中国の「認知戦」に対抗する発信組織を 兼原信克氏 内閣官房への「戦略コミュニケーション部」設置を提言

2026/08/11 更新: 2026/08/11

「日本の真の独立を目指す有識者会議」(ECAJTI)は8日、東京都渋谷区の東京体育館で第3回講演会を開いた。演題は「中国共産党が語れない日中近現代史の真実」で、笹川平和財団常務理事の兼原信克氏が講師を務めた。

兼原氏は外務省国際法局長を経て、第2次安倍晋三政権で内閣官房副長官補(外政担当)と国家安全保障局次長を務め、2019年に退官した。2025年4月から麗澤大学特任教授。今年1月には前駐中国大使の垂秀夫氏との共著『中国共産党が語れない日中近現代史』(新潮新書)を刊行し、フジサンケイグループの第41回正論大賞を受賞している。

情報戦の免疫に乏しい日本

兼原氏はまず、中国や北朝鮮のような権威主義体制では客観的な歴史研究が成立せず、歴史叙述が政治宣伝の一部として扱われていると述べた。

これらの国々では党にとって不都合な事実は国内の言論空間から除去され、そのうえで学校教育とメディアを通じて党のナラティブを反復して刷り込む構造があるとした。

兼原氏は中国国内には格差・失業・官僚腐敗への根強い不満が溜まっており、その怒りの矛先が共産党そのものに向かうと体制が危うくなる。だから党は意図的に怒りを「反日」や「歴史問題」へそらしていると述べた。情報を遮断され反日プロパガンダを刷り込まれ続けている大半の地方の一般市民は、歪んだ反日感情を抱いている。

一方で、対外的に国家主導の宣伝機構が機能し、相手国の社会的な亀裂や不満に照準を合わせ、対立を増幅させて世論を分断している。

兼原氏は日本は言論が自由な社会であり、大量に流し込まれる偽情報に無防備だと簡単に流されてしまう。こうした中国共産党などの宣伝に流されないために、学術研究・歴史学・国際法・客観的な公文書に裏打ちされた正確な事実を積み上げ、それを一人ひとりが身につけておけば、偽情報が入ってきても判断を誤らずに済むという。兼原氏は日本側には学術的事実に裏打ちされた知識、すなわち「免疫」が要るとの見方を示した。

後の質疑応答で兼原氏は、日中戦争期に中国側が写真やメディアを用いた対外宣伝を展開したのに対し、日本側は「武人は戦場で堂々と戦えばよく、宣伝は不要」とする姿勢を崩さず、国際情報戦で劣勢に立ったと指摘した」

また対日歴史戦の起点について問われ、1989年の天安門事件後に共産党統治の正当性が揺らぎ、江沢民政権が抗日戦争の勝利を党の正当性の根拠に据える愛国主義教育を本格化させた時期に根源があるとの見方を示した。

兼原氏は、この構造が終わる条件は中国の体制そのものの変化しかなく、限られた予算での対抗策として、厳密な歴史学と国際法に基づく事実を多言語でデジタル発信し続けることを挙げた。

内閣情報調査室などでは情報の収集と分析を担うものの、対外発信を担う組織ではないとして、収集と発信を切り離し、外務省、防衛省、警察などが連携する常設の「戦略コミュニケーション部」を内閣官房直下に置くべきだと提言した。西側の戦略的コミュニケーションの基本は虚偽を用いず事実を発信し続けることにあるとも述べている。アフリカ、中南米、太平洋島嶼国など、中国が資金を投じて情報浸透を図る地域への発信を課題として指摘した。

台湾有事が発生した場合 日本への影響

兼原氏は台湾有事が起きた場合の日本への影響についても具体的な数字を示した。

兼原氏の説明によれば、緊張が高まった段階で日本の株式市場から外国人投資家の資金がおよそ300兆円規模で流出し、株価は大幅に下落する。台湾海峡や南シナ海が戦闘海域となれば船舶保険が付保されず、商船は運航できなくなる。日本向けの船舶は南方への大迂回を強いられるが、海上自衛隊の護衛艦は約50隻で、その全域の護衛を担う能力はないとした。

対中貿易が遮断されれば日本企業の在中資産は凍結され、サプライチェーンは寸断され、防衛費と戦時国債は新型コロナ対策費を上回る数百兆円規模に達し、1300兆円を超える公的債務と重なって国債の暴落と金利急騰を招くと述べた。

兼原氏は有事に数百兆円を投じるより、平時に数兆円から数十兆円を抑止力と経済安全保障に投じる方が費用対効果が高いという整理を示し、宇宙、サイバー、AIなど軍民両用の先端技術に政府が資金を投じるべきだとした。

安倍外交について、自由で開かれたインド太平洋、日米豪印4か国の枠組み、TPP、日欧EPAを挙げ、経済と同盟の両面から重層的な網を築いたとして評価した。国会議員の訪中団については、毅然とした姿勢を欠く場合は中国側の宣伝材料になるとの認識を示した。

中国国民の対日感情に関する質問には、日本で生活した経験を持つ層に親近感があるとしつつ、現在の言論統制の下では公の場でそうした発言はできなくなっていると述べた。国内の格差や失業への不満が体制に向かうのを避けるため、党が反日を「ガス抜き」に用いる構造があるとし、福島第一原発の処理水放出をめぐる宣伝と、中国漁船が日本の排他的経済水域のすぐ外側で操業している実態を並べて挙げた。

大道修
社会からライフ記事まで幅広く扱っています。
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