漢字の謎解き「法」
伝説によると、昔、水辺の近くに一角獣が棲息し、悪い人間に出会うとその角で突き刺していました。このため、善人と悪人を見極める必要のあるとき、この一角獣が呼ばれるようになったということです。
熟能生巧(シュ・ネン・シェン・チャオ)
「熟練が巧を生む」。日本語の「習うより慣れよ」とはちょっと違ったニュアンスがあります。この格言の由来についてお話ししましょう。
懸梁刺股「梁に縄を掛け、腿を刺す」
思わずこっくりしたときに、自分をつねって寝ないようにした経験はありませんか? 古代の学生も、眠気を払うために自分を痛めつけたようです。
愚公移山「愚公、山を移す」
険しい二つの山に挟まれて生活していた、愚公という老人の伝説です。山の向こう側に行くには、山道がないために遠回りをしなければなりませんでした。不便な状況に苛立っていた老人は、この障害物を取り除くことに決めました。
「安」
「出入平安」という文字が、中国の家屋に掛かっているのをよくみかけます。この言葉は「外も内も安全に」という意味を表しているそうです。富を築くよりもまず、安全に居住することは最も大切なことです。
程門立雪「雪の中、程門に立つ」
北宋の時代(960~1127年)、科挙の最終試験に合格し、進士となった楊時(ようじ)は、 さらに知識を求めて当時有数の学者、程頤(ていい)に教えを請うことにしました。
「道」
二千年前の中国の戦国時代は、「道」の教えの絶頂期でした。人々は、 真実、哲学的な教義、実践的に応用できる宗教など、数多くの様々な角度から「道」について説きました。宮廷の官吏はどのように振舞うべきか、皇帝はどのように行動すべきか、事業はどのように行うべきか、さらにはどのように泥棒になるべきかに至るまで、解説がありました。しかし、最も著名な教えは、老子の「道」でしょう。老子は、人々がいかに修行して自己の道徳観を高めていくかを説きました。
「鼓」
鼓の歴史は5000年に遡ります。黄帝が中原(ちゅうげん)で蚩尤(しよう)を退治したとき、9人の兵士をもっても蚩尤を倒すことができませんでした。そこで黄帝は、一本足で牛のような動物・夔(き)の皮を使った鼓を作りました。太鼓の轟は5里に及び、敵陣を震え上がらせ、退散させました。