【分析】孔子学院の何が問題か 米国の安全保障をめぐる5つのリスク

2026/10/28 更新: 2026/10/28

中国語教育や文化交流を担う孔子学院をめぐり、米国では国家安全保障への影響を懸念している。米ヘグセス国防長官は10月23日、名称などを変えた関連組織が大学で活動を続けていると指摘した。政治宣伝、学問の自由への制約、研究情報の流出など、想定される5つのリスクを整理し、日本の設置状況も紹介する。

米ヘグセス国防長官は10月23日、SNSに投稿した動画で、孔子学院が形を変えてアメリカの大学で活動を続けていると指摘した。その上で、国防総省がこうした組織を、国家安全保障を脅かす組織のリストに加えたと述べた。

ヘグセス氏は「30の大学に、新たに80の宣伝拠点が設けられていることが判明した。名称や規約は異なっていても、その目的は同じだ。知的財産を盗み、アメリカの学生に中国共産党(中共)の思想を浸透させることである」と述べた。また、国防総省は過去2か月間に「こうした組織を一つ残らず、組織的に解体してきた」と説明した。

 

2007年、米国が警戒する孔子学院は、中国語教育と文化普及を名目にアメリカの大学に進出した。中共の李長春・元政治局常務委員は2009年、孔子学院は党の対外宣伝体制の重要な一部だと述べた。この発言は、孔子学院の政治的な役割を示している。

孔子学院は長年、アメリカの学術界に影響を及ぼし、党の公式見解を広めるとともに、機微な情報の入手や統一戦線工作の経路となってきた。教育、資金、人材、人脈を通じて、アメリカ国内で長期的な影響力を築く仕組みである。その影響は、大きく3つの側面から捉えられる。

第1は、人々の認識への働きかけである。文化教育や伝える情報の選別を通じて、中国や米中関係に対する見方を左右する。

第2は、大学運営への働きかけである。資金提供や契約、提携を通じて、授業の編成や学術活動、大学の意思決定に影響を及ぼす。

第3は、国の戦略的利益への影響である。活動が機微な情報の取得や違法な人材勧誘、異論を唱える人々への圧力にまで及べば、研究情報の保護や防諜、ひいては国家安全保障に関わる問題となり得る。

具体的に想定される脅威は、次の5つである。

リスク1:中共の政治宣伝と認識への影響

最も直接的でありながら、過小評価されやすいリスクである。

孔子学院は、中国語教育や文化行事、講演会、交流事業を通じて、学生や教員と接してきた。文化交流自体に問題はない。しかし、教育内容や扱うことのできるテーマが中共の政治的要求に左右されるなら、文化交流の場は政治的な影響力を行使する手段に変わり得る。孔子学院が担ってきたのは、まさにこうした役割である。

その影響は、主に次の3つの形で表れる。

・中国について、都合のよい側面を選んで伝える。歴史や文化、経済発展の成果を強調する一方、政治的抑圧や人権問題、検閲制度には触れない。

・見解が分かれる問題について、学生の判断に影響を及ぼす。台湾、チベット、天安門事件、法輪功などに関する問題では、中共政権の立場に沿った説明にとどめたり、議論そのものを避けたりする。

・大学の信用を利用して、党の公式見解に信頼性を持たせる。著名な大学の授業であれば、学生はその内容を、大学が学術的な妥当性を認めたものと受け止めやすい。そのため、特定の思想を浸透させたり、宣伝を行ったりする意図に気づきにくい。

米国務省は2020年、孔子学院は中共政権から資金提供を受け、党の統一戦線工作機構の指導下で、中共政権の海外宣伝活動の一端を担っていると指摘した。

これが国家安全保障上の問題となるのは、安全保障が軍事施設や兵器だけの問題ではないためである。外国政府の宣伝を見抜き、他国の意向に左右されずに政治的判断を下し、国際的な危機に際して自主的に意思決定できるかどうかも、安全保障に関わる。

中共が、将来アメリカの教員、研究者、企業幹部、政策立案者となる人々の対中認識に長期的な影響を及ぼせば、外交、貿易、技術、安全保障に関する政策判断をめぐり、自らに有利な世論を形成することも可能になる。

リスク2:学問の自由への制約と自己検閲

直接的な宣伝よりも一段深いリスクである。

アメリカの大学は、外国政府にとって都合の悪い問題も含め、さまざまな見解を自由に交わすことを重んじる。だが、外国政府が資金を提供する機関と提携し、資金援助や教員の派遣、事業運営への支援に依存すれば、大学の活動が制約されるおそれがある。

例えば、次のような事態が考えられる。

・教員が、政治的に敏感な問題に触れると、共同事業の運営や資金援助に支障が出るのではないかと懸念する。

・大学が提携関係の維持を優先し、中国政治を扱う講演会や行事の開催、研究の実施に消極的になる。

・研究者が台湾、香港、新疆、中国の人権問題を論じる際、自ら議論の範囲を狭める。

・大学執行部が、学問の自由よりも提携関係や経済的利益を優先する。

米政府の関連報告書は、孔子学院をめぐる契約や資金面でのつながり、教育活動への影響が、大学における学問と言論の自由、組織としての自律性を損なうリスクを指摘している。

