金門島(きんもんとう)は面積にして152キロ平方メートル。日本でいえば、瀬戸内海に浮かぶ小豆島と同じくらいの大きさである。
中国大陸からわずか数キロ沖に浮かぶ島
もしもこの小さな島が、この場所になかったならば、素朴な島民が魚をとって平穏な暮らしを営むだけで、歴史にその名が刻まれることはなかっただろう。
「この場所」とは、中国福建省厦門(アモイ)の沖合、中国大陸から最短でたった2キロ余りの海上である。そして今、この島は中華民国(台湾)に属しており、同国の行政区としては金門県と呼ばれている。
1992年に台湾の戒厳令が解除された後、金門島には、中国大陸と台湾本島の双方から大勢の観光客が訪れるようになった。
島の土産物を売る商店街には、台湾国旗と中国国旗が並び立ち、訪問客を温かく迎えている。島内に限っては、中国の通貨である人民元も流通している。ややこしい政治はさて置き、このように地元が平和であるのが何よりではないかと、改めて思う。
この金門島の名産品に「金門菜刀」がある。
「菜刀」とは料理に使う包丁のことだが、この島が鉄を産するわけではない。包丁の材料となる鉄は、かつて中国共産党の「人民解放軍」がこの島へ雷雨のように撃ち込んだ砲弾の残骸から得る。つまりは廃物のリサイクルだが、なかなか良い包丁が作れるらしく、ブランド品として知られている。
日本人も知っておきたい「台湾の歴史」
第二次世界大戦後、ひたすら平和国家の道を歩んだ日本は、一度も対外的な戦争をすることなく現在に至っている。
それは、もちろん喜ぶべきことであろう。しかし、いま日本と良好な関係を再構築しつつある台湾は、すでに複数回にわたって、大陸の中共から大規模な攻撃を受けているのだ。
そのたびに台湾は、自国を守るため決死の戦いをした。そうして台湾は、この金門島をはじめとする島嶼部を守り抜いたのである。台湾にそうした歴史があることを、現代の日本人も、我が身のこととして知っておくべきではないかと思う。
1949年10月はじめ、北京に共産党の政権が立つと、中国各地で続いていた国共内戦は次第に共産党軍が優勢となり、蒋介石率いる国民党軍は、台湾への順次撤退を余儀なくされた。
これを追撃する共産党軍が10月25日、ついに金門島にも迫る。
沿岸から木造の漁船を多数徴用して、9千名あまりの共産党軍の兵士が金門島へ上陸した。この日から27日まで、金門島を主な戦場として、古寧頭戦役(こねいとうせんえき)と呼ばれる激戦が繰り広げられる。
「日本の旧軍人」も参加した戦役
これを迎撃する中華民国軍は士気高く、勇敢に戦った。米軍から武器の供与も受けていた。
一方の共産党軍は、もとより水上戦には不慣れであった。先行して金門島に上陸した部隊は、わずか数キロの海上輸送による兵站が困難となり、島内で孤立した。
加えて、中華民国軍には、根本博中将をはじめとする旧日本陸軍の退役軍人である7名の軍事顧問団がついていた。
中国大陸で指揮経験の豊富な根本中将は、現地の金門島で中華民国軍の作戦指導にあたった。とくに、塹壕戦の方法を自ら指導したという。それらが功を奏して、攻め込んできた共産党軍を撃退し、ついに金門島を死守したのである。
それに至る前、退役していた根本博氏は、日本の家族に「釣りに行ってくる」と言い残して、台湾へ自費で密航した。
「蒋介石総統の恩義に報いるためである」という根本氏の来意を知った中華民国側は、敬意をもって同氏を受け入れ、密入国の罪は不問として、軍事顧問に招聘したという。
戦勝の武功により、根本博中将は、中華民国軍からも同じ中将の階級を授与されている。
「砲弾包丁」と「爆弾鍋」
古寧頭戦役から9年後の1958年。その8月から10月にかけて、共産党軍から金門島へ、すさまじい砲撃が行われた。この「金門砲戦」で中国側から金門島に撃ち込まれた砲弾は、延べ47万発という。
「47万発」という砲弾の数は、想像を絶するものがある。それにも驚かされるが、戦後は自国の経済再建だけに没頭してきた日本のすぐ近くで、そのような激戦が行われていた事実を、今の日本人は、果たしてどれほど想像できるだろうか。
なお、その全てが炸薬の入った実弾ではなく、とくに終盤の戦闘では、中共から台湾への宣伝ビラを詰めた「破裂しない砲弾」もあったという。
いずれにしても、このとき中共軍が撃ち込んだ砲弾の残骸が、今日の名産品「金門菜刀」になっていることは、戦史にまれに見る「ほほえましいエピソード」と言えるだろう。包丁の材料になる鉄は、60数年経った現在も、まだ豊富にあるという。
そう言えば以前、こんな話を聞いたことがある。
日本の沖縄には、米軍が落とした爆弾の破片でつくった「爆弾鍋」というのがある。沖縄の人々は、その鍋で調理して家族を養い、苦難の戦後を必死で生き抜いてきたという。
それに近い感覚で、いま「金門菜刀」のことを考えている。
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