ロシア東部のシベリア地方、イルクーツク州にある感染症研究所に勤務していた28歳の女性研究員が、「原因不明の肺炎」を発症して死亡していたことが分かった。女性の接触者約200人が隔離され、医学的観察を受けているほか、女性が治療を受けていた病院の病棟も隔離された。肺ペストの可能性も指摘されており、米国や欧州連合(EU)、世界保健機関(WHO)も事態を注視している。
ロシア連邦消費者権利・人間福利保護管理庁によると、死亡した女性は「シベリア・極東ペスト研究所」に勤務していた。同研究所は、ペストをはじめとする感染症の研究を専門としている。
研究所はロシアとモンゴルの国境から約240キロ離れた場所にある。当局によると、女性は「原因不明の肺炎」と診断されていた。
今月5日の記者会見で、ロシア大統領府のペスコフ報道官は、この問題について詳細を明らかにせず、ロシア連邦消費者権利・人間福利保護管理庁が状況を監視していると説明した。
地元当局によると、感染拡大を防ぐため、地域では防疫措置が取られている。
WHO「一般市民へのリスクは低い」
WHOはこの死亡事例を把握しており、ロシアの保健当局と連絡を取りながら、事案の詳細や現在実施されている検査、その結果について確認を進めている。
WHOは、現時点で得られている非公式な情報に基づけば、一般市民に対する公衆衛生上のリスクは比較的低いとの見方を示している。
米国務省も、ロシアで「肺ペストの疑いがある死亡例」が発生したとの報道を把握しているとし、米疾病対策センター(CDC)などと連携して状況を監視していると明らかにした。
米側はロシア当局に対し、イルクーツクで発生した事案について、より透明性の高い情報公開を求めている。
米国務省の報道官は、「依然確認されていない詳細が数多くある」とした上で、ロシア当局に対し「正確な情報を迅速かつ公に共有する」よう求めた。
ルビオ米国務長官も5日、記者団に対し、米側が現在把握している情報は「ロシア側から提供されたもの」だと説明した。
その上で、感染症が国外に拡大する可能性への懸念にも言及。米露間の人的往来は限定的だとしながらも、感染症はいったん国境を越えると急速に広がる可能性があるとして、米国が注意深く監視していると述べた。
「現時点でパニックになる理由はない。ただ、注視する必要があり、今後も状況を注意深く見守っていく」と語った。
EUの欧州委員会の報道官も5日、肺ペストの疑いがある今回の事案について、欧州が「非常に注意深く」状況を見守っていると表明した。
接触者約200人を隔離 現時点で感染の兆候なし
研究所から近いイルクーツク州シェレホフ地区では、これまでに約200人が医療機関で医学的観察を受けている。
同地区の区長は、通信アプリ「テレグラム」への投稿で、今月5日時点で、隔離対象者に感染の兆候は確認されていないと説明した。
区長によると、死亡した女性と接触した人物は全員特定され、検査を受けた上で医学的観察下に置かれている。対象者には毎日、検査が行われているという。
また、女性が治療を受けていた病院の病棟は隔離され、複数の診療科で患者の入退院手続きが一時的に停止された。
米政治専門紙ポリティコによると、英レディング大学で細胞微生物学と科学コミュニケーションを専門とする准教授、サイモン・クラーク氏は、肺ペストについて「特に深刻なのは、感染が肺にまで広がっていることを意味するためだ」と指摘している。
ペストとは 肺ペストは最も危険なタイプ
ペストは、細菌「ペスト菌(Yersinia pestis)」によって引き起こされる感染症で、主に小型哺乳類やノミなどを介して人に感染する人獣共通感染症だ。
WHOによると、治療を受けなければ、致死率は30~100%に達する可能性がある。ペストには主に「腺ペスト」「敗血症型ペスト」「肺ペスト」の3種類がある。
なかでも肺ペストは最も危険性が高いタイプとされ、せきなどによる飛沫を通じて、人から人へ感染する可能性がある。潜伏期間も比較的短く、感染すると、呼吸困難やせきなどの症状が急速に現れる。
治療を行わなければ、肺ペストは高い確率で死に至る。一方、早期に診断し、適切な抗菌薬による治療を開始すれば、治癒が可能とされている。

ペストは、14世紀に欧州やアジアで猛威を振るった「黒死病」として知られ、当時、数千万人が死亡したとされる。
現代では、世界の一部地域で散発的な感染例が確認されているものの、ペストそのものは極めてまれな感染症となっている。
WHOは、ペストは治療しなければ急速に重症化して死に至る可能性があるため、早期診断と早期治療が生存率を高め、合併症を減らす上で重要だとしている。
今回の事案については、現時点で肺ペストへの感染が確定したわけではない。今後は、検査結果などを含め、ロシア当局による追加の確認が焦点となる。
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。