中国当局に拘束されている囚人の家族らは、トランプ大統領に対し、習近平へ釈放を迫るよう要請している。アメリカの圧力を通じ、弾圧によって引き裂かれた大切な家族が再び巡り会えることを願っている。
ワシントン――ここに並ぶ顔は、中国当局が決して世界に見せたくない顔だ。
彼らは政治犯であり、年齢は20代前半から80歳近くにまで及ぶ。信念や発言が中国共産党(中共)の意向に沿わないという理由だけで、各人が鉄格子の向こうに囚われている。
彼らは皆、父親であり母親であり、息子であり娘である。米国をはじめとする世界各地で、誰かが彼らのことを思い、帰宅を許される日を待ち望んでいる。
待つ人々の中には、8歳の子を持つ母親や、化学療法を受けながら父親の手を握りたいと願う娘がいる。
ワシントンで米中首脳会談が近づくなか、支援者らはこれを実現させる好機と見ている。
大統領執務室から北京への電話が一本あれば、拘束された彼らは自由の身になれると彼らは主張する。
連邦議会議事堂では、二国間会談を前に、政治犯たちの苦境が超党派の議員たちを団結させている。
マイク・ジョンソン下院議長(共和党、ルイジアナ州選出)は記者会見で、「人質の釈放」は議題に上がっているとの見解を示した。
また、民主党議員5人が、中国首脳側に提起すべき22人の囚人リストを大統領に提出した。
クリス・スミス下院議員(共和党、ニュージャージー州選出)は今月、彼らの救済を訴える公聴会を2回主催した。
「あれは自分だったかもしれない。もし妻が中国に住んでいれば、妻だったかもしれない」と同議員は大紀元(エポックタイムズ)に語った。「我々は皆、神の子だ。我々が(この問題の解決を)掲げなければ、誰がやるというのか」
台所のアゲハ蝶
フロリダ州の自宅のキッチンカウンターに、ジバ・ムラットはアゲハ蝶の刺繍を飾っている。
それは、ムラットの無口な母親であるグルシャン・アッバスの形見のようなものだ。アッバスは現在、テロ関連の罪で懲役20年の判決を受け、中国の刑務所に収監されている。アメリカ政府はこれらの嫌疑を根拠のないものと見なしている。


誰よりも身近に知る母親の姿と、刑務所生活という現実を結びつけることは、ムラットにとって困難だった。ムラットの記憶にあるアッバスは、冗談に静かに微笑み、ムラットには到底持ち得ない忍耐力で何時間も刺繍を続ける人だった。
退職後も、アッバスはウイグル人患者を助けるために進んで尽力し、朝早く起きて病院で待ち合わせをしては、患者が適切な医師の診察を受け、必要な処置を受けられるよう手配していたと、ムラットは大紀元に語った。
ムラットは母を恋しく思っている。母が台所で口ずさむ鼻歌や、母が米国に滞在していた数カ月間に作ってくれた素晴らしい炒め物料理を恋しがっている。
2016年にアッバスが帰国する時期が訪れたとき、ムラットは母に滞在を続けてほしいと願った。
母が「10年ビザがあるから、いつでも来たいときに戻ってこられるわ」と言ったのを覚えている。
空港の保安検査場を抜けて姿を消す母親を見送ったとき、胸が締め付けられるような嫌な予感がしたとムラットは語った。それが、二人が直に対面した最後の機会となった。

その後の2年間、二人は毎日電話で話した。しかし2018年、アッバスの妹であるルシャンがウイグル人の大量拘禁を公に非難する演説を行った数日後、アッバスと連絡が取れなくなった。秘密裁判で投獄され刑を言い渡されていたことを家族が知るまでに、2年の歳月を要した。
幼い娘を抱きながら、ムラットは必死に助けを求めて議会を歩き回った。ニュースに熱中するタイプでは決してなかった彼女が、画面に釘付けになり、米中政策のわずかな変化の兆候も見逃すまいと追うようになった。
母親が中国の刑務所で苦しんでいる間、自分はここ米国で平穏に暮らしているという現実に直面し、罪悪感がムラットの心を苛んだ。もっと何かできたのではないかと自問し続けた。
ムラットは今も、8歳の娘に真実を打ち明けられずにいる。
叔母のルシャンがアッバスの写真を掲げているのを見た少女は、何が起きているのかとムラットに尋ねた。

