固く結んだ自由主義諸国の絆 安倍晋三氏の功績

2022/09/27 更新: 2023/06/26

安倍晋三元首相は戦後最長の政権を構築し、内政、外交、安全保障とあらゆる分野で功績を残した。米大統領をはじめ各国首脳と安定した関係を築き、卓越したリーダーシップを発揮することで日本の国際的地位を高めることに成功した。

在任中は国際政治の表舞台でトランプ氏や習近平氏らと渡り合い、退任した後も自民党最大派閥の長として発言権を維持し、保守政治をけん引した。台湾有事リスクのように日本や国際社会に一石を投じることもしばしばあった。

突然の訃報に、世界各国の首脳が日本に弔いのメッセージを送った。台湾は政府機関と公立学校で半旗を掲げ、インドとブラジルは国として喪に服した。各国首脳の反応からも、安倍元首相がいかに高い人気を誇り、尊敬されていたかが分かる。不世出の政治家の功績を今一度、振り返りたい。

青は藍より出でて藍より青し

安倍氏は集団的自衛権を容認する立場を取り、日米同盟の強化を基軸とした外交政策を進めた。また、平和主義や戦力の不保持を定めた憲法9条の改正に意欲を示した。

2006年、小泉首相の任期満了に伴い、党の総裁選で勝利した安倍氏は、首相の座に就いた。第1次安倍政権の誕生だ。当時52歳だった安倍元首相は田中角栄の54歳を抜き、戦後最年少にして、初の戦後生まれの首相となった。その所信表明演説では『美しい国、日本』という国家像を示し、初心である『戦後レジームからの脱却』という大胆なスローガンを掲げ、新しい国創りに参加して欲しいと国民に語りかけた。

しかし、この好感度抜群の内閣は発足直後からマスコミによる執拗な総攻撃を受け、内閣発足から十か月後の参議院選挙で自民党は大敗、安倍氏は直後に重い病に倒れ辞職した。約1年という短い期間だった。しかし『戦後レジームからの脱却』の強烈な第一歩を歴史に刻み込んだ。

時は進み、2012年の衆議院選挙で圧勝した自民党は与党に復帰し、安倍氏は再び内閣総理大臣に選出された。これが第2次安倍内閣となる。

安倍氏は、当時のデフレ経済からの脱却を目指し、大胆な金融政策を打ち出した。「三本の矢」として有名な経済政策は「アベノミクス」と称され、日本だけではなく世界的に有名となった。実際、安倍政権の期間中に日経平均株価は1万円台から2万円台まで成長し、景気回復を後押しした。若者の就職率は過去最高水準を記録し、中小企業の倒産件数も大幅に減少した。

安全保障では、2015年には従来の憲法解釈を変更し、安全保障関連法を成立させた。日本の存立が脅かされる事態について武力行使の要件を規定し、集団的自衛権の限定的行為を容認した。

日本の首相は国会対応に追われ、公務に割ける時間が他国と比べて圧倒的に少ないと言われているが、安倍氏はタイトなスケジュールのなか、類まれなる外交手腕を発揮した。

「地球儀を俯瞰する外交」という理念は、安倍氏が掲げたものだった。在任期間中、のべ176の国と地域を訪問し、飛行した距離はおよそ地球40周分にも及ぶ。日本の最大の脅威である中国共産党の海洋進出を封じ込めるため、米国やインドなどを巻き込んだ「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想を打ち出した。

日本の安全保障の要となる日米同盟も安倍氏によって「かつてないほどの高み」に引き上げられた。2016年、激戦の米大統領選挙を制したトランプ氏のもとに、安倍氏はまっさきに駆けつけた。まだ就任していない大統領候補と面会することは異例だった。会談は予定の2倍もの間続き、安倍氏は政治の大先輩としてトランプ氏に多くのことを話したと言われている。

安倍元首相とトランプ前大統領はその後も「ゴルフ外交」を行うなど親睦を深め、安定した世界秩序の構築に貢献した。

安倍氏の長期安定政権により、日本の政治は安定期に入った。連続在職日数は2822日、そして通算在職日数は3188日となり、歴代最長を記録した。

安倍晋三元首相の父・晋太郎氏は、首相として嘱望されていたものの、病に倒れた。父祖の遺志を継ぎ、果たせぬ夢を叶えた安倍元首相は、まさしく「青は藍より出でて藍より青し」という古の諺の体現者と言えるだろう。

共産主義を封じ込め

安倍氏は、共産主義の脅威にいち早く気づき、その対策を実行に移した政治家だった。強固な日米同盟を基軸に、挑発と恐喝を続ける中国共産党を封じ込め、台湾の人々に信頼と安心感を届けた。

自由と民主主義、人権などの普遍的価値観を共有する国々で団結し、共産主義の中国や北朝鮮の脅威に対処しようと提唱したのも安倍氏だった。「自由で開かれたインド太平洋」構想は、いまやインド太平洋地域の戦略を語る上で欠かせないものとなっている。さらに日米豪印の4か国からなる枠組み「クアッド」も、安倍氏なくしては成し遂げられなかっただろう。

安倍氏は退陣後、自民党の最大派閥「清和政策研究会」の会長を務め、保守政治家として大きな影響力を持ち続けた。コロナ禍においては、台湾との間で医療物資の相互支援を推進した。中国共産党が台湾産パイナップルの輸入を不当に禁止したときは、パイナップルを頬張ることで台湾の農家を助けた。

昨年から、中国軍の戦闘機がかつてない頻度で台湾の防空識別圏に侵入するようになり、緊張感が高まった。こうした中、安倍氏は「台湾有事は日本有事、日米同盟の有事でもある」と力強いメッセージを発信、中国共産党をけん制した。同時に、世界保健機関への台湾の参加を支持すると表明し、台湾の国際的地位の向上にも意欲を示した。さらに米国に対して、曖昧戦略を放棄するよう呼びかけた。

安倍氏はまた、「軍事的冒険は経済的自殺への道」だと発言した。もし中国共産党が台湾に軍事的冒険をしかけた場合、世界経済に重大な影響を及ぼし、中国側も深手を負うことになるという警告だ。

ところで、安倍氏が暗殺されたとのニュースはあっという間に全世界の知るところとなり、弔電は雪のように舞い込んできた。しかし、中国共産党の習近平総書記だけは遅かったようだ。安倍元首相の共産党封じ込め政策によほど腹が立っていたのかもしれない。

固く結んだ自由主義諸国の絆

安倍元首相は惜しまれつつ亡くなったが、その政治的遺産は日本、ないし世界情勢に大きな影響を与え続けている。中国共産党の脅威に目覚め、一致団結した自由主義諸国の絆は固い。一度形成された国際政治の趨勢は、中国共産党の浸透工作で簡単に揺るがすことはできない。

人間社会をユートピアに変えようと嘯いた共産主義の試みは、多くの国々を混乱に陥れ、ディストピアを生み出している。良識ある日本国民は、安倍元首相の遺志を引き継ぎ、このような惨劇を制止しなければならない。

気が滅入るような出来事が多い今日このごろだが、他人への優しさ、善の心を忘れてはならない。外部の世界がどのように変化しても、内面の平静さを保つことで身の回りの環境を整えることができるだろう。
 

▶EPOCH TIMES JAPAN代表兼編集長 ▶番組「時事ノイズカット」解説員 ▶1969年東京生まれ ▶青山学院大学法学部卒 ▶総合商社日商岩井(現双日)にて情報産業等に約10年間従事。独立後紆余曲折を経て3年半ベトナムに渡る。帰国後1年間の無職期間中に日本各地を巡る。その後2015年からメディア業界へ。
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