アンティファは1920年代ヨーロッパに端を発する反ファシズム運動から発展し、共産主義的思想を背景にアメリカで暴力的活動を展開。トランプ大統領はアンティファを「国内テロ組織」に指定し、法執行機関による徹底的な調査・資金追跡を命じた。アンティファの起源・思想・現代アメリカ社会への影響を詳しく解説する。
保守派指導者チャーリー・カーク氏射殺事件の直後、当局は、事件現場に残されていた薬きょう(銃砲の発射薬を詰める容器)に「おい、ファシスト! これでもくらえ!」と彫られていたことを明かした。警察は単独犯とみているが、背後関係の有無も含めて捜査を続行している。
トランプ米大統領は事件後、「急進左派がカーク氏などの政治家への暴力を扇動している」と非難した。さらに12日後の9月22日には、極左団体「アンティファ(Antifa)」を「暴力とテロリズムに関与する国内テロ組織」と公式に指定する大統領令に署名した。連邦機関には同組織の違法活動や資金提供者の調査・起訴が命じられた。
大統領令の添付覚書には、未発射の薬きょうに「反ファシズム」を示す文言が刻まれていた点が記されており、動機の政治性を強調している。
アンティファは長らくICEとの衝突を繰り返してきたが、トランプ政権の新たな行政措置を受け、実態が不明瞭だったこの極左運動が再び注目されている。トランプ氏は「アンティファは若者を暴動に誘導し、警察を襲撃して法執行を妨害し、合法的な言論を暴力で封じ込めている」と強く批判した。
アンティファ構成員は、自らが「ファシスト」「抑圧者」とみなす者には発言の場を与えるべきではないと主張している。言論封殺が通用しない場合は暴力行使も「正当防衛」との立場だ。運動の指導者は「いかなる手段を用いてもファシストを阻止すべきだ」としている。
『反ファシスト・ハンドブック』の著者マーク・ブレイ氏は10月4日、SNS「Bluesky」で「合法・違法を問わず、広範な反ファシズムこそが我々を救う」と投稿している。
トランプ氏は大統領令で「アンティファは軍事化された無政府主義組織であり、アメリカ政府や法執行当局、法の支配体制の打倒を明確に呼びかけている」と警告した。評論家らも「アンティファの目的はスローガン以上に危険で潜在的だ」と指摘する。
一方、米民主党の議員3人は「違憲かつ政治的報復だ」とする声明を発表した。一方、アンティファによる暴力の被害を受けたジャーナリストや市民の間では「共産主義に起源を持つ組織的かつ危険な秘密運動の実態を暴いた」と大統領を評価する声も出ている。
ヨーロッパに端を発する起源
アンティファの起源は1920年代イタリアの反ファシズム運動に遡る。ムッソリーニ率いるファシスト党支配への抵抗がその源流である。『ブリタニカ百科事典』ではファシズムを「極端な軍国主義・国家主義を掲げ、民主主義や自由主義を軽蔑するイデオロギー」と定義する。
1932年、ドイツ共産党は「反ファシスト運動(Antifaschistische Aktion)」を設立し、ナチス突撃隊に抵抗した。この時に確立された拳を突き上げるジェスチャーや赤黒の旗は、現代アンティファの象徴となっている。
反ファシズム運動はヨーロッパで継続され、パンクロック文化を通じてアメリカにも伝播した。1980年代には「反人種差別行動(Anti-Racist Action)」がアメリカ内で誕生、その後は小規模団体に分化した。21世紀に入り、インターネットや暗号通信の発展によりアンティファの活動は急速に世界へ拡大した。
アメリカでの初期活動はミネアポリスの「ボルディーズ(Baldies)」から始まり、現在は西海岸が中心となっている。
実態は「無組織」を装うネットワーク
