最近、元中国共産党政治局委員・中央軍事委員会副主席の范長龍を拘束したとする情報を海外の報道機関が伝えた。この報道が事実であれば、習近平党首が中央軍事委員会主席に就任して以来、范長龍は拘束された4人目の政治局委員兼軍事委員会副主席となる。
この情報が拡散したのは2025年8月26日前後であり、情報筋は范長龍拘束の時期を、前中央軍事委員会委員で軍事工作部主任の苗華や副主席の何衛東の問題が表面化した時期と近いと指摘する。8月27日には、海外の評論家・蔡慎坤氏が「范長龍は今年の夏、中国共産党(中共)高官が北戴河で休暇に入る前に拘束された」とSNSに投稿した。
蔡氏の発言によれば、中央軍紀律委員会の担当者が多数の私服警官とともに范長龍宅を訪れ、警備担当者へ調査令を示したうえで拘束した。范長龍は抵抗せずに調査員に同行した。范長龍は自らの身に何が起きるかを既に察している様子だったという。
その後、当局は范長龍を隔離施設に留め置き、飲食物の支給以外は外部との接触を一切断った。十数日間の孤立生活の中で范長龍は精神的に不安定となり、紙とペンを求めて取り調べに応じ始めた。当初は前副主席・徐才厚に関する供述のみであったが、担当者はさらに広範な情報提供を要求した。范長龍は続けて、建国50周年軍事パレードの総指揮を務めた元北京軍区司令官・李新良に関する事実も語った。
この供述を受け、軍首脳部は「八一建軍節(中国人民解放軍の創設を記念する日)」直前に李新良を「見舞い」と称して訪問した。事情を聞きたい旨を伝えると、李新良は自らへの疑惑を察したのか、大量の睡眠薬を服用して命を絶った。当局がその死を明らかにしたのは事件発生から2週間後であった。
粛清の「真実味」について
これらの情報について「信憑性が高い」とする専門家も存在する。習近平が2022年の第20回党大会で三度目の中央軍事委員会主席に就任して以降、軍部での大規模な粛清は極秘裏に進められてきた。ロケット軍司令官・李玉超、国防部長・李尚福、軍委政治工作部主任・苗華、副主席・何衛東らが調査対象となったが、共産党は事実を即座に公表せず、隠蔽を繰り返した。苗華の件のみ比較的早期に発表したが、他の高官については全国人民代表大会での解任決定や党大会直前の公報でようやく明らかになった。
さらに高官失脚の多くは、海外報道機関や評論家の暴露が先行し、その後に中共が公式発表で認める流れとなっている。例えば李尚福国防部長は2023年8月31日に軍紀律委員会の調査対象となり、7日後に蔡慎坤氏がSNSで暴露した約2か月後、10月24日に全国人民代表大会常務委員会が免職決定を発表した。苗華についても2024年11月28日に国防部報道官が調査開始を公表したが、その9か月前に台湾メディアが「中共軍で最も腐敗した高官」と指摘していた。結果として海外発の情報が事実と一致する事例は多い。
習近平政権下の軍部腐敗と権力構造
中共軍部の腐敗は組織の深部にまで広がっている。習近平は就任以来、10年以上にわたり160名超の高級将官を粛清してきた。この人数は1927年の軍創設以降、内戦・外戦・文化大革命を通じて失脚した将官の総数をはるかに超える。その多くは江沢民政権時代に昇進・重用された人物である。
当時の軍部は「買官(官職を“買う”側の行為)・売官(官職を“売る”側の行為)」や「権力・金銭・性愛の取引」が横行する腐敗の温床であった。2014年には軍検察が当時の中央軍事委員会副主席徐才厚の邸宅を家宅捜索し、地下室から1トン超の現金(米ドル・ユーロ・人民元)や金銀財宝、和田玉(国宝ともいえる歴史ある価値の高い石)、骨董品、名画などを発見した。軍用トラック十数台分にも及ぶ規模であり、これは氷山の一角に過ぎず、全容は未だ不明である。
取り調べの中で徐才厚は「自分より郭伯雄(元中央軍事委員会第一副主席)の方が問題は深刻だ」と証言したという。さらに元軍委政治工作部主任・張陽の自殺に際し、元国家主席・劉少奇の息子は「張陽の問題は徐や郭より重い」と語ったと伝えられている。軍委聯合参謀部参謀長・房峰輝も巨額の不正蓄財を行ったとみられる。
習近平は「軍老虎(軍部における高級汚職官僚)」と呼ばれる幹部を次々に摘発し、2023年以降は自らの信任を得た将官すら粛清の対象とした。側近とされた何衛東や苗華も不正を指摘され取調べの対象となった。范長龍も実は徐才厚の引き上げを受けた親信であり、徐失脚後は自らの保身のため前上司を告発したと言われている。
粛清と権力の行方
習近平政権下の軍部粛清は「反腐敗」を名目とするが、その真の目的は権力掌握と体制維持にあるとみられる。習の権力基盤を脅かさない限り腐敗は問題とされず、政権に脅威となる競合者のみを粛清対象とする傾向がある。
この方針に対する不満は高官や軍人、親族、取り巻きに広がり、「反習」の声が国内外で高まっている。最近では習一家の安全懸念や、習失脚後の報復リスクまで指摘する声もあり、胡錦濤元総書記が会場から排除された事件や李克強前首相の急死など、政権内外の不満は増大している。
もし范長龍拘束の報道が事実であれば、習近平が粛清した政治局委員兼軍事委員会副主席は徐才厚、郭伯雄、何衛東、范長龍の4名となる。2012年以降、副主席は范長龍、許其亮、張又俠、何衛東の4人であったが、現在は范と何が取調べの対象となり、許其亮は不可解な死を遂げ(強制的に死を迫られたとの説もある)、現職で残るのは張又俠のみである。
張又俠は失脚するのだろうか。もし張又俠が地位を保つなら、次に失脚するのは誰であろうか。

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