定に署名し、地球温暖化を1.5度に抑えるという目標を掲げたが、科学者らはこの目標を達成することはほぼ不可能との見方を示している。
トランプ米大統領はアメリカをパリ協定から離脱させ、人為的な地球温暖化の概念を繰り返し「でっち上げ」と主張。昨年9月23日の国連総会での演説においても、気候変動を「詐欺」「世界史上最大の詐欺」と表現した。
フォーブス誌によると、2025年5月時点でゲイツ氏の純資産は1151億ドルに達し、世界で13番目の富豪となっている。
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