EUの対中政策が転換点を迎えている。フォン・デア・ライエン欧州委員長は、対中貿易赤字が1日あたり10億ユーロに達したと指摘。独仏も対抗措置の強化を求める中、中国の過剰生産や対中依存への警戒が、貿易と安全保障の両面で強まっている。政策転換の背景と今後の焦点を読み解く。
中国とEUの関係をめぐる動きが慌ただしくなっている。10月8~9日、北京で中国・EU貿易投資対話(TIC)の第2回会合が開かれた。これに先立つ7日、欧州議会は中国への強硬な対応を求める決議を圧倒的多数で採択した。
決議は、中国共産党の産業政策をEUにとって「存立に関わる脅威」と位置づけ、迅速な対応を求めた。また、中国をロシアによるウクライナ侵攻の「主要な推進者」とした。台湾海峡と周辺海域では、ヨーロッパ諸国の海軍による継続的な活動と合同演習を維持するよう呼びかけるなど、踏み込んだ内容である。
この決議は、フォン・デア・ライエン欧州委員長が9月16日の一般教書演説で示した認識と一致する。委員長は、中国との物品貿易におけるEUの赤字が「1日あたり10億ユーロ(約1773億円)に達し、臨界点に来ている」と述べた。また、「第2のチャイナ・ショックはすでに起きており、欧州の脱工業化を招いている」として、貿易不均衡に「あらゆる手段」で対処する考えを示した。
6月18~19日のEU首脳会議では、中国との対話で成果を得ることと、貿易上の防御措置を整えることが欧州委員会に委ねられていた。
これを受け、6月29日、中国の王文涛商務相と欧州委員会のシェフチョビッチ委員(貿易・経済安全保障担当)がブリュッセルでTICの初会合を開いた。会合では、「貿易・投資の均衡」「輸出管理」「知的財産」「世界貿易機関(WTO)改革」を扱う4つの作業部会を設けた。
9月上旬、シェフチョビッチ氏は、物品貿易の不均衡を是正するため、具体的な取り組みを約束するよう中国側に公に求めた。その上で、10月初めを「初期対応」の期限とした。この要求は、中国共産党への「最後通牒」とも受け止められた。
こうした経緯から、EUは今回、中国への対応に本腰を入れていると言える。中国共産党がこれまでのように対応を先延ばしにする可能性もある。しかし、貿易不均衡の是正や市場アクセスの改善、レアアースなどの重要原材料の輸出管理をめぐる問題で具体的な措置を取らなければ、中国とEUの経済対立は激しくなりかねない。経済戦争に発展すれば、その規模や激しさ、影響はいずれも2021年の「制裁合戦」を大きく上回るだろう。
EUの対中政策は、まさに「臨界点」に達しているのである。
アメリカより遅れたEUの政策転換
ただ、EUの対中政策の転換は、アメリカよりも緩やかに進んだ。第1次トランプ政権が2017年に公表した国家安全保障戦略は、すでに中国共産党を最大の競争相手と位置づけていた。
一方、EUが2019年に示した対中戦略文書は、中国を「協力パートナー」「経済的競争相手」「体制上のライバル」と位置づけていた。協力と競争、対立という3つの側面を併せ持つ相手とみていたのである。さらに、EUはアメリカの反対を押し切り、2020年には中国との包括的投資協定で大筋合意した。
しかし、EUはその後、中国共産党の強硬な対応に直面する。関係を大きく変えたのは、2つの出来事である。
1つ目は、2021年初めの人権問題をめぐる制裁の応酬である。習近平政権が「東は昇り、西は沈む(東昇西降)」と声高に唱えていた当時、EUは「新疆の人権問題」を理由に、中国共産党の当局者4人と1団体に象徴的な制裁を科した。天安門事件以来、初めての制裁であった。
中国共産党はヨーロッパに報復する力があると判断し、ヨーロッパの10人と4団体に制裁を発動した。その結果、歴史的な合意とされたEU・中国包括的投資協定は凍結され、双方の関係は膠着状態に陥った。関係が部分的に改善したのは、2025年に入ってからである。
2つ目は、2022年2月に始まったロシアによるウクライナ侵攻である。中国共産党が水面下でロシアを支えたことで、中国とEUは戦略面でも事実上対立するようになり、双方の関係は決定的に変わった。
転機となった2023年の欧州議会決議
こうした出来事を受け、EUの対中政策は変わり始めた。2023年12月13日、欧州議会は「EU・中国関係に関する報告書」を賛成529票、反対47票、棄権40票の大差で採択した。この決議には、3つの大きな変化が見られる。
1.協力相手よりも「体制上のライバル」を重視
決議は、中国を「パートナー」「競争相手」「体制上のライバル」とする枠組みを維持した。その一方で、「体制上のライバル」としての側面をより重視した。政治や安全保障の問題に加え、ロシアによるウクライナ侵攻をめぐる中国の役割も公然と批判した。
2.経済協力からリスクの低減へ
経済面では、双方が利益を得る協力よりも、対中依存に伴うリスクを減らす「デリスキング(リスクを減らしながら関係を維持する)」を重視するようになった。
決議は、EUが他国に過度に頼らず、自ら判断し行動する「戦略的自律」を強めるよう求めた。重要原材料、医薬品、電池、電気自動車(EV)、半導体、情報通信技術の6分野では、対中依存を減らす取り組みの徹底を求めた。また、供給網が政治的な圧力の手段として使われることを防ぐよう訴えた。
