【寄稿】空自OBが語る 太平洋離島にレーダー新設することが致命的失敗である理由

2023/08/12 更新: 2023/12/02

移動式レーダーを固定式レーダーとして使用すれば、固定式レーダーと同様、真っ先に破壊されてしまい、有事の際のレーダー機能の維持が不可能になろう。レーダーの機能が失われれば、航空自衛隊は壊滅し、日本の制空権は敵に奪われよう。

北大東島にレーダー配備

「太平洋離島 レーダー新設」こんな見出しが7月25日に産経新聞の第一面に躍った。「警戒『空白地帯』解消」「防衛省検討 中国念頭に防空強化」との小見出しが続く。航空自衛隊のレーダー基地が太平洋には全くないので、移動式のレーダーを太平洋の北大東島に配備する計画を防衛省が検討している、と記事は伝える。

「背景には、太平洋への進出を活発化させている中国の存在があり、防空態勢の強化が急務になっている事情がある」と解説している。この記事を読んだ人は、「これは日本の防衛力を強化することだから、大いに結構」と得心するであろう。

昨年末に防衛戦略が策定され、防衛費の大幅な増額も決まり、防衛省も、それに従って太平洋にレーダーを新設するのだと早合点する向きもあろう。

だが、それは違うのだ。この記事の本当に意味する所は、そんな楽観的なものではない。むしろ日本の防衛は、お先真っ暗だと示唆しているのである。

防衛戦略の誤算

航空自衛隊は日本全国に28カ所のレーダー基地を設置している。これらは日本海側の離島にも数多く設置されているが、太平洋側の離島には全く設置されていない。主に大陸からの飛来に備えてきたためである。

ところが近年、中国の海洋進出はめざましく南シナ海、東シナ海、日本海のみならず太平洋にまで及んでいる。従って太平洋の離島にもレーダー基地の設置が急務となった。だが、昨年策定された防衛戦略や中期防衛力整備計画には新たなレーダー基地の設置は認められていない。

そこでやむなく移動式のレーダーを離島に持ち込んで、臨時のレーダー基地を設置しようと言う苦肉の策なのである。

それで、ともかくもレーダー基地ができるのなら、それでいいではないかと思われようが、実は、これは致命的な失敗だと言わねばならない。なぜ、そう断言できるのか?

小隊長として勤務していた経験があるのだ。だから移動式レーダーの役割については、十分知っている。それは、決して固定式のレーダーを備えたレーダー基地の役割を果たすものではあり得ないのである。

移動警戒隊の任務とは

では移動式レーダーの本来の役割とは何か?これを説明するためには、そもそものレーダー基地の役割から説明しなければならない。

日本全周に28カ所のレーダー基地があるのは、日本に飛来する国籍不明機等を監視するためである。かつては、それは飛行機に限られていたが、現在ではミサイルやドローンなど多様化されている。

国籍不明機等をレーダーが感知すると、その情報は中央に送信され集約されて、戦闘機がスクランブル発進して、パイロットが目視して確認するわけだ。

従って、もしこの28カ所のレーダー基地が破壊されれば、航空自衛隊は敵機が襲来していることを認識すらできないことになろう。つまり、日本有事はほぼ確実に28カ所のレーダー基地の破壊から始まる。

そして侵入した敵機は、戦闘機が駐機する空自の各飛行場を攻撃することになる。敵機の襲来を認識していない空自の戦闘機は飛び立つ以前に地上で撃破される。ちなみに空自には戦闘機を防護するシェルターはないから、戦闘機部隊は一瞬で壊滅する。これは迎撃ミサイル部隊についても同様である。

ここで移動式レーダーの出番となる。移動警戒隊は、移動式レーダーを車両に乗せて縦横無尽に移動し、見晴らしのいい場所を選んで、レーダーを起動する。破壊されたレーダー基地に代わってレーダー機能を維持するのである。レーダー基地が破壊されても移動警戒隊がレーダー機能を維持している限り、航空自衛隊は飛来する敵を迎撃できるのだ。

しかしレーダーが起動すれば、敵はレーダー電波をただちに感知し、位置を特定し攻撃して来ることになろう。従って攻撃される前にレーダーを停止し、すばやく他の場所に移動しなければならない。そして、そこで再びレーダーを起動する。移動警戒隊は有事には、こうした作業を1日に何回も繰り返し、空自のレーダー機能を維持するのである。

移動式レーダーが固定されたら

産経新聞によれば、「防衛省は、沖縄本島から東約360キロの太平洋上に位置する北大東島(沖縄県北大東村)でレーダー配備に関する住民説明会を7月20日に開いた。沖縄防衛局が島の北東部と南部の村有地約8ヘクタールを取得し、隊舎や火薬庫の整備を検討していることなどを説明。配備に伴い、自衛隊員約30人が常駐する予定も明らかにした。」とある。

北大東島に移動式レーダーを配備して隊員が常駐するわけだから、レーダー基地を常設するのと何ら変わらないことになる。つまり移動式レーダーを固定式レーダーとして使うわけだ。先に述べたように固定式レーダーの配備された基地は、有事の際、真っ先に破壊される。

そこで移動式レーダーの出番となるはずなのに、その移動式レーダーを固定式レーダーとして使用すれば、固定式レーダーと同様、真っ先に破壊されてしまい、有事の際のレーダー機能の維持が不可能になろう。

レーダーの機能が失われれば、航空自衛隊は壊滅し、日本の制空権は敵に奪われよう。先の大戦においては、日本は制空権を維持できず、日本の国土は焦土と化し敗戦を迎えた。その戦訓に学べば、この計画の間違いは明らかであろう。

空自OBは警告する

では、防衛省はなぜ、そんな間違った計画を推し進めようとしているのか?それはレーダー基地を増設できないからだ。

昨年、国家安全保障戦略、防衛戦略、中期防衛力整備計画の3文書が策定され、防衛費も1.5倍の増額となった。反撃能力も認められ、防衛力は大幅に増強されたと世間は思い込んでいる。

しかし、実情は、防衛の要(かなめ)となるレーダー基地の増設さえ認められていないのである。

レーダーは1930年代に英国で極秘裏に開発が進められたが、第2次世界大戦においてドイツ空軍の襲来をいち早く探知し、英戦闘機による迎撃を可能にした。日米戦争でも米軍は初期からレーダーを活用しており、日本の優れた航空戦力が消耗し遂には壊滅したのは、実にレーダーの威力であった。

それゆえに、戦後の航空自衛隊においてはレーダー基地の整備に全力を傾けてきたのだが、令和に至りサイバー戦に後れを取った事を認識してサイバー部隊の急速な拡充が急務となったため、何とレーダー基地の整備がおろそかになってしまったのだ。

頭隠して尻隠さずとは、まさにこのことで、このままでは日本の防衛体制は確実に破綻する。空自OBとして強く警告する所以(ゆえん)である。

(了)

軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。
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