アンティファとは何かの定義は容易でない。ジャーナリストのアンディ・ンゴー(Andy Ngo)氏は「意図的に『無組織』を装っているが、実際は組織的に動いている」と指摘する。ンゴー氏は『アンマスクト:アンティファが民主主義を破壊する急進計画』の著者で、同書は『ニューヨーク・タイムズ』ベストセラーに選ばれた。
ベトナム共産党政権から逃れた両親を持つ同氏は、故郷ポートランドでアンティファの実態を追及した。幾度も脅迫や暴行を受け、頭蓋内出血の重傷を負い、一時国外避難も経験した。
FBI前長官クリストファー・レイ氏はアンティファを「思想」と呼ぶが、ンゴー氏は「思想に基づきいかに人々が組織化されるかが重要だ」とし、アンティファを「暴力的無政府主義・共産主義を掲げ、米国の諸制度破壊を目指す自律的ネットワーク」と定義している。
アンティファは時に「暴力のための暴力」を行い、地元企業を破壊して「資本主義への抵抗」と称することもある。「アンティファ・トーチ・ネットワーク」ではアメリカでの7団体が掲載されているが、全国的な組織構造は存在しない。
ウィスコンシン州拠点の研究機関「武装紛争地・事件データプロジェクト(ACLED)」は、アンティファと名乗る者全てが共通理念を持つとは限らず、社会主義者、共産主義者、無政府主義者が混在し、特定の信念体系を持たない参加者も含まれるとする。
黒装束の匿名集団
アンティファの参加者は黒い服を身にまとい、赤黒の旗を掲げる「ブラック・ブロック」スタイルで知られる。これはドイツの反ファシスト組織に由来し、警察による身元特定を困難にする意図がある。
シカゴ郊外の保護者団体代表テリー・ニューサム氏は、2020年に学校のコロナ対策反対を表明した後、アンティファから殺害予告と個人情報晒しの被害を受けたと証言する。「アンティファ支持者は多く、関与をカッコいいと考える若者も目立つ。抗議活動では同じ人物が繰り返し登場し、雇われたフルタイムの扇動家も多数存在する」と述べる。
ニューサム氏は「アンティファにはリーダーを示す組織図や会員証などは存在しない。麻薬組織と同じく明文化された組織構造は持たない」とも語る。
元メンバーの内情告発
かつてアンティファに所属していたガブリエル・ナダレス(Gabriel Nadales)氏は、自著『黒いマスクの背後 私のアンティファ活動家としての時代』で「アンティファは反ファシストを自称するが、その名は誤解を招く。アンティファやその活動を批判した者は皆ファシストとして糾弾されやすい」などと記している。
ナダレス氏は、アンティファの主たる推進力は反米感情であり、反ファシズムではないとも指摘。2011~12年の活動当時、メディアはアナキスト主体と誤認報道したが、実際はアンティファ主導だったとする。
ポートランド市の「ローズシティ・アンティファ」は2007年結成、全米で最も早期から活動を続ける組織の一つである。同団体は「ファシズム」定義の困難さを認め、右翼思想のみならず嫌悪すべき思想全般に「ファシズム」といわれる傾向があると説明。白人至上主義から労組反対まで多様な立場を「ファシズム」と認定することもある。
また、「急進的な反ファシズム運動は社会的影響をもたらし、ファシスト支持への魅力を減少させる」として、警察とは協力しない姿勢を強調している。
ナダレス氏は「他の左翼団体も暴力を行うが、アンティファ運動はアメリカ社会で恣意的かつ蔓延する極めて危険なイデオロギーの最悪の側面を体現している」と述べている。
また「多くの政治家はアンティファの暴力的な本質から目を背け、彼らがトランプ大統領に反対していることを理由に盲目的に同盟視している。アンティファ問題を解決した後、自分たちが標的とされることを恐れている」とも記している。
トランプ政権下の激化
2017年、トランプ大統領就任時にはワシントンDCで激しい抗議活動が発生。窓の破壊、交通妨害、警察との衝突が報告された。『反ファシスト・ハンドブック』によると、黒い服を着た一部抗議者が「アンティファ」メンバーとされる。