ムラットは、おばあちゃんは「とても遠いところ」にいて、みんなで連れ戻そうとお願いしているところだと答えた。
これまでの歳月、少女はおばあちゃんを一度も抱きしめたことがないとムラットは言う。彼女はおばあちゃんのことを、物語や写真、そしていつか必ず会えるという希望を通してのみ知っている。
「これこそが国境を越えた弾圧の残酷さだ」と、9月16日に行われた中国の信教の自由に関するイベントでムラットは語った。「傷つけられたのは当人だけではない。誕生日を奪い、祝日を奪い、二度と取り戻せない平凡な家族の時間を奪うのだ」



刑務所からのカード
アリサ・チョウ(Alisa Zhou)は、7歳前後の頃にその残酷さを経験した。
中共政権が彼女の信仰である法輪功への全面的な弾圧を開始した翌年、2000年のことだった。
この瞑想法は1990年代に口コミで広く普及し、1990年代末には推定7千万人の実践者に達した。だが1999年、中共指導部は本格的な根絶作戦を命じた。実践者たちは一夜にして法に背く犯罪者とされた。
幼いチョウには何が起きているのか理解できず、父親は彼女を残酷な現実から守ろうとした。母親の王友梅が突然姿を消した際、父親は母が遠くへ出張に行ったのだとチョウに告げた。
しかし迫害の影はチョウの日常にまで及んだ。母親が逮捕された後、毎日一緒に登下校していた一番の親友が遊んでくれなくなった。その後、父親は彼女を見知らぬ場所へ連れて行った。
そこには母親がいた。母はチョウにお菓子の袋と手書きのカードを手渡した。
「子どもたちが健康で幸せに育ちますように」という母の願いが書かれたそのメッセージは、今も彼女の記憶に刻まれている。
幼いチョウは、その言葉を胸に受け止めながら涙を流した。母が刑務所にいるのだと理解したのは、それからしばらく経ってからのことだった。
ひとりきりの夜、チョウはさらに多くの涙を流した。自分を励ますため、彼女は法輪功の3つの基本理念である「真・善・忍」を紙に書き、寝室の壁に掲げた。
20年以上が経った今も、今年4月に母親が通算5度目の逮捕をされた後、チョウを支え続けているのはその同じ3つの言葉だ。
週末の休養のためにバージニアビーチへ車を走らせていた最中に、彼女はその逮捕を知った。月曜日に出勤した際、上司から「週末はどうだった?」と声をかけられた瞬間、涙が決壊した。

チョウは現在、米国市民権を得ている。しかし、自由な世界に身を置いていても、迫害は影のように自分につきまとっていると彼女は語る。
「それを振り払える瞬間は一度もない」と彼女は大紀元に述べた。中国に関する情報を求めてインターネットを検索するたびに、新たな逮捕や死亡の知らせに苛まれる。
真・善・忍を信じることは誰に対しても害を及ぼさないとチョウは言う。だが、中共が誰かを標的に定めるならば、「口実には事欠かない」のだ。国家が自国の民衆に刃を向ける心理など理解できないと彼女は語った。
中国問題に関するアメリカ連邦議会・行政府委員会(CECC)の共同委員長を務めるスミス議員も同様の思いを抱いている。
「私は議員を46年間務めているが、理解できない」と彼は述べた。
「彼らは国家にとっての財産だ。(中略)彼らは社会の基盤であり、かけがえのない人々だ――キリスト教信者、法輪功実践者、ウイグル人、チベット仏教徒。なぜ彼らを傷つけようとするのか。
彼らを繁栄させれば、国家も繁栄するのだ」
娘の手を握るために
中国にどれほどの政治犯がいるのかを把握するのは極めて困難だ。中共政権はそのような情報を開示せず、政治犯の拘束自体を否定している。
人権非営利団体「対話基金会(Dui Hua Foundation)」のデータベース(2025年12月最終更新)には、5万件を超える記録が存在する。また、CECCは1万1千件以上の事例を追跡調査してきた。だが支援者らによれば、いずれも実数には到底及ばないという。
「何百万もの人々がその苦しみを味わわされている」と、元国際信教の自由担当特命大使のサム・ブラウンバックは大紀元に語った。「彼らは私と同じように家族を持つ人々であり、正しいと信じる行動を取り、自由のために立ち上がったにすぎない」
異論を封じ込めるために北京が国家安全維持法を導入して以来の6年間で、香港でも政治犯の数は増加の一途をたどっている。

その最も著名な人物のひとりが、香港最大の民主派新聞の創業者であった黎智英(ジミー・ライ)だ。同紙は2021年、500人規模の警察による強制捜査を受けて廃刊に追い込まれた。
彼の娘であるクレアは数週間前にがんと診断され、ロンドンで化学療法を開始したばかりである。
ライはこの知らせを、懲役20年の刑に服している最高警備度の刑務所で受け取った。
ライの事案に焦点を当てた9月16日の公聴会で、クレアの兄セバスチャンは人道的見地からの釈放を訴えた。父が「娘の最も過酷な瞬間に寄り添い」、その手を握れるようにするためだ。
「彼女が何よりも望んでいるのは、この闘いに父が寄り添ってくれることだ」とセバスチャン・ライは語った。

