カナダ国籍の中国系女性、ビーウェイ・チャン(Biwei Zhang)が、NATOのヨーロッパにおける最高軍事司令機関で勤務していた際、第三国のためにスパイ活動を行った疑いでベルギー警察に拘束された。チャンは現在も勾留されており、保釈を認めなかった決定を不服として上訴した。
カナダのCTVによると、チャンはClaireやCatinaなどの名前も使用していた。ベルギー当局は7月25日、チャンを拘束したと発表し、第三国のためにスパイ活動を行った疑いがあるとして、裁判前の保釈を認めなかった。
ベルギー連邦検察当局は、チャンがどの国のために活動していた疑いがあるのかを明らかにしていない。カナダ政府も、事件は現在も捜査中だと強調している。
CTVによると、張容疑者はNATOに入る前、約10年間にわたりカナダ連邦政府の機関で勤務していた。その後、NATO欧州連合軍最高司令部(SHAPE)で実習生として勤務していた。
SHAPEは、NATOの軍事作戦の指揮・調整を担い、部隊の展開や軍事資源の配分、サイバー防衛などに関わる重要機関である。
カナダ政府職員からNATO軍事司令部の実習生へ
報道によると、チャンは1993年生まれで、現在はカナダ国籍を有している。ただし、いつカナダ国籍を取得したのかは明らかになっていない。裁判所の資料では、2023年時点でもカナダの永住権保持者と記載されていた。
チャンは、カナダ政府の学生向け就業プログラム「Federal Student Work Experience Program」を通じて政府機関で働き始めた。
2018年にはカナダ国立研究評議会で臨時職員として採用された。その後、カナダ統計局に勤務し、2022年まで在籍していた。
チャンはオタワ大学でシステム科学・工学の修士課程に在籍していた。母語は中国語で、英語とフランス語も話すという。研究分野には、経済学、AI、自動運転車、ドローン、ロボット技術などが含まれていた。
チャンがSHAPEで勤務中にスパイ活動に関与した疑いが明らかになったことを受け、一部の安全保障専門家は、カナダの安全審査制度に問題がなかったのか疑問を呈している。
SHAPEで扱われる情報の大半は機密
SHAPEは加盟国間の軍事作戦の調整、部隊展開の計画、戦略的な即応態勢の整備、サイバー防衛などを担っている。
NATOの元軍関係者は、SHAPEで勤務する職員は通常、少なくとも「機密級」の安全審査を通過する必要があると説明した。
この元関係者は「SHAPEでやり取りされる情報の約99%が機密情報だ」と述べた。
カナダの安全審査に見落としはなかったのか
カナダ外務省は、チャンがNATOの実習職に応募した際、カナダ政府から機密情報取扱資格を付与され、カナダ安全情報局(CSIS)の審査も受けていたことを認めた。
CSISの資料によると、同局は2025年、カナダ連邦政府のために12万9740件の安全審査を実施した。
カナダのトルドー前首相の国家安全保障・情報顧問を務めたジョディ・トーマス氏は、今回の事件について、チャンがいつ政府機関に入ったのか、それぞれの安全審査で何が判明していたのか、当時把握できなかった情報は何だったのかを、経緯をさかのぼって検証する必要があると指摘した。
また、安全審査の仕組みに制度上の抜け穴がなかったのかも調べるべきだとしている。
就職申請で見つかっていた「危険信号」
トーマス氏は、チャンがカナダ国境サービス庁(CBSA)の職に応募した際、不正行為が確認されていたことについて、見過ごされた「危険信号」だったと指摘した。
カナダ連邦裁判所の資料によると、チャンは2020年、CBSAの初級分析官の職に応募した際、異なる2つの名前を使って2件の応募書類を提出し、標準適性試験を2回受験していた。
カナダ公共サービス委員会は調査の結果、採用される可能性を高めるための不適切な行為だったと判断した。
トーマス氏は、「この応募時の不正行為を除けば、それ以前の経歴には問題がなく、SHAPEに入った後で外国の情報機関に協力するよう勧誘された可能性もある。一方で、長期間にわたり潜伏し、機会を待っていた可能性もある」と指摘した。
AIやドローンを研究
CTVによると、チャンはオタワ大学在学中、スマート・コネクテッド・ビークル・イノベーションセンター(SCVIC)の研究に参加していた。
研究内容には、AIの安全性、自動運転技術、エッジコンピューティング、次世代車両ネットワークなどが含まれていた。
CSISの元職員、ダン・スタントン氏は、NATO内部の情報を入手しようとする外国の情報機関にとって、こうした技術分野の経歴を持つ人物は利用価値が高い可能性があると指摘した。
NATOの軍事体制に関する情報には、人間関係や軍事計画、技術開発の方向性なども含まれ、外国の情報機関が関心を寄せる対象になり得るためだという。
関与した国は特定されず
チャンが中国で生まれ、母語が中国語であることを踏まえ、スタントン氏はCTVの取材に対し、今回明らかになった状況は、中国共産党がNATOの情報収集に関心を寄せているとの見方と一致すると述べた。
トーマス氏も、CSISが最近、インド政府と中国共産党(中共)政権が学生をカナダに送り込み、スパイ活動に従事させていると警告していたと指摘した。
ただし、ベルギー検察当局は、チャンが特定の国のために活動していたとは公表していない。カナダ政府も、中共の関与を正式には認定していない。
ベルギー検察当局とカナダ政府はいずれも、捜査が完了するまで、特定の外国政府についてコメントしないとしている。
インターネット上の経歴情報によると、チャンはWTOで経済研究員、欧州宇宙機関で政策分析官を務めたほか、カナダ規格評議会やカナダ宇宙庁でも勤務していたとしている。
WTOの関係者はCTVに対し、チャンがClaire Zhangの名前で、2023年5月から10月まで短期間、WTOの実習生を務めていたことを認めた。
カナダ宇宙庁は「極めて深刻に受け止めている」と回答した。一方、ベルギー連邦警察が事件関係者の氏名を公式に公表していないとして、チャンの身元や在籍歴については明らかにしなかった。
チャンをめぐる事件は、現在も司法当局による捜査が続いている。
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