沖縄県にある米空軍嘉手納基地を一望できる「道の駅かでな」展望台では14日、目の前に広がる基地を背にして、労働組合関係者のツアーを率いる青年が説明していた。「あそこに見える哨戒機は南シナ海、北朝鮮、中国に向かうために配備されている」「岸田(首相)は沖縄を対中国戦の前線にしようとしている。許してはならない」。
南西諸島の中間に位置し、日本の安全保障の戦略的要衝である沖縄。歴史的な背景を絡めた政治運動や現地報道機関による世論への影響は長らく続いている。5月15日の沖縄返還記念日を迎えるにあたり、労働組合や市民団体が東北や関東、関西、九州など日本各地から団体ツアーで来島しており、基地反対活動を展開していた。
宜野湾市ではデモ行進が行われ、「県民大会」と称する革新派の集会が開かれた。記念式典会場のコンベンションセンター周辺ではデモ隊が集まり「岸田は帰れ」とスローガンを叫んだ。政治色の濃い日が続く。
冒頭の男性は、ベトナム戦争の時代には嘉手納基地からB-52爆撃機が飛び立ったことに触れ、「平和運動」の正当性を訴えていた。「戦う労働者たちの先輩はベトナム人民の殺戮を続けさせないためにも米軍の各ゲートでハンストを敢行した。偉大な先輩に習って沖縄平和運動を続けよう」。
宜野湾市にある普天間飛行場を見渡せる嘉数高台公園の周辺には、労働組合関係者が少なくともバス3台のツアーとなって県内の戦跡等を訪れていた。ツアーを率いる別の男性は、1945年の沖縄本土戦の痛ましい被害を語り、慰霊碑に手を合わせた。そして「沖縄を再び戦争の地にしない」と述べ、歴史的背景を反基地運動へと繋げていた。
ツアー参加者たちは労働組合青年部で20〜40代だった。話を聞けば、反基地運動に熱心ともいえる様ではなかった。30代の男性は、毎年行われるツアーであり、参加する費用は自分では払っていないと明かした。別の20代の男性に当日宜野湾市内で実施されたデモ行進参加への想いを聞けば「別に、どうといわれても」と苦笑した。
労働組合を設ける大手企業に沖縄旅行経費について問い合わせたところ、「会社が経費を負担しているという事実はない」と述べた。同企業の組合に問い合わせたところ「旅行費用はカンパで賄われている」と答えた。
反基地デモの最中 中国空母が訓練
いっぽう、こうした「反戦」運動が行われるなか、中国軍は日本周辺海域での訓練を活発化させている。防衛省によれば、中国海軍の空母「遼寧」は5月3日に宮古海峡を通過、石垣島の南方海域を航行しながら、15日まで艦載機の発着艦訓練を行った。さらに18日には、中国軍のH6爆撃機が同海峡を往復した。2機は対艦ミサイルの可能性のあるものを搭載していたという。
15日には沖縄本土復帰50周年の式典が開催された。会場内の記者会見で、大紀元記者は空母・遼寧の活動について質問した。玉城デニー県知事は基地問題について、中国など近隣諸国と関係悪化や、有事の際にはミサイル攻撃の標的となりうることに触れつつ、「だからこそ政府は『平和外交』に徹してほしい」と論じ、規模の縮小を求めていく考えを示した。
玉城知事は沖縄が「中国のミサイルの標的に」との認識を示唆しているが、沖縄県が「中国を脅威だと思っているとは考えにくい」とロバート・エルドリッヂ元駐沖縄米海兵隊政務外交部次長はみている。
例えば、「道の駅かでな」は嘉手納基地を一望できるような建物の設計になっている。2008年にオープンしたこの道の駅は、冒頭のような市民団体が基地を観るためにツアーで訪れる。基地施設に駐機する軍機の種類まで見える双眼鏡が備えられており、セキュリティ上の問題が危惧される構造だが、2022年にはさらに延伸した展望デッキが設けられ、全景を見渡しやすくなった。「このことから見ても中国を脅威と認識しているとは見られない」と付け加えた。
日米同盟による抑止力強化を掲げる日本政府だが、沖縄政策では「県民負担の軽減に力を尽くす」と慎重に言葉を選ぶ。では、防衛強化と沖縄県の負担軽減はどのようにバランスを取るのだろうか。
