【寄稿】米大統領選に左右される日米韓の三角関係 「もしトラ」で在韓米軍撤退に現実味か

2024/05/13 更新: 2024/06/13

万が一に備えよ

もしトラ」すなわち「もしトランプが次期大統領に当選したらどうなるか?」という問い掛けがマスメディアを賑わせている。無理もあるまい。2016年の米大統領選では、民主党のヒラリー・クリントンの当選が確実とマスメディアは伝えていたが、実際に当選したのは共和党のトランプだった。

私自身は、トランプ勝利の確信を持っていたわけではないが、「トランプが勝利したら面白いな」という程度の期待感は持っていたので、米国の選挙速報を見ていて、トランプに票が入るにつれて、キャスター達の表情が硬直していくのは、愉快極まりなかった。

もっとも、世界中が番狂わせの当選に困惑している中で、安倍晋三総理(当時)だけが少しも慌てず、堂々と大統領就任前のトランプに会談を申し入れ、ニューヨークのトランプタワーで初の顔合わせをしたのには、驚いた。

後で聞けば、安倍総理は選挙の2か月前に訪米する際に、外務省がヒラリー当選確実なのでヒラリーに会っておいた方がいいという勧めに従ったが、「念のために一応トランプにも会っておいた方がいいんじゃないか」と思って、その時すでに会談を打診していたという。

「万が一に備えたかった」という安倍氏の危機管理の姿勢は当然と言えば、まさに当然なのだが、その当然のことが、なかなか実行に移されないのが世の常である。

現在の状況において、かつての安倍氏の行動から教訓を引き出すとすれば、危機管理の在り方として「もしトラ」だけでは不十分であり、「もしバイデン」の場合も考えておかなければならないということであろう。

トランプの本気度

4月30日の米タイム誌は、トランプのインタビューを掲載したが、そこで「次期大統領に就任したら、在韓米軍を撤退させるか?」との問いに対して、即答を避けながらも「なぜ私たちが裕福な国を守らなければならないのか?」と反問したという。

トランプは在任中、韓国に対して在韓米軍撤退というカードをちらつかせて米軍の駐留経費の負担増を要求した。今回もまた、交渉のカードを温存したとの見方がもっぱらだ。

確かにトランプの発言の多くは、政治的な信条に基づくものではなく、交渉のためのブラフに過ぎないという意見もある。彼はもともと政治家ではなかったから、政治的信条は持っておらず、企業経営者として交渉術に長けただけの人物だとする見方も、可能であろう。

しかし、例えば昨年10月17日付の産経新聞に元ワシントン支局長の黒瀬悦成氏がこう書いている。「トランプ氏のかつての側近らの証言では、同氏は在任中、米国のNATO脱退や米韓同盟の破棄を2期目に実施することに言及していたという」

これが事実だとすれば、トランプが2期目に在韓米軍の撤退を実行する可能性があることになる。

そもそも、米国のNATO脱退はともかくとして、在韓米軍の撤退は2000年代初頭に当時の米国防長官ラムズフェルドなどが公然と主張していた。つまり米韓双方にとって、さほど突飛な政策ではないのだ。

在韓米軍撤退の可否

2002年に韓国では、米軍の装甲車に女子中学生2名がひかれて死亡するという事件を切っ掛けに反米運動が拡大し、それを追い風にして翌年、左翼反米の廬武鉉(ノムヒョン)政権が誕生した。

当時の米国は共和党のブッシュ政権であったが、2004年に在韓米軍の段階的縮小が決まり、2005年には、在韓米軍の駐留経費の韓国の負担が削減され、2006年には戦時作戦統制権を米国から韓国に2009年に移譲されることが決まった。

戦時において米軍が韓国軍に指揮下に入って戦うことは、米国憲法上あり得ないから、これは事実上、在韓米軍の撤退を意味していた。

2007年に、この移譲時期が2012年に延期になり、2008年に韓国では親米保守の李明博(イ・ミョンバク)政権が成立、米国では民主党のオバマが大統領選に勝利し、2010年にオバマ・李会談で移譲時期が2015年に延期することが決定した。

2013年、韓国では親米保守の朴槿恵(パク・クネ)政権が成立し、2014年にオバマ・朴会談で移譲時期の無期延期が決定した。つまり在韓米軍の撤退が無期延期されたのである。

以上の経緯から、米国が共和党政権で、韓国が左翼政権時に、在韓米軍撤退が進展し、米国が民主党政権で韓国が保守党政権時に停滞していることが分かる。

現在、韓国は保守政権だが国会では少数与党であり、いつ崩壊するかもしれず、次の政権が左翼である公算は極めて高い。これで、もしトランプが政権に就けば在韓米軍の撤退が一気に実現しても不思議はない。

すなわち「もしトラ」と「もしバイデン」の分岐点は、在韓米軍の撤退の可否にあるといえよう。

日本にとって「もしトラ」とは

日本にとって在韓米軍の撤退は、いいことなのか、悪いことなのか?この問いに答えるには日米韓の三角関係から考えるのが一番いい。

朴政権において米国は韓国に防空兵器THAADを配備しようとしたが、朴政権は日本に慰安婦問題で謝罪させることを条件にした。支持率が下がりつつある朴政権は、日本の謝罪を獲得することで支持率回復を狙ったのである。

在韓米軍のためにTHAAD導入を急いでいた米オバマ政権は、日本に圧力をかけ2015年末に、もはや解決済みであったはずの慰安婦問題で当時の岸田外相(現首相)はソウルで謝罪した。韓国はこれで米国のTHAAD導入を認めたのである。

ところが2017年、左翼の文在寅政権が成立すると、2015年の日韓慰安婦合意を覆し、再び、日本に謝罪を要求し、米国のTHAAD配備を遅らせる措置を取ったのである。この時、米国はトランプ政権だったから日本に謝罪圧力はなかったが、2021年、米国にバイデン民主党政権が成立し翌年、韓国に尹錫悦(ユン・ソクヨル)現政権が誕生すると、米国は日本に再び謝罪圧力をかけ、2023年、岸田首相はソウルで謝罪めいた表明をせざるを得なくなった。しかも韓国では慰安婦問題は今もなお未解決とされている。

つまり韓国は在韓米軍を人質に取って、米国を通じて日本に謝罪圧力をかけるのを常套手段にしているのである。

したがって在韓米軍が撤退すれば、この手は使えなくなる。逆に在韓米軍がいる限り、韓国は永久にこの手を使うであろう。

(了)

軍事ジャーナリスト。大学卒業後、航空自衛隊に幹部候補生として入隊、11年にわたり情報通信関係の将校として勤務。著作に「領土の常識」(角川新書)、「2023年 台湾封鎖」(宝島社、共著)など。 「鍛冶俊樹の公式ブログ(https://ameblo.jp/karasu0429/)」で情報発信も行う。
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