同書の著者マーク・ブレイ氏は、トランプ就任直後に白人至上主義やファシストの暴力が再燃した危機感から本を執筆したと明かしている。
ブレイ氏は本書で「我々の目標は20年後、トランプに投票した人々がその事実を公にすることを躊躇するような社会を作ることである」と記述し、「隠さない党派的闘争の呼びかけ」であると自認している。
本書は17か国61人の現職・元反ファシスト活動家への取材を基に、「急進的反ファシズムは1945年以降も存続し、トランプ大統領就任前からより危険化したファシストの脅威への合理的対応である」と結論付けている。
また、2008年の金融危機以降の欧米での右傾化を厳しく批判している。
2016年の大統領選でトランプ氏が出馬した際、当時のオバマ政権下でFBIと国土安全保障省はアンティファを国内テロリズムの脅威として監視を開始した。これは2016年4月のトランプ選挙集会での暴力事件に起因する。
2019年、ポートランドでアンティファがジャーナリストのンゴー氏らを襲撃した後、テキサス州のクルーズ上院議員とルイジアナ州のキャシディ上院議員がアンティファの国内テロ組織指定を提案したが、実現には至らなかった。
アンティファの名声
2020年夏、アンティファに対する世間の関心は急速に高まった。ミネアポリスで黒人男性ジョージ・フロイド氏が警察の拘束下で死亡した事件を契機に、アンティファはブラック・ライブズ・マターと行動を共にし、警察の法執行や「制度的人種差別」とされる問題に抗議した。各地で商業施設や車両の放火、破壊行為、警察との衝突が相次いだ。
ナダレス氏は「アンティファは多くの市民によるフロイド死への怒りを利用し、急進的左翼アジェンダを推進した」と述べる。同氏は「アンティファの根本動機は警察改革要求ではなく、資本主義やアメリカの価値観そのものへの憎悪であり、暴力をもって罪なきアメリカ人の私有財産を破壊した」とも記す。
ブレイ氏の著書も「時代が変わっても、アンティファの『あらゆる手段でファシズムを根絶する』との決意は揺るがず、その姿勢こそが運動の起源と結びついている」と分析している。
直近では、トランプ大統領によるアンティファの国内テロ組織指定を受け、ブレイ氏および他の著名なアンティファ支持者がヨーロッパに避難した。ブレイ氏は家族ともどもアメリカでの安全確保が困難になったと述べている。
国際反ファシスト防衛基金は「寄付者・受益者の保護」を理由に募金活動の停止を発表し、活動再開のため「ファシストに統治されていない国」の選定を進めている。
今後の行方
トランプ大統領は、スコット・ベッセント財務長官の率いる政府がアンティファへの資金提供者を追跡していると明言している。
大統領は「暴力行為に資金を供給する者も、バットで人を殴る者と同等に有罪である」と主張する。
ンゴー氏は一部の慈善団体からの資金が最終的にアンティファに流れ、同組織がクラウドファンディングや海外支援の恩恵も受けていると指摘する。
また、アンティファの一部組織は既に地下活動に移行したとされ、「目立たず、メディアの庇護下に隠れ、民主党政権復帰による大統領令撤回を待望するだろう。アンティファを国内テロの脅威と見なさないことは明白だ」との見通しも示す。
ンゴー氏は10月8日、ホワイトハウスでのアンティファ議論にも加わり、自身の調査報告が今後の捜査に資することへの期待を表明した。
同氏は「人々がアンティファの反ファシズムという主張を鵜呑みにするのではなく、実際に同団体が何を支持しているのかを見極めるべきだ」と主張している。
「アンティファが真に支持しているのは、暴力、破壊、殺傷、そして自由民主的秩序の廃止である。これこそがアンティファの本質である」と氏は語る。

ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。