エルドリッヂ氏は「抑止力と県民負担軽減は両立し得ない」と主張する。政府は戦後からいわゆる『負担軽減』を図ってきたが、米軍基地をめぐっては感情論が優勢になり、沖縄で「負担軽減は反基地運動の人々の声を否定しない表現」として多用されてきたという。
駐留米軍の削減は「必然的に抑止力の維持には不可能になる」「兵力・兵站・司令部の揃う沖縄から(米国の力が)離れれば有事対応の力も損なわれるだろう」と述べた。
同氏はまた、現在進行する辺野古移設工事はすでに20年前に立案された計画であり、中国共産党の拡張主義を想定していないとした。辺野古の滑走路は、世界最長と言われる普天間基地の半分の長さの設計になる。このような点からも、辺野古移設による抑止力の減退を指摘した。
地域と米軍の社会奉仕活動
駐沖米軍による定期の海岸清掃やコロナ禍下でのマスク寄付、道路交通整理の支援といった社会奉仕活動は自治体広報誌も含めほとんど報道されない。伝えるのは米軍側機関紙やSNSアカウントだ。
匿名の米軍広報関係者に話を聞くと「米軍の地域貢献活動を主要紙に情報提供することもある。政治的な意向で取り上げられないようだ」と肩を落とした。別の関係者に聞けば、米軍基地のオープンゲートの活動などはあえて公にすることはないという。「左翼の活動が妨害に訪れる懸念がある」と語った。
沖縄の主要メディアが取り上げないなか、ある地方ラジオ局は放送区域にある基地の活動を伝える。これまで、赴任した新司令官を番組ゲストに迎えたり、基地内ビーチイベントを中継したことがある。
同社にメールで問い合わせると、「沖縄ではいまだ戦後が続いているという認識のほうがご年配の方ほど多く、行政側も米軍の情報発信には考慮している。このため、私たちは地域活動の一環ということで取材や報道を行っている」と答えた。
職業や政治性に関わらず、公正に捉えていきたいとの視点からだという。「基地で働いている方もいるし結婚される方もいる。沖縄では報道しないメディアは多いが、政治見解とは分けて地域に焦点を当てたメディアとして(イベントがあるなら)伝えるものだと考える」と述べた。
沖縄県宜野湾市在住の作家で1972年返還当時のことを知る江崎孝氏は、米兵に対する県民の感情は現地主要メディアや自治体が懸念するほど「悪い」ものではないと語る。軍用地賃借や基地雇用のほか、米国関係のビジネスが生まれており、さらには地域の一住民としての交流がある。
「『イデオロギーでは食べていけない』という言葉がある。友人がいて仕事もある。活動に熱心なのはごく一部に過ぎない」と江崎氏は述べた。基地の外で抗議デモに参加していた高齢者でさえ、週末にオープンゲートのイベントに孫を連れて遊びに行くこともあるという。
働く世代である18歳から50歳代までは実際、基地事情よりも経済振興に関心を持っている。朝日新聞と沖縄タイムズ、琉球朝日放送が行った2022年の世論調査で、 沖縄県のいまの最重要課題を択一で選ぶなら、「経済振興」が38%と最も多く、ついで「基地問題」の26%だった。同社の2017年の前回調査では、「基地問題」33%、「経済振興」19%であり、結果が逆転したことがわかった。
反基地運動は「下火になってきたのでは」との見方もある。エルドリッヂ氏によれば、運動の中で数々の道路交通法違反や暴力的な騒動も起きており、一般的に支持されるような活動ではないという。
5月3日には日本国憲法制定75年を迎えた。ウクライナで熾烈な地上戦が繰り広げられるなか、革新派は依然として「戦争の放棄」を記した9条を金科玉条としている。前出の江崎氏は、日本は憲法にある「平和主義」を唱えるだけで他国からの攻撃を阻止できると考えているのだろうか、と沖縄県政や主要紙の姿勢に疑問を呈した。
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