中国がダンピングや政府補助金による不公正な競争を是正せず、国内市場の開放も進めない場合には、EUが独自に貿易防衛措置を取るべきだとした。具体的には、経済的な威圧への対抗措置、外国からの投資の審査、補助金の影響を打ち消す相殺関税などである。こうした措置を断固として発動すべきだと、初めて踏み込んで主張した。
3.外交・安全保障上の立場を明確化
決議は、香港、新疆、チベットの人権状況に関心を示した。また、「国連総会決議2758号は、台湾に対する主権を中華人民共和国に与えたものではない」との立場を公に打ち出した。
欧州議会の決議は、こうした政治的な姿勢の変化を示し、EUの対中政策に影響を与えてきた。
フォン・デア・ライエン氏の2期目で対抗措置を強化
2024年の欧州議会選挙を経て続投したフォン・デア・ライエン委員長が率いる第2期欧州委員会(2024~2029年)は、経済安全保障の確保と、中国の過剰生産への対応を最優先課題に掲げている。この方針は、次の文書や制度、措置に表れている。
– 「欧州委員会政治指針2024~2029」
– 「欧州経済安全保障戦略」と、2025~2026年の大幅な改定
– 「外国補助金規則(FSR)」
– 個別の貿易救済措置
中国側の研究によれば、第2期欧州委員会は、すでに3つの柱からなる防御体制を築いている。
– 全体の方針を定める「欧州経済安全保障戦略」
– 環境・デジタル分野の供給網を再構築する「競争政策」
– FSR、投資審査、反補助金法などの具体的な政策手段
その背景には、中国が過剰生産した製品を国外に供給するおそれがあり、政治体制の面でも競争相手であるとの認識がある。EUは域内の生産を強化し、不測の事態への備えを整えることで、リスクを減らそうとしている。
1期目(2019~2024年)は、対中政策の基本方針を整理し、政策手段を探る時期であった。これに対し、2期目は防御措置を整えるだけでなく、積極的に対抗措置を取る段階に入った。主な変化は5点ある。
1.中国への警戒の強まり
中国を「体制上のライバル」「不公正な競争相手」とみる傾向が一段と強まった。中国とロシアの結びつきも、ヨーロッパの安全保障に対する直接的な脅威とみなされるようになった。
2.投資審査や輸出管理の強化
中国との経済関係を切り離す「デカップリング」ではなく、リスクを減らす「デリスキング」を目指す方針から、広範な防御措置と、対象を絞った対抗措置を進める方針へと移った。
欧州委員会は、経済安全保障を専任で担当する調整官を新設するなど、内部組織を見直した。外国直接投資(FDI)の審査や輸出管理を集中的に強化したほか、AI、量子技術、半導体などの先端技術分野では、対中投資の制限にも乗り出した。
3.被害を防ぐための積極的な対応
WTOのルールや通常の反ダンピング調査に頼るだけでなく、被害を未然に防ぐための対応を強めた。FSRに基づく反補助金調査を自ら開始し、2025年以降、中国を対象に28件の貿易救済調査を始めた。
中国のEV、風力・太陽光発電、医療機器の関連メーカーや製品に対し、抜き打ち調査や追加関税などの措置を取っている。中国製品の流入がヨーロッパ市場を揺るがす前に、対策を講じる狙いである。
4.対中強硬派が政策を主導
EUの対中政策を担う中枢を、対中強硬派が握るようになった。
5.アメリカなどとの協調強化
自らの判断と行動を重視し、一定の距離を保つ路線から、アメリカとの協調を重視する路線へと転じた。G7やアメリカ・EU貿易技術評議会(TTC)などを通じ、アメリカ、日本、韓国、オーストラリアなどの同盟国・友好国と、これまで以上に足並みをそろえようとしている。
ドイツとフランスが「貿易バズーカ」で共闘
EUをけん引するドイツとフランスの対中政策も、大きく変わりつつある。2026年10月初め、マクロン仏大統領とメルツ独首相は、フォン・デア・ライエン委員長に連名で書簡と政策文書を送った。中国共産党の貿易上の脅威に対抗する「貿易バズーカ(対戦車ロケット弾発射機)(Trade Bazooka)」の導入を共同で求める、異例の動きであった。
ドイツは今回、貿易戦争への懸念をいったん棚上げし、保護措置を発動しやすくするよう欧州委員会に求めた。不公正な競争条件の下で生産された製品について、数日以内にEU市場への流入を阻止できる権限を欧州委員会に与える内容である。
フランスは、個別製品への反補助金調査にとどまらず、主要産業の供給網全体に及ぶ中国の世界的な独占状態の解消に重点を移した。ヨーロッパの医薬品、航空、自動車、産業機械、化学などの基幹産業が、中国の過剰生産による「大規模な産業ショック」にさらされていると警告している。
ドイツとフランスの動きにより、EU加盟国の間では対中措置へのためらいが薄れ、中国への対応をめぐる共通認識が日増しに強まっている。アメリカ、中国、EUの三者関係の中でEUを取り込み、ヨーロッパとアメリカの分断を図ろうとしてきた中国共産党の戦略は、大きくつまずいたと言えるだろう。
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