2022年10月13日の正午ごろ、北京「四通橋」の上に、習近平政権を真っ向から批判し、中共党首に対して「独裁の国賊、習近平を罷免せよ!(罢免独裁国贼习近平!)」と名指しで罵倒する横断幕が掲げられた。
13日、世界を驚かせたこの「四通橋事件」から2周年を迎えた。
その名は、彭載舟(ほうさいしゅう)
「四通橋」に掲げられたスローガンには、「独裁の国賊 習近平を罷免せよ」と書かれていたほかに、「嘘は要らぬ、尊厳が欲しい。文革は要らぬ、改革が欲しい。独裁者は要らぬ、選挙権が欲しい。奴隷になるのは嫌だ 、公民でありたい」と書かれていた。
まだ当時は「ゼロコロナ(清零)政策」中であったことから「PCR検査は要らぬ、食べ物が欲しい。封鎖は要らぬ、自由が欲しい」の文言もあった。
なにしろ強権で抑えつけていた民衆から、手痛いカウンターパンチを食らったのである。中国共産党は、表面上はともかく、民主主義社会では認められる、このような「真っ当な要求」を突きつけられたことに驚嘆し、反抗する民衆を前にして心底震え上がったに違いない。
実際、この「四通橋事件」は、それに続く中国の民衆活動である「白紙革命」や「花火革命」の先駆けとなった。中共当局に与えた衝撃の大きさは、この「四通桥(四通橋)」という何の変哲もない地名が、中国のネット上で検索不能になったことからも伺われる。
「四通橋」の上に横断幕を掲げたのは、たった1人の無名の市民であった。多くの中国人はそこに、まるで「三国志」の英雄・趙雲子龍のごとく、単騎で数万の大軍に斬り込んでいく勇者の姿を見た。
その人物の名は彭載舟(ほうさいしゅう)氏(本名・彭立發)という。彼は「四通橋の勇士」と呼ばれ、以来、中国政府に立ち向かう人々の象徴的存在となった。
「ブリッジマン」は今は獄中
「四通橋の勇士」彭載舟氏は建設業者に扮して横断幕を掲げ、歩行者や往来する車の注意を引きつけるために、可燃物に火をつけて煙を作り、スローガンを叫び続ける拡声器もつけた。
彼は警察から逃げようともせず、抗議現場に留まり、最大の注目を集められるよう、警官にパトカーに押し込まれるまでの間、最大限の努力をつくした。当局に連行されて以来、彼は外界との接触を一切断たれ、今は投獄中とされる。
欧米のメディアは「四通橋の勇士」を、89年の六四天安門事件の際に戦車の前に1人で立ちはだかった「タンクマン」の姿を重ねて報道するとともに、この勇士に「ブリッジマン」の尊称を付与した。
今は「ブリッジマン」は拘束中ながら、その悲壮感あふれるワンマンショーはネットで拡散され、人々の記憶に確実に残った。
その不屈の精神に、多くの人が共感した。彭氏が北京の陸橋にかかげたスローガンは今や世界中の支援集会で掲げられるようになり、世界中の人々が、彼と同じ言葉を掲げて連帯を示し、釈放を中国政府に呼び掛けている。
「四通橋事件」2周年を前に、米国在住のミュージシャン・格雷さんは「彭載舟さん、後は私たちに任せて(交給我們,彭載舟)」と題するミュージックビデオ(MV)を公表し、中国共産党当局に対し、彭載舟さんの釈放を求めた。
(MV「彭載舟さん、後は私たちに任せて(交給我們,彭載舟)」)
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