中共の権力中枢の中で、温家宝ほど争議多き人物はいない。埒を越えた言論をしばしば放つため、称賛される一方、物議も多くかもしている。
庶民的首相と言う人がいれば、パフォーマンス首相と言う人もいる。率直で勤勉な指導者と褒め称えられるし、ずるがしこい者とも言われる。中国の開明派や改革派とされる一方、激動時代の御都合主義とも揶揄される。
こういった賛否両論の渦に巻かれている温家宝は最近、権力中枢で多面から挟撃を受けている。温家宝は今後、如何に応じていくか、この新たな党内闘争は天安門事件前のように中共の内部分裂になるのだろうか。
■昨年、政治体制改革への言及に伴う騒動
昨年8月、深圳開発30周年を祝うイベントに参加するため、胡錦涛総書記と温家宝首相はそれぞれ深圳に赴き、重要な談話を発表した。胡錦涛が経済改革を深化させることを強調するのに対し、温家宝は政治改革の重要性を訴えた。彼らの異なる声により世界はすぐ注目した。
温家宝首相は8月20日から21日まで深圳市を視察し、「経済改革を推進するのみならず、政治体制の改革も推進すべき」と強調した。それ以降、温家宝首相は8回も異なる場で政治体制改革の重要性を訴え続けていた。中国共産党第十七期第五回全体会議(五中全会)を控えた時期だっただけに、彼の発言は中共が間もなく政治体制の改革を行うことを示唆したものだろうと読まれた。
しかし、五中全会(2010年10月15日から18日まで)が閉幕した時、期待されたような政治体制の改革に関する決議などは公布されなかった。そればかりか、五中全会が閉幕した当日の10月18日から11月2日にかけて、『人民日報』はペンネーム「鄭清源」による5本の論文を続けて掲載し、中国における「政治遅滞論」を反撃し、温家宝がつねに唱えている世界の普遍的な価値観を否定、反対している。こういった一連のイデオロギー的世論戦は、中共の主流派の態度を代表するものであり、胡耀邦や趙紫陽などの「ブルジョアの自由化」を批判する運動の再来かとも見られた。
たとえば、10月27日の「正確な政治方向に沿って政治体制の改革を穏当に推進」と題する記事の中で、政治改革は社会主義の方向を堅持すべく、空洞的なスローガンを叫んではならないとし、温家宝の政治改革についての発言に不満を示し、中国における政治体制改革の遅滞論を否定し、温家宝の言論をあきらかに貶めているのである。
複数の証言によると、この「鄭清源」は中国共産党中央政治局の匿名であり、その後ろ盾は胡錦涛、または江沢民と言われている。現指導者にしろ、元指導者にしろ、どちらも温家宝を制する力を十分持っている。そのため、温家宝はその後しばらく政治体制の改革についての言論を取りやめ、沈黙していた。
中共指導部の内部事情に詳しい杜導正氏(「光明日報」編集長や出版署署長を歴任、「炎黄春秋」社長)によると、昨年9月、中共中央の指導部(政治局拡大会議と思われる)で政治体制の改革についての論戦が行われた。論戦の中、温家宝は左派集団から多大な圧力をかけられ、孤立無援に立たされた。こういった情景を見て、温家宝を支持する人たちまでも口を閉ざし、彷徨ってしまうという。これは正しく、廬山会議で彭徳懐が孤立させられた情景と同様であり、歴史の繰り返しと言ってもいいようである。
■今年、温家宝はふたたび政治改革を呼びかける
温家宝首相は2008年3月18日の両会(全人代と政治協商会議)での記者会見で、変法で有名な北宋の政治家・文人の王安石の名言「天変惧るに足らず、祖宗法とるに足らず、人言恤うるに足らず」を己の信条とし、そして幹部として思想解放をし「独立に思考、批判、思惟および創造能力を有すべき」などとし、中共の党内で傍流とされる声を発した。
今年3月10日、呉邦国全人大委員長は報告の中で「5つのしない」(中国は「多党が交替で執政することを行わない、指導思想の多元化を施さない、三権分立と二院制を実施しない、連邦制をしない、私有化をしない」)を提出するが、温家宝は3月14日の記者会見で「4つの堅持」(経済の建設を中心にすることを堅持、人を本にすることを堅持、社会の公平と正義を堅持、人民の民主権力の保障を堅持する)を打ち出し、対峙的な姿勢を示している。
来年開催する中共第十八期全国代表大会を控え、薄煕来などの太子党(中共の高級幹部の子弟等で特権的地位にいる者たちを指し、習近平や薄煕来がその代表的な存在)が毛沢東を祭って文化大革命時代の革命の歌を大々的に歌いつつ中国をどんどん左へ導いており、中国の後退と懸念されている。
そこで、温家宝は4月23日中南海で香港の元全人代代表・呉康民氏と会見した際に、中国大陸での改革は主に二つの勢力からの抵抗があると指摘する。一つは中国封建社会の残渣であり、いま一つは文革大革命の余毒である。この2勢力の存在により、人々が真実を言うことができず、法螺を吹くのを好んでいる。この社会風紀は善くないので是正すべきであるという。
4月26日、北京の学者・茅于軾氏が「財新ネット」で「毛沢東を人間に還元させよ」という一文を掲載、毛沢東を神の祭壇から降ろし、審判を受けさせるべきと主張する。この文は文筆が辛辣であるし、毛沢東を容赦なく批判しているため、毛派の大本営「鳥有之郷」サイトから激しい攻撃を受け、毛派たちは「民衆訴訟団」を立ち上げ、茅于軾氏を厳しく批判しつつ訴えてやるなどと脅している。
一方、温家宝首相は4月28日、マレーシア訪問中にマレーシア在住の中国人と会見し、中国は政治体制の改革を実行すべきとして、次のように語った。
「中国社会と経済発展とのアンバランスはあたかも左右の足の長さが違うようなものであり、うまく立っていられないのだ」「政治体制の改革を推進すべき」「誰でも如何なる組織でも法律の前で平等になるようにすべき」「もし13億の中国人がみなも独自に思考でき、創造的精神を持つなら、いかなる力にも負けないにちがいない」と語った。
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