朱鎔基元首相が死去 米元高官「改革派との見方は過度」中共支配への執着も指摘

2026/08/14 更新: 2026/08/14

米政府関係者の間では、12日に死去した中国共産党(中共)の朱鎔基元首相について、中共支配の維持を重視する技術官僚だったとの見方がある。一方、外部では市場への積極姿勢が過度に強調され、中共支配への強いこだわりが見過ごされてきたという。

米国家安全保障会議(NSC)で中国・台湾政策を担当した元当局者は「朱鎔基は、しばしば誤解されてきた人物だ」と語った。

朱鎔基は12日、北京で死去した。98歳だった。1991年から2003年までの10年以上にわたり、国務院副首相、首相を歴任し、当時の中共党首江沢民とともに政権を担った。

バイデン政権時代にNSCの中国・台湾担当上級ディレクターを務めたジュリアン・ゲヴィルツ氏は、Xに「朱鎔基は、しばしば誤解されてきた人物だ」と投稿した。

「彼は、中国の改革開放期が抱えていた多くの矛盾を体現していた。急速な経済成長を追求する一方で、政治的統制を維持しようとした。市場と貿易の恩恵を得ようとする一方で、混乱や不安定化を抑えようとした。国際秩序に参加しながらも、常に中国(中共)の原則を堅持しようとした」

さらに、「同じように重要なのは、アメリカでは朱鎔基を自由主義的な改革者と捉える見方が過度に広がっていたことだ。市場への熱意が過度に強調され、国力の強化と中共支配の維持への執着が見過ごされてきた」と指摘した。

ゲヴィルツ氏は、アメリカの対中政策を担う若手の有力専門家の一人で、中共指導部の政治にも詳しい。最新著書『Never Turn Back』では、中共の権力中枢が趙紫陽をどのように政治的に排除したかを描いている。

朱鎔基を抜てきした鄧小平

ゲヴィルツ氏によると、朱鎔基は技術官僚で、1990年代に当時の中共最高指導者、鄧小平によって経済政策決定の中枢に抜てきされた。

1991年に発表された論評では、鄧小平の次の言葉が引用された。

「計画経済だから社会主義、市場経済だから資本主義だと考えてはならない。どちらも手段であり、市場も社会主義のために利用できる」

この論評は、朱鎔基と鄧小平の娘が共同で執筆した。

鄧小平はまた、「今の(中共)指導部は経済を分かっていない。経済を分かっているのは朱鎔基だけだ」とも語っていた。

ただ、朱鎔基が就任後に直面した国内外の課題は多かった。膨大な農村労働力をめぐる問題にどう対応するか、中国のWTO加盟をめぐる米国内の政治的抵抗にどう対処するかなど、鄧小平は具体的な道筋を示していなかった。

一方、海外メディアは、朱鎔基が従来の中共指導部とは異なる経済政策を進めたことから、改革派として報じることが多かった。

朱鎔基とブッシュ元大統領のやり取り

実際、朱鎔基本人も、西側が朱鎔基を自由主義的な改革者と位置づけることに不満を示していた。

朱鎔基はかつて、「私は中国のゴルバチョフではない。中国の朱鎔基だ」と語っている。

ゲヴィルツ氏は、経済政策においても朱鎔基が国有企業の大規模な民営化に強く反対していたと指摘した。

朱鎔基がジョージ・W・ブッシュ元大統領と会談した際、朱鎔基は、中国は国有企業を民営化しているのではなく、現代的な企業へ転換しているだけだと説明した。これに対し、ブッシュ氏は一度まばたきをし、自信ありげに「われわれは何が起きているか分かっている」と答えた。

米調査会社ロジウム・グループの元経済アナリスト、マーク・ウィツケ氏は、このやり取りについて、米政策担当者の多くが「中国は世界の資本主義体制に完全に組み込まれようとしていたのではなく、独自の道を歩もうとしていた」ことを理解していなかったと指摘した。

同氏は「実際、当時のアメリカは中国の実態をまったく理解していなかった」と語った。

中国のWTO加盟を認めたことを悔やむアメリカ

国際的には、朱鎔基の在任中の最大の成果の一つは、アメリカの支持を取り付け、中国のWTO加盟を実現したことだとされている。

ゲヴィルツ氏によると、朱鎔基は当時、WTO加盟を中国の利益ではなく、アメリカの将来にかかわる問題として巧みに打ち出した。

朱鎔基は2000年3月、「クリントン大統領は、今この米中貿易協定を承認しなければ、アメリカ人は20年後に後悔するかもしれないと言った」と述べ、「私はもう一言付け加えたい。20年後だけではない。数千年後、アメリカ人がこの歴史を振り返った時にも、当時この過ちを犯したことを後悔し、嘆くのではないかと心配している」と語った。

ゲヴィルツ氏は、皮肉なことに、今では実際に多くのアメリカ指導者が「この歴史を振り返り、嘆いている」と指摘した。中国のWTO加盟を認めたことは、アメリカの過ちだったとの認識が広がっているという。

朱鎔基を悼む声が相次ぐ背景

朱鎔基の死去に多くの人が強い反応を示している理由について、ゲヴィルツ氏は、朱鎔基に対する評価が中国国内でも今なお一様ではないためだと分析した。

「一部の人にとって、彼は中国で改革・開放がより重視されていた時代を象徴する存在であり、現在の習近平統治下の中国とは大きく異なる」と記した。

米研究者ジョセフ・トリジアン氏は、Xで1枚の写真を紹介した。新華社が1999年9月30日に撮影したもので、当時の中共党首江沢民と朱鎔基が、人民大会堂で開かれた中共政権樹立50周年の行事で、習近平の父、習仲勲とともに写っている。

トリジアン氏はXに、「今年は江沢民の生誕100年に当たり、朱鎔基が死去した年でもある。構造と主体性、継続と断絶、可能性と必然性という、かつての議論を改めて考える時だ」と投稿した。

習近平一族の研究で知られるトリジアン氏によると、習近平はかつて、この写真を書棚に飾っていたという。

林燕
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