論評
この1週間、事態はめまぐるしく動いた。
ランド・ポール上院議員は、アンソニー・ファウチ博士が米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)所長として強い影響力を持っていた時期の、米国立衛生研究所(NIH)に関する数千ページもの資料を公開した。当時、ファウチ氏の妻はNIH全体の倫理部門を率いていた。
ファウチ氏は2022年12月に退任した。それまでの3年間、主要メディアは彼をアメリアkの科学界を代表する存在として取り上げ、呼吸器感染症のパンデミック対策をめぐる第一人者として扱っていた。彼は連日のようにテレビに出演し、多い日には1日12本ものインタビューに応じていた。
その一方で、ファウチ氏は日々の行動を詳細に記録していた。大勢のスタッフとともに、その記録を自伝の初稿としてまとめる準備を進めていたのである。彼自身、メディアによって築かれた評価のまま歴史に名を残すと考えていたのだろう。数多くの賞を受け、その中には賞金が数十万ドル規模に上るものもあった。各界の有力者からも厚遇されていた。
しかし、そうして築かれた評価は今、大きく揺らいでいる。理由は単純だ。かつて彼が所属していた組織を現在率いているのは、ファウチ氏が公私にわたり激しく批判してきた人々だからだ。
今回の資料公開は、復讐ではなく、透明性を確保するためのものだと私は考えている。検閲やメディア報道によって正確な情報に触れる機会を奪われた時期について、米国民には真相を知る権利がある。
これほど内部の実態を知ることのできる資料は、めったにない。
例えば、億万長者のビル・ゲイツ氏がNIHで特別なセキュリティー権限を与えられ、訪問するたびに極めて手厚い待遇を受けていたことが資料からうかがえる。
ゲイツ氏はパンデミックに関する著書について、出版前にファウチ氏に内容を確認してもらっていた。ファウチ氏はNIHのデービッド・モレンス博士を編集担当者として紹介していた。モレンス氏はその後、文書の取り扱いをめぐって追及を受けた人物である。こうした驚くべき記述は、その後も次々と出てくる。
私は日誌が公開された後、すぐに読み始めた。全1100ページと聞いたが、実際には小さな文字がびっしり詰まった1100ページである。通常の書籍にすれば、2400ページほどになるだろう。それでも読む手を止められなかった。私はこの問題を日々追ってきただけに、当時、外の世界で起きていたことと照らし合わせながら、ファウチ氏自身が何を考えていたのかを知ることに強く引き込まれた。
週末は完全につぶれた。それだけではない。翌日も、その夜も、さらにその次の日も、この資料を読み続けた。読み終えたのは木曜日の夕方遅くだった。特に重要で、驚かされた部分について取ったメモだけでも、スクリーンショットを含めて30ページに達した。その数日間は睡眠時間を大幅に削り、予定もすべてキャンセルした。それほど内容に引き込まれたのだ。
その理由はお分かりだろう。長年にわたり、我々は「偉大さ」という神話を延々と聞かされ続けてきた。しかしそれは突如として崩れ去った。徐々に、しかし激しく、そして一気に。著者(ファウチ氏)は上院小委員会に召喚され、ウイルスの起源、契約関係、隠蔽工作、名声と富を求めた動き、その他多くの事柄について、詳細な尋問を受けた。
しかし質問を受けるたびに、ファウチ氏は自己負罪を拒否する権利を定めた米憲法修正第5条を行使し、証言を拒んだ。ただ、筆者にはこれが奇妙に映る。筆者の理解では、ファウチ氏はすでに2014年以降の行為を対象とする恩赦を受けており、過去の行為について訴追される可能性は大きく限定されていたからである。
彼に残されていたリスクは、偽証罪に問われることだけだった。しかし、そのリスクさえ冒すことができなかった。そこで彼は終始沈黙を貫き、憲法修正第5条に基づく黙秘権を111回行使した。私はこれまで数多くの上院公聴会を見てきたが、これほどのものは見たことがない。緊迫感は凄まじかった。私はその場にはいなかったが、出席した人々によれば、会場は映像以上に激しい雰囲気だったという。
現在の状況を簡単にまとめることは難しい。2019年、アメリカ経済は好調で、トランプ氏の支持も高かった。いつものように政治的な対立はあったが、目前に大きな危機が迫っているようには見えなかった。
ところが2020年に入って数か月もしないうちに、社会は一変した。まるで異国の統治体制が突然持ち込まれたかのように、自宅にとどまり、人との距離を取り、顔を覆うことを求める新たなルールが次々と導入された。教会へ行くことも、病人を見舞うことも、海外へ旅行することもできなくなった。