特に警戒すべきなのは、直接検閲を命じられることよりも、大学が資金や提携の機会を失うことを恐れ、特定の話題を自ら避けるようになることである。こうした影響は、外からは見えにくい。中共が授業全体を支配しなくても、特定の問題を扱えば不利益を被るという状況が生まれれば、大学関係者が自ら議論を制限する可能性がある。

その結果、アメリカ社会が中国政治を理解し、その戦略的意図を見極める力が弱まるおそれがある。

リスク3:研究情報・知的財産の流出

アメリカの技術競争力や国防に、最も直接関わるリスクである。

アメリカの大学は、先端技術の研究開発拠点でもある。政府資金による研究には、人工知能(AI)、航空宇宙、先端材料、半導体、量子技術、エネルギー、バイオテクノロジーなど、幅広い分野が含まれる。

孔子学院の主な活動は言語・文化教育であり、全ての学院がこうした研究成果にアクセスできるわけではない。ただし、大学の開放的な環境や人脈、機関同士の提携関係を、別の組織や関係者が利用する可能性はある。そこには、次の3段階のリスクが考えられる。

第1段階 人脈の構築

教員、客員研究員、学生、提携機関との継続的な接触を通じて、研究者や研究室の役割分担、研究分野を把握し、共同研究に参加する糸口を探る。

第2段階 研究情報にアクセスする機会の確保

協力関係が他の学部や研究機関に広がれば、未公開の研究情報や技術資料、営業秘密を入手する機会につながり得る。

第3段階 取得した技術の戦略的利用

機微な技術が違法に取得され、軍事研究や重要産業に利用されれば、その影響は一つの大学にとどまらず、アメリカの技術的優位や国防力にも及ぶ可能性がある。

米政府説明責任局(GAO)は2023年の報告書で、孔子学院が独自の技術情報や知的財産の取得に利用されることについて、政府当局者が懸念を示していたと指摘した。

米政府が、外国政府から資金提供を受ける機関について、その権限や資金源、人的なつながり、情報にアクセスできる範囲を調べることには合理性がある。国防関連の資金提供を受け、機微な技術を扱う大学では、特に重要な取り組みである。

リスク4:人材勧誘と統一戦線工作への利用

孔子学院が、中国側の広範なネットワークの拠点として利用されるリスクもある。

統一戦線工作の対象となるのは、中共の思想に賛同する人々に限らない。外国政府は、奨学金、学術協力、ビジネスの機会、文化交流、人脈などを通じて、政治的立場の異なる人々とも関係を築くことができる。党に全く賛同していない人であっても、その人との関係が、状況によっては中共の利益に沿った働きかけに利用される可能性がある。

具体的には、こうした交流や人脈を、次のような活動に利用するおそれがある。

・学術、科学技術、政策の各分野で影響力を持つ人物を見いだす。
・対象となる人物と、中国の大学や公的機関などとの間に長期的な関係を築く。
・人間関係を通じて、学術活動や政策論議、世論に影響を及ぼす。
・技術、情報活動、国防研究の分野で、勧誘の対象となり得る人物を探す。

米議会の関連報告書も、外国政府が大学との提携を利用して行う人材勧誘や知的財産の取得、学内活動への影響力の行使を、注意すべきリスクに挙げている。

中国の研究者との交流や、合法的な奨学金の受給、中国語教育事業への参加自体が脅威なのではない。調べるべきなのは、関係の隠蔽や利益相反、秘密裏の指示、違法な情報移転があるかどうかである。

リスク5:監視や圧力による言論の萎縮

言論の自由と学内の安全を守る上で、特に注意が必要なリスクである。

中共政権やその関連組織が、学内の学生や教員、各種団体の構成員の活動を把握すれば、そこで得られた情報が政治的な目的に使われかねない。例えば、次のような行為が想定される。

・中共政権を公然と批判する学生を特定する。

・台湾、チベット、新疆、香港に関する活動の参加者を特定する。

・家族を通じて圧力をかけたり、将来中国を訪れた際に不利益を受けるのではないかという不安を利用したりして、公の場での発言を控えさせる。

・さらに深刻な場合には、情報を国外の機関に渡し、圧力や脅迫に利用する。

こうした行為が起きれば、影響は特定の学生にとどまらず、大学全体で自由に発言できる環境が損なわれる。他の学生や教員も、自分自身や中国にいる家族への影響を恐れ、発言や活動を控えるようになりかねない。さらには、関連するテーマの研究そのものを断念するおそれもある。

日本の孔子学院 設置状況と情報公開

日本でも孔子学院の活動は続いているが、閉鎖する大学も出ている。2026年2月の朝日新聞報道によると、設置大学は、かつての15校から10校に減った。 文部科学省は、設置する学校法人に運営体制や教育内容、収支などの情報公開を求めている。

遠山
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