北京で小型機が高層ビルに衝突 袁紅冰氏「習近平の政治危機」

2026/07/01 更新: 2026/07/01

6月26日、小型機1機が北京で最も高いビルである中信ビルに衝突した。豪州在住の法学者、袁紅冰氏は、この事件には複数の政治的背景が絡んでおり、中国共産党上層部の権力闘争と関係しているとの見方を示した。

現場は、中国共産党(中共)上層部の執務拠点である中南海から数キロしか離れていない。中共当局は、この事件で1人が死亡し、13人が負傷したと発表したが、事故原因や操縦者の身元については明らかにしていない。

現在までに、当局による短い発表を除き、中国のネット上では事件に関する議論が封じられている。故意に衝突した可能性を指摘する見方も出ている。

中共内部関係者と接点がある袁氏は29日、大紀元の取材に対し、北京で起きた衝突事件について、習近平が直面する前例のない政治的危機を映し出していると語った。

習近平と王岐山の対立が背景か

袁氏によると、この事件はまず、中信集団と関係しているという。中信集団は、かつて鄧小平の指示を受け、栄毅仁と王震が創設に関わった、官と商が結びついた巨大金融機関である。

袁氏は「実際には、中共の太子党(高級幹部の子弟)有力一族が支配してきた、中央銀行以外で最大級の金融グループだ」と述べた。

公開資料によると、中信集団の前身は中国国際信託投資公司で、鄧小平の承認を受け、栄毅仁が創設した。1990年1月、中信は泰富発展を買収し、中信泰富に改称した。2002年には中国中信集団公司に改称され、国家が授権した投資機関となった。2011年には国有独資会社へと改組された。

中信は長年、太子党の集結地とされてきた。王震の息子である王軍は早くから中信に入り、その後、中信の実権を握った。1995年から2006年まで中信集団の董事長を務め、2006年以降は第一線から退いた。2009年には、「栄一族」の中心人物とされた中信泰富董事局主席の栄智健と、董事総経理の范鴻齡がそろって辞任した。

王岐山は、朱鎔基元首相の下で中国建設銀行の行長を務めたほか、金融を主管する副首相も務め、中国の金融・経済分野に幅広い人脈を築いた。栄毅仁や王震の一族が金融界で影響力を弱めるなか、王岐山は中国金融界で大きな影響力を持つ存在になった。

王岐山の派閥は、一時、中信集団を掌握していたとされる。たとえば、2010年に太子党系の孔丹に代わって中信集団董事長に就任した常振明は、当時、金融を主管していた副首相の王岐山が据えた人物だったという。また、当時、副董事長兼総経理を務めていた田国立も、王岐山に近い人物だ。

王岐山は、習近平政権の第1期に中央規律検査委員会書記を務め、その後、国家副主席に転じた。近年、王岐山に近い金融システム内の人物は、習近平によって相次いで粛清されている。直近では、長年にわたり王の秘書を務めたとされる国家金融監督管理総局副局長の周亮が、今年3月に失脚した。

袁氏は、習近平が3期目に入って以降、中国金融の主導権を奪い返そうとしていると指摘する。中信集団も2024年から中央巡視組の巡視対象となった。その後、王岐山の中信集団内の勢力に対する調査が始まり、科級以上の幹部にまで及んだという。

袁氏は「小型機が中信ビルに衝突した事件は、こうした背景の中で起きた」と述べた。

ネット上ではこれに先立ち、小型機の操縦者は劉俊華という人物だとの情報が流れた。中信傘下の信銀理財にも、同じ劉俊華という名前の幹部がいる。英紙フィナンシャル・タイムズは、飛行機が北京で最も高い建物に衝突した後、警察が1台の車を捜索し、その所有者の氏名が劉俊華だったと報じた。

また、ネット上には中年女性の写真も出回っている。この女性が劉俊華で、衝突事件の操縦者だとする情報もある。ただし、これらの情報は現時点で確認されていない。

袁氏によると、北京の官界では、事件を起こした人物は女性で、中信集団で粛清の対象となった中間管理職の一人だとの話が広がっているという。

袁氏は、この中信大廈への衝突について、単なる事故ではなく、政治的背景を持つ事件だとの見方を示した。事件の背後には、習近平による厳しい粛清に対し、中共の官僚システム内に蓄積した強い不満と反発があるという。

袁氏は、これが習近平の直面する重大な政治危機だと指摘した。

一方、6月27日午後、中国証券網は、信銀理財の専用口座投資部門総経理である劉俊華へのインタビュー記事を掲載した。記事によれば、劉が記者の取材を受けたのは6月27日だった。この報道は、操縦者が信銀理財の劉俊華ではないことを示す狙いがあったとみられる。ただし、同記事には、劉が姿を見せて取材を受けたことを示す写真は掲載されていない。

関係する飛行学校に複数の有力者の背景か

ネット上で流れた情報によると、中信大廈に衝突した小型機は、東時双悦(北京)通用航空有限公司が保有する中国製「阿若拉」SA60L軽量スポーツ機で、登録番号はB-12PPだった。

事件当時、劉俊華という名の会員が同機を操縦し、簡単な離着陸訓練を行っていたという。同機は午後5時30分に石仏寺空港を離陸し、当初は午後5時40分に帰還、着陸する予定だった。しかし、18号滑走路の西側航路に入った際、正常に着陸せず、空域を外れて270度の方位を維持したまま飛行を続けた。空港側のADS-B監視では、飛行機は北京東五環付近まで飛行した後、信号を失った。