セバスチャン・ライは、父の健康状態が悪化しているという知らせを毎日のように耳にしているという。
公聴会の2日前の報告書で、香港自由委員会基金(CFHK)は、香港の刑務所看守らがジミー・ライの死亡を想定したリハーサルを行っていたことを明らかにした。
「耳にするだけでも本当に恐ろしい」とセバスチャン・ライは語った。
香港当局が父に対して取っている措置は「まったくの恥辱」だと彼は言う。「あのような茶番劇の見せしめ裁判をひと通り経ても、何ひとつ出てこなかった。父の経歴には何ひとつ汚点がないというのに、当局はいまだに追及をやめない」
長期戦
ジミー・ライは、国家安全維持法によって絡め取られた約2千人の香港民主派関係者のひとりにすぎない。
元学生運動リーダーの黄之鋒(ジョシュア・ウォン)は現在、欧米の議員にロビー活動を行ったことによる「外国勢力との結託」の罪で判決を待っており、終身刑に直面する可能性がある。
100万香港ドル(約12万7千ドル)の懸賞金をかけられている民主活動家の許穎婷(フランシス・ホイ)にとって、頭に浮かぶ言葉は「恐怖」だ。

「彼が16歳の頃から知っている。彼が生きて出所できるのか、また会える日が来るのかすら分からない」と彼女は大紀元に語った。
ウォンはすでに4年8カ月の禁錮刑に服していた。釈放予定の7カ月前になって、検察側は2つ目の裁判を開始した。
「彼らはこの起訴を持ち出すのを最後の最後まで待っていた。彼をできる限り長く刑務所にとどめ置こうとしているのは明白だ」とホイは語った。
二人は10代の頃、香港の民主的自由を求める活動の場で知り合った。ホイの話によれば、ウォンは活力に溢れ、ハンガーストライキ中で身体が衰弱しているときでさえ取材に応じていた。
「彼は私たちの多くに勇気を与えてくれる」とホイは語り、党当局は恐怖心から行動しているのだと示唆した。
「彼らは、彼が来年出所すれば、自分たちの手に負えない事態を引き起こすのではないかと恐れているのだ」

政権は長期戦を仕掛けており、時が経ち「囚人たちが次第に沈黙していくにつれて、外の世界が彼らを忘れていくこと」に賭けているのだと彼女は指摘する。
囚人の家族たちもまた、風化を恐れている。
先日の人権パネルディスカッションで、ウイグル人弁護士のレイハン・アサットは、2016年の米国交流プログラムから帰国した直後に拘束された弟のエクパルの写真を掲げた。
二人が最後に会ったのはその年の3月だった。彼女はハーバード大学ロースクールに在籍しており、2カ月後の卒業式で再会する予定だった。一緒に動画をもっと撮っておけばよかったと彼女は悔やんでいる。10年間の離別を経て、今では彼の声がどのようなものだったか思い出すことすら困難だ。
「それは非常に胸が張り裂けそうな思いだ」と彼女は述べた。


奇跡への希望
7月のエズラ・ジン牧師の釈放は、彼らの希望を辛うじて繋ぎ止める支えとなっている。
約9カ月間にわたる拘禁の後、北京守望教会(Zion Church)の指導者であるジン牧師は米国行きの飛行機に乗り込み、家族との再会を果たした。
中国当局は詐欺および不法経営の罪で彼を告発した。これらは、中国国内の宗教活動を立件する際によく用いられる嫌疑である。当局は彼に対し、懲役15年に処することも可能だが、罪を認めれば寛大な処置を取ると告げた。彼はそれを拒否した。
7月3日、彼は刑務所から出され、誰も乗っていない列車の車両で空港へと送られた。飛行機に乗り込んだ後でさえ、どこへ向かうのか分からなかったとジン牧師は語る。身分証明書類もビザも持っていなかった。
彼が到着したのは7月4日――アメリカの建国250周年の記念日だった。まるで夢のようだった。前日まで囚人だった男が、翌日の夕方には海辺に座り、8年間会えずにいた家族とともに花火を眺めていたのだ。
7月に自身の自由を祝う表彰を受けた際、ジン牧師は「誰もが自分の救出など不可能だと思っていた」と振り返った。彼はトランプ大統領や、支援を寄せた多くの人権擁護活動家たちに感謝の意を表した。
「私たちが団結すれば、変革は現実に起きる」と彼は語った。

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