その1年後、待ち望まれていた「救済策」が登場した。しかし筆者は、それが期待されたほどの効果を示さず、むしろさらなる苦しみをもたらしたと考えている。その間、それまでほとんど疑うことのなかった制度への信頼は、少しずつ崩れていった。そして私たちは繰り返し、「ファウチ博士を信じろ」と言われた。私の友人で「グレート・バリントン宣言」を執筆した人々を含め、異論を唱えた多くの人々は検閲を受けた。私たちのアカウントは停止をちらつかされ、実際に削除されたものもあった。銀行サービスを利用できなくなった人もいた。
我々の世界は完全に崩壊し、この数年間、我々は答えを求めて叫び続けてきた。得られたのは断片的な情報のみで、それを継ぎ合わせて、何が起きていたのかを推測するしかなかった。
ところが突如として、我々は数万ページにも及ぶ機密解除文書を手にすることとなった。政府内部の実態、混乱、狭量さ、腐敗、混迷、欺瞞。それらを目の当たりにし、ただ驚愕するばかりだ。すべてがここにある。そして今になって、なぜ人々の信頼が失われたのか、その背景には十分な理由があったことが見えてきた。これまで「陰謀論」と呼ばれてきたものが、一つまた一つと現実になっていくかのようだ。
もう一つ重要なのは、私たちがこれらの資料を手にできたのは、ファウチ氏が政府のコンピューターに大量の記録を残していたからだという点である。そして、それを公開する立場に、良心に従って行動する人々がいたことも大きい。公開に至るまでには、気の遠くなるような膨大な作業時間が費やされた。すべては真相を明らかにするためだった。
しかし、これらの資料を読んで喜びを感じることはできない。そこに見えるのは悲劇である。これはファウチ氏個人だけの問題ではない。彼に従った人々、そして彼の独断的な指示の下で甚大な苦しみを受けた国家全体の悲劇でもある。少なくとも私たちには、一つ一つの疑問について、本人から説明を聞く権利がある。しかし返ってくるのは沈黙のみだ。
この問題によって深刻な打撃を受けた組織は多い。大手メディア、学界、科学界、医療界、そして政府そのものも含まれる。今や私たちは、何が真実で何が偽りなのか、何を信頼でき、何がもはや取り返しのつかないほど信頼を失ってしまったのかを問わずにはいられない。建国250周年という節目に、建国の父たちの夢と理想が、これほど多くの権力者によって踏みにじられ、軽んじられる様を目にすることになろうとは、誰も望んではいなかった。しかし、それが我々の置かれている現実である。
この瞬間には、ある種の深い詩情が漂っているように思われる。これほど悲しく、多くの人々の苦しみに思いを馳せることが辛くとも、我々は今、突如としてアクセス可能となった真実に対して、何よりも感謝の念を抱くべきだろう。私自身にとって、これらの公開文書をすべて読むことは、一種のカタルシスでもあった。読者の皆さんにも、メディアやAIの要約ではなく、ぜひ自ら読んでいただきたい。全体像を理解するには、やはり全文に目を通す必要がある。
そして、もう一つの重大な問いを棚上げすることもできない。ほかに何が私たちから隠されているのか。そして、それはどれほど長く隠されてきたのか。完全な真実が明らかになるまで、信頼は戻らない。それにはおそらく何年もかかるだろう。それでも構わない。私たちは辛抱強く待つことができる。
それでも、絶望する必要はない。
これらの資料は、強い勇気と信念を持った人々によって公開された。彼らは真実のために立ち上がり、大きなリスクを負った。彼らは我々全員に一つの贈り物を与えてくれた。すなわち、「何かがおかしい」という私たちの疑念が的外れではなかったことを示す証拠となった。それらは、贖罪が単に可能であるだけでなく、現実に進行しつつあることの証である。
世界が崩れていくかのように見えた2020年の暗い日々、スタンフォード大学のジェイ・バッタチャリア博士は、強い道徳的危機感を抱きながら私に電話をかけてきた。
「この狂気を止めるために、私たちに何ができるだろうか」と彼はそう問いかけた。
当時、彼はできる限りのことをした。
そして今、彼はNIHの長官となり、組織の再建に向けた取り組みを始めている。我々の前には長い道のりが残されているが、不可欠な第一歩はすでに踏み出された。我々は、求め続けてきたもの、真実、全ての真実、そして真実以外の何ものでもないものを手にすることになるだろう。

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