アングル:メコン川上流に中国ダム、追いつめられるタイの漁村

2023/04/03 更新: 2023/04/03

By Rina Chandran

[チェンコーン(タイ) 21日 トムソン・ロイター財団] – タイ北部の村に住むカム・トーンさん(48)は、毎年2月から4月になると近くを流れるメコン川に膝までつかりながら、川藻を集めている。売り物にしたり、家庭で料理に使ったりするためだ。

トーンさんをはじめ、メコン川沿いで暮らす女性の多くは、何十年間も「カイ(シオグサ)」と呼ばれる川藻を収穫してきた。だが、中国がメコン川の上流に十数カ所のダムを設置してからというもの、収穫量は激減した。

複数の研究者は、ダムによって水流が変化し、カイやコメ栽培に欠かせない川底の沈殿物もせき止められていると指摘する。

「乾期は普通は、水が澄んでいて水位が低く、川に入ってカイを採ることが簡単にできた。でも今は、乾期でも水位が高くなり、収穫が難しくなってきている」

地元の市場にカイを売って生計を立てているトーンさんは、両手いっぱいに持った糸状の緑藻を丸め、肩にかけたナイロン製の袋に入れながら、こうこぼした。

「以前よりもカイの収穫に時間がかかるようになってしまった。カイの量も減り、収入に影響するようになった」

タイ・ラオス国境にほど近いチェンコーンで暮らすトーンさんの収入は、乾期にメコン川の水位が下がり、カイも豊富に生息していた頃に比べ、3分の1にまで減少した。

トーンさんによれば、漁師である夫の漁獲量も減少しているという。

チベット高原から南シナ海へ約4350キロを流れるメコン川は、流域の中国、ラオス、ミャンマー、タイ、カンボジア、ベトナムに住む数千万人の農業や漁業を支えている。

しかし、中国が水力発電のためのダム建設を拡大し、季節外れの洪水や干ばつを引き起こす懸念が強まっている。また、強力な国家を後ろ盾に持つ複数企業の手に東南アジア最長の河川の未来が握られるようになったことにも、不安の声が出ている。

地元の集落や活動家からは、クリーンエネルギー推進の機運の高まりを前に、地元の懸念や不安が無視されているとの声が上がる。

「上流に建設されたダムが、漁業やコメ栽培のほか、女性や高齢者の収入源となっている川藻の収穫に影響を及ぼしている」

活動団体「リバーズ・インターナショナル」のタイ・ミャンマー支部で代表を務めるピアンポーン・ディーツ氏はこう指摘した。

「川が水力発電の動力源のためだけに使われてしまえば、大勢の命や生活に影響する。食料や伝統、習慣、生き方に関わる問題だ」

<ゴーストタウン>

石炭への依存を減らし、再生可能エネルギーを増やす方針の中国では1995年以降、「ランカン川」の名で知られるメコン川で10数基のダムが建設された。うち5つは、それぞれ100メートル以上の高さがある「巨大ダム」だ。

中国はメコン川に流れ込む支流にも、少なくとも95基の水力発電用ダムを建設済みで、今後も数十基の建設を予定している。また、メコン川下流にある他国でのダム建設事業への資金援助も行っている。

下流域のタイ、カンボジア、ラオス、ベトナムからなる政府間機関「メコン川委員会(MRC)」の推定では、チベット高原や上流の中国・ミャンマーの「ランカン川(メコン川上流)」流域にある水力発電ダムで得られる電力は、年間約40億ドル(約5237億円)相当に上る。 ただ、メコン川流域で計画されているダムが全て建設された場合、川の堆積物が上流で閉じ込められるため、同地域の主食であるコメの栽培に影響を及ぼしかねないと複数の研究で予測されている。

さらに、ダムが魚の回遊を止めたり水流を変えたりすることで生じる漁獲量低下の損失額は、MRCによると2040年までに230億ドル近くになると見込まれている。さらに、森林や湿地、マングローブの破壊による損害は1450億ドルにまで上る可能性もあるという。

メコンダムの監視を行う米シンクタンク、スティムソン・センターで「エネルギー・水・再生可能プログラム」を主宰するブライアン・アイラー氏は、チェンコーンのようにダムに近い集落での被害は甚大だと指摘する。

