論評
現代の文化的スローガンの一つに 「自分らしく生きる(you do you)」 という考え方がある。これは、自分の欲望を他者や社会全体の利益よりも優先する生き方を意味し、言い換えれば 利他的ではなく、利己的な生き方を推奨するものだ。
この価値観が社会に与える影響は特に結婚や家族といった制度において深刻に表れている。
ハーバード大学の元政治学教授である故ジェームズ・Q・ウィルソン氏は、著書『The Marriage Problem(結婚の問題)』の中でこのように述べた。
「公共生活の基盤はお金ではなく家族である。家族が弱体化すれば、その上に築かれたあらゆる社会構造もまた脆弱になる」
アメリカの人口減少と少子高齢化
私は先月、米議会予算局(CBO)が発表したアメリカの出生率に関する最新データを読んだ際、この言葉について改めて考えさせられた。
近年、「少子化」やその未来への影響について多くの記事が書かれてきた。しかし、CBOの報告書は、これまで懸念されてきた問題がいよいよ本格的な危機へと発展しつつあることを示している。予測によれば、今後30年間でアメリカの人口増加は大幅に鈍化する見通しだ。
「このままでは、2033年には死亡数が出生数を上回ると予測されている」
ウォール・ストリート・ジャーナルの記者、ポール・キアナン氏は、このように指摘した。これは、米議会予算局の最新報告書が示した深刻な予測であり、昨年の予測よりも7年早いペースで少子高齢化が進行していることを意味する。
報告書によると、現在3億4200万人のアメリカの人口は、2054年には3億8300万人に増加するとされている。しかし、高齢化の進行により、25〜64歳の人口と65歳以上の人口の比率は、現在の2.9対1から2054年には2.2対1にまで低下すると予測されている。
医療の発展により平均寿命が延びたことも、この人口比の変化に影響を与えている。しかし、現在のアメリカの人口増加率はわずか0.2%にとどまっており、その多くは出生率ではなく移民の流入によるものだ。
さらに、議会予算局の予測によると、アメリカの合計特殊出生率(女性1人当たりの平均出生数)は約1.70で、人口維持に必要な2.1を大きく下回る。つまり、寿命が延びていることが少子高齢化の要因の一つであることは間違いないが、それだけではない。
最大の問題は、アメリカ人が結婚せず家族を作らなくなっていること、あるいは、女性の出産適齢期になっても結婚や出産が遅れていることにある。
結婚と家族の減少が招く社会の衰退
例えば、1970年にはアメリカの全世帯の71%が夫婦世帯だったが、2022年にはその割合が47%にまで減少した。
また、1962年には30歳のアメリカ人の90%が結婚していたが、2019年には51%にまで低下している。
イェール大学ロースクール名誉教授のピーター・H・シュック氏は、著書『One Nation Undecided: Clear Thinking About Five Hard Issues That Divide Us(揺れる国家――私たちを分断する5つの難題を冷静に考える)』の中で、「家族が社会の欠かせない中核であり、二親世帯の減少こそが、この50年間で最も重要な社会的変化だ」
人々が結婚せず、または子どもを持たない理由の多くは、経済的な安定、旅行、キャリアの追求といった「自己実現」や「個人の満足」を優先する価値観の変化にある。
実際、ピュー研究所の調査によると、50歳未満のアメリカ人の57%が「子どもを持たない理由」として「単に欲しくないから」と回答している。また、50歳以上で子どものいない人の31%も、同じ理由で子どもを持たなかったと述べている。
少子化の影響:社会の持続可能性が揺らぐ
少子化の進行は、単なる人口問題ではなく、社会全体に深刻な影響を与える。
例えば、急速に高齢化が進む中で、高齢者の生活を支える若年層の人口が減少すれば、社会保障制度の維持が難しくなる可能性がある。
アメリカの社会保障制度は、現役世代が納める税金によって高齢者を支える仕組みになっている。しかし、労働人口の減少により、将来的には「支える側」が足りなくなることが確実視されている。
ピュー研究所によると、結婚や出産をしないと選択した人々の多くが、高齢になったときに支援してくれる家族がいないことを不安に感じているという。また、社会構造の変化により、高齢者の政府への依存度がさらに高まることも懸念されている。
しかし、高齢者のケアの他に、社会全体に影響が及んでいる。すでに全国で生徒数の減少(2031年までに5.5%減)による学校の閉校が始まっており、企業も若く、技能を持ち、健康な労働者の確保がますます難しくなっている。さらに、子どもが減ることで、将来結婚や出産をする若年層の数も減り、出生率のさらなる低下につながる可能性が高い。
これはまさに「負の連鎖」であり、結婚や子どもの減少が社会の土台を揺るがしている。家の基礎が崩れれば、やがて建物全体が倒れるように、家族や子どもという社会の根幹が失われれば、社会全体が揺らいでしまう。
解決策は何か? 結婚や子どもの重要性を再び強調する社会に戻ることが必要だ。個人の野心よりも犠牲を、自己の自由よりも家族を優先する価値観を取り戻すべきである。今の「自分らしく生きる(you do you)」という哲学から転換し、これらの価値観に立ち返らなければ、少子化はやがて社会そのものの崩壊を招くだろう。
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