東時双悦を傘下に置く東方時尚駕駛学校股份有限公司は、中国本土で初めて上場した大手自動車教習機関で、本社は北京市大興区にある。

袁氏は、北京市内でこのような航空操縦学校を運営するには、中央から党・政府・軍の各方面にわたる深い背景がなければ不可能だと指摘する。

袁氏は体制内関係者の話として、この航空学校には習近平の妻・彭麗媛の一族の背景があり、同時に、現政治局常務委員の蔡奇氏の息子の背景もあると述べた。

2025年の中共当局の情報によると、蔡奇氏の息子である蔡爾津氏は、2024年末に新設された国家発展改革委員会の低空経済発展司に入り、副司長を務めている。蔡氏はかつて、北京の低空人工知能企業「雲聖智能」を視察したことがある。

公開資料によると、通用航空とは、軍事、警務、税関密輸取締り、公共航空輸送、たとえば商業旅客便などを除く民用航空活動を指す。

ただ袁氏は、東方時尚駕駛学校には空軍の背景もあると指摘する。

袁氏は「空軍は、この学校を通じて軍民両用の航空人材を育成するという名目で、同校の設立を認可した」と述べた。

袁氏が体制内関係者の話として語ったところによると、航空学校設立の申請報告には、中国は米国と比べ、民間の航空操縦士の数で大きく遅れていると明記されていたという。将来の戦争状態に備えるため、中国は民間でパイロットの予備人材を確保する必要がある。つまり、軍と民間が共同で航空人材を育成する必要があるという趣旨だったとされる。

袁氏は、この航空学校は実質的に、軍民融合の一環として設立された組織だとみている。

過去数十年にわたり、中国共産党は軍民協力の推進を公然と宣伝してきた。2015年以降、習近平はさまざまな場面で、軍民融合を国家戦略として格上げしてきた。

中国証券網の資料によると、東方時尚駕駛学校は、低空経済と軍民融合分野に積極的に事業を広げており、特殊車両および軍用車両の運転訓練にも関わっている。

袁氏は、東時双悦通用航空公司は実質的に準軍事組織に属し、半軍事的な管理が行われていると述べる。体制内からの情報によると、中国公安部、国家安全委員会、国家安全部などの関係部署の職員の親族も、この航空学校で働いているという。

袁氏は「実際には、党・政府・軍の各方面の有力者が深く関わる組織だ。共産党内で富や権力を持つ人間でなければ、この学校に入って学ぶことは難しい」と語った。

小型機は監視下でビルに衝突したのか

国際シンクタンクや民間航空の飛行経路追跡記録によると、事故当日の午後5時30分、同機は石仏寺空港を離陸した。当初は10分後に戻る予定だったが、突然航路を外れ、連絡が途絶えた。その後、午後6時過ぎごろ、中信大廈に衝突した。

5月1日以降、北京市ではドローンに対する厳格な管理規定が実施されている。また、中信大廈は、中国共産党高層部の所在地である中南海からわずか7キロの距離にあり、北京で最も厳しい飛行禁止空域に属する。同エリアでは、飛行の安全に影響を与えるいかなる物体の飛行や放出も禁じられている。

北京周辺には、防空ミサイル陣地とレーダー監視網も高密度で配備されている。防空対応の手順から見れば、この飛行機の滞空時間が長く、航路逸脱の距離が長くなるほど、中共軍のレーダー部隊と防空部隊には、識別、警告、迎撃を行うための時間があったはずである。しかし、飛行機が北京最高層ビルに衝突するまで、この防空網は機能しなかったように見える。

これについて袁氏は、小型機が監視されていなかったわけではないと述べた。袁氏によると、実際には、この飛行機は終始、レーダー画面上で直接監視されていたという。

袁氏は、監視部門が反応しなかった理由について、内部規定の存在を挙げた。北京域内で飛行体の離陸が確認された場合でも、中南海、人民大会堂、そして西山の中央軍事委員会指揮部を中心とする半径5キロ以内に入った場合に限り、上部への請示を経ずに直接撃墜できる規定があるという。

また、飛行機の所属先は、中共の準軍事組織であり、同社には党・政府・軍の各方面の有力者とつながる人物が集まっていた。そのため、現場の当局者の中に、同機の撃墜を命じた者はいなかったという。上層部への報告を重ね、意思決定層が判断を下すころには、飛行機はすでに中信大廈に衝突していたと袁氏は述べた。

袁氏は「誰もが恐れたのだ。万が一、撃墜した相手が習近平や彭麗媛と関係のある有力者だったらどうするのか。あるいは蔡奇と関係のある人物、または防空部隊と関係のある人物だったらどうするのか、と考えたのだ」と語った。

袁氏は、この事件は中共の防空体制上の不備だけでなく、政治体制上の深刻な欠陥を示しているとみる。習近平の統治下では、中共官僚の間に責任回避と消極姿勢が広がっており、重大事件への対応で誰も責任を負おうとしないという。

袁氏は「これこそ、防衛体制の欠陥以上に、中国共産党政権と習近平を恐れさせる政治的な脆弱性だ」と述べた。

ただし、中共当局が小型機のビル衝突に関する情報を厳しく統制しているため、袁氏の上述の証言や主張は、現時点では確認できていない。

これまでにも、中共当局によって詳細が十分に明らかにされていない事件がある。たとえば、2022年3月21日に発生し、乗客乗員132人全員が死亡した中国東方航空機の墜落事故についても、一部では人為的要因を疑う見方が出ている。地上から撮影された映像では、同機が垂直に墜落する様子が確認された。中共当局は最終報告書を公表しておらず、詳しい原因は依然として明らかになっていない。

唐兵
駱亜
中国語大紀元の記者、編集者。
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