乾期にも発電のため貯水池から放水することで「通常の2─3倍の水量」が流れる一方、雨期は放水制限によって流量が半分以上減る可能性もあるとアイラ―氏は分析する。

「これにより、タイ・ラオス国境の漁村でのゴーストタウン化が進んでいる」と同氏は続けた。

「こうした集落では環境の変化に適応する選択肢が少ない。高齢者が選べる生業は限られる。若い世代は移住したり、別の仕事で生計を立てたりするかもしれないが、順応するまでには様々なリスクを伴う」

MRC事務局はこうした懸念について、社会的影響を評価し、気温上昇や人口増加による影響も加味しながら、農業や集落に影響を与え得る流量や水質をの変化を監視していると述べた。

また、MRC事務局は取材にメールで回答し、水力発電事業によるリスクを管理して悪影響を軽減すべく、「ダムの設計、建設、運営に関する科学的かつ技術的な指標」を策定しているとした。

ただ、活動グループはMRCについて、地元集落と協議していないと指摘。中国がダム建設に本腰を入れて以降、より頻繁に、より激しくなっている洪水や干ばつについても、中国に対する責任追及ができていないとしている。

2019年から21年にかけての干ばつでは、中国のダムが多大な水量をせき止めたことが原因でメコン川の水位が記録的に低下し、干ばつが悪化したことが、スティムソン・センターと環境調査会社「アイズ・オン・アース」の衛星監視による調査で判明した。

中国は降雨量が少なかったためだとして調査結果に反論。2020年には、年間を通じて自国内の流量データを共有することでMRCと協定を結んでいるとしている。

<エネルギー需要>

国際エネルギー機関(IEA)の2021年の報告書では、新興国や発展途上国における潜在的な可能性がとりわけ高いことから、水力発電は「低炭素エネルギー生成の主役」だと評価している。

中国は世界最大の水力発電市場だ。IEAによると、中国企業は2030年までにサブサハラ・アフリカ、東南アジア、ラテンアメリカ地域における新規の水力発電のうち半数以上を担うという。

メコン川下流域のエネルギー需要は年間6─7%上昇すると予想され、「完全な水力発電開発」によって2040年までに1600億ドル以上の経済効果が見込めるとMRCは推測する。

ただ、住民が移住を強いられるなど、水力発電プロジェクトによる影響を懸念する声も世界中で高まりつつある。

ラオスでは2018年、建設途中のダムが決壊し、突発的な洪水で家が流され、数十人が死亡。「アジアのバッテリー」になることを目指していた同国で、水力発電のイメージに影を落とした。

<「予想不可能な川」>

ラクチェンコーン保護団体の二ワット・ロイケウ代表(63)は、何世代にもわたってメコン川に頼った生活を送って来た流域の集落の人々も、もはや川の側で暮らす術が分からなくなっていると指摘する。 

「ダムがあっては、川の動きが予測不可能になり、これまで積み重ねてきた知識も無意味だ」とロイケウ氏は嘆く。同氏は2022年、ゴールドマン環境賞を受賞している。

  スティムソンセンターとアイズ・オン・アースによるメコンダムの監視は、衛星画像とリモートセンシング技術を用いて、24時間以内に水位が0.5メートル増減した場合に、周辺のタイ・ラオス国境の集落に対して警告を行っている。

だが、こうした監視も他の選択肢を持たない集落にとってはほとんど意味が無い、とロイケウ氏は言う。同氏は地元の子供たちに川について教える「メコン学校」をチェンコーンで開催しているほか、研究者にも情報を提供している。

「人々が望んでいること、それは当然のことながら、包括的に協議をして川の共同管理を行うことだ」

4月まで続く現在の乾期でトーンさんはカイの収穫に注力している。運が良く数キロ採ることができた日には、一部を薄く延ばして日干しして乾燥させる。間食用として、市場でも高値がつく。

「毎日、収穫を終えて川を引き上げるタイミングも、一日にどれだけ収穫できるかもわからない。収穫できるときに可能な限り採っておかなくては」

Reuters
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