江蘇省蘇州市のバス停で発生した日本人母子襲撃事件で、日本外務省は在留邦人に対し警戒を呼びかけている。中国のソーシャルメディア上では、悲劇は論客や公式メディアがあおった排外主義だとの声があがる。専門家は、身を挺して容疑者を抑えた勇気ある女性の行動が、日中間で起こり得た大きな外交危機を回避したとの見方を示している。
勇気の模範
蘇州市公安局は28日、54歳の胡友平さんが24日、日本人への切り付けを阻止しようとした際に何度も刺され、2日後に病院で死亡したと明らかにした。52歳の容疑者はその場で逮捕されたが、当局は犯行目的をまだあきらかにしていない。
在中国日本大使館は胡氏の死を悼み半旗を掲げた。金杉憲治大使はビデオメッセージで哀悼の意を表明。「胡友平さんは身を挺して子供たちを守り、さらなる悲劇を防いだ」と述べ、「日本政府および国民を代表し、胡さんの勇敢さに深い敬意と心からの哀悼の意を表す」と語った。
このビデオには「英雄を認めた日本に感謝」といったコメントが寄せられた。
ある在日中国人は「一般の中国人のために半旗を掲げる日本政府の人類の文明を示す行為に感謝する」とし、さらに胡さんは「命を賭して日本国民の前で、良心と善良さを持ち、共産党に洗脳されていない尊敬に値する中国人がいることを証明した」と述べた。
ロイター通信によれば、日本大使館は中国各地の人が集まる場所で刃物による傷害事件が発生していると指摘し、公園や学校、地下鉄駅などでの警戒を在留邦人に電子メールなどで呼びかけた。
日中外交危機を回避
中国のネットユーザーも胡さんに敬意を表した。「勇敢で偉大な女性」と評するコメントも見られた。テンセントニュース傘下のメディアは、胡さんの無私の精神を称え「逃げ出しても多くの人が理解を示したはず」だが、「責任感から立ち上がった」と伝えた。
一方で「胡さんは中国人民を代表しない。善良で勇敢な人を代表するだけだ。大多数の中国人にその資格はない。私もそうだ」といった声も上がった。
中国生まれの日本のベテランジャーナリストで中国問題に詳しい矢板明夫氏は、日本人が負傷したにもかかわらず、胡さんの行動は日中関係の前向きな展開に一定の役割を果たしたとの見方を示した。
「胡さんがいなければ、多くの日本人児童が刺殺され、巨大な日中外交危機に発展していただろう」と矢板氏はVOAに語り、勇敢な行動が「外交危機を防いだ」と指摘した。
容疑者の標的が日本人とスクールバスを含んでいたにもかかわらず、中国当局は日本人を狙った犯行だとの見方を否定。毛寧報道官は今週初め、地元警察の初期判断では「偶発的事件」だったと述べた。
学校めぐる反日陰謀論
しかし、過去2年間、中国の日本人学校に関する陰謀論がインターネット上で広まっていた。今回負傷した子供は蘇州日本人学校の生徒で、母親と共に襲撃時にスクールバスを待っていた。
在中国日本大使館によると、日本の機関や企業は中国本土の複数都市と香港に計11の全日制日本人学校と10の補習校を設立、在留邦人の子女教育を行っている。
これらの学校は中国の法律に基づき開設されている。『外国人子女学校開設に関する暫定管理弁法』では中国籍学生の受け入れ禁止を規定。毎年、教職員・学生名簿と教材を当局に提出し、校長や理事会メンバーの変更も報告が義務付けられている。
しかし中国のSNS上では、日本人学校が中国人の入学を禁じているため内容を知り得ず、国家安全上の脅威などの根拠のない主張が広がっている。
「抗日戦争終結後も日本人の野心は明らか。日本人学校が何をしているか、誰にも保証できない」などと主張する動画も拡散している。なかには、日本統治下に作られた教育機関になぞらえ、スパイ養成機関といった根拠のない情報を共産党機関が作成している。
中国のSNS上では日本関連の虚偽情報は少なくない。言論統制の厳しさから、当局は反日陰謀論の拡散を黙認しているとの見方もある。
元微博検閲員の劉力朋氏はX上で、中国政府の陰謀論拡散阻止は可能だが、していないと指摘。「極端な民族主義を『減速』させるのは技術的に簡単だ。典型的な陰謀論者を逮捕しテレビで罪を認めさせれば、すぐに静まる」と述べた。
不況のうっぷん 外国人に
東京大学で東アジア政治研究を行う葉錦龍氏は、この事件とそれに続くデモの背景に中国の経済低迷と社会不安があると指摘している。
「中国国内の経済状況により、自分の生活さえ満足に送れない人々が増えている。国家への批判につながるため中国共産党を批判できない。だから。過激な人々は(民衆の不満を)外国人への暴力行為へと転移させている」
叶氏はさらに、中国の地方レベルでの反日感情や排外主義的言論に対する中央政府の管理が緩いことも指摘。「これは過去数年の『戦狼外交』の基調にかなっている」と述べた。
反日は中国人自らを傷つける
米人権団体「フリーダムハウス」中国部門の王亜秋研究ディレクターは、中国の民族主義の最初の犠牲者は中国人だとVOAに語った。
2012年の反日デモでは、西安で日本車破壊を止めようとした中国人男性が頭部を殴打され、一部の行動・言語能力を失った。加害者には10年の実刑判決が下った。
「中国政府は反日、反米の民族主義と敵意をあおるが、被害者はしばしば中国人だ」と王氏は指摘した。
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