中国籍2人がフィールズ賞 中共の民族主義宣伝が思わぬ逆風

2026/07/27 更新: 2026/07/27

欧米を拠点に研究・教育活動を続ける中国籍の数学者、王虹さんと鄧煜さんが、数学界最高の栄誉とされるフィールズ賞を受賞した。中国共産党(中共)官製メディアは両氏の受賞を大々的に報じたが、2人はいずれも北京大学で学んだ後、海外で研究を続け、主要な成果を上げている。

王虹さんは受賞後、フランス高等科学研究所をはじめとする海外の研究機関への感謝を語った。一方、北京大学時代については「生き残るだけでも大変だった」と振り返った。中国のネット上では、「この数日、最もばつの悪い思いをしているのは北京大学ではないか」との声も上がっている。

フィールズ賞受賞を民族主義宣伝 北京大学に批判も

7月23日、米ペンシルベニア州フィラデルフィアで、「数学界のノーベル賞」とも呼ばれるフィールズ賞が、中国籍の若手数学者、王虹さんと鄧煜さんに授与された。中国籍の研究者が同賞を受賞するのは初めてだ。

受賞の知らせが中国に伝わると、中国国内では、両氏の業績を中国の教育体制や「民族の勝利」と結び付ける報道が相次いだ。主要メディアは「中国数学史の一里塚」「国内で育成された世界最高水準の天才」などの見出しを大きく掲げた。北京大学も祝賀メッセージを発表し、両氏と同大学とのつながりを強調した。

公開情報によると、王虹さんと鄧煜さんは2007年に北京大学へ入学し、その後、数学科学学院で同級生だった。

王虹さんは1991年、中国広西チワン族自治区桂林市生まれ。幼いころから数学の才能を示し、2度の飛び級を経て、16歳で北京大学に入学した。その後、数学科学学院に転部した。

卒業後はフランスに留学し、2014年にエコール・ポリテクニークの学位とパリ第11大学の修士号を取得した。2019年には米マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号を取得した。

2023年にニューヨーク大学クーラント数理科学研究所の教授に就任し、2025年9月からはフランス高等科学研究所(IHES)の常任教授も務めている。

鄧煜さんは1989年、中国生まれ。2006年には中国代表として国際数学オリンピックに出場し、金メダルを獲得した。

北京大学数学科学学院に2年間在籍した後、MITに移り、その後、プリンストン大学で研究を続けた。

博士号取得後の2015年、ニューヨーク大学クーラント数理科学研究所の博士研究員となった。2018年に南カリフォルニア大学の助教に就任し、2022年には准教授に昇進して終身在職権を取得した。2024年からシカゴ大学教授を務めている。

フィラデルフィアで行われた授賞式では、司会者が受賞者の経歴を紹介し、会場の大型スクリーンに所属機関を表示したが、北京大学には触れなかった。

王虹さんについては、現在の所属先であるフランス高等科学研究所が表示され、鄧煜さんについてはシカゴ大学が表示された。

国際学術界の目には、両氏の世界的な研究成果を育んだのは、中国の大学ではなく、欧米の自由な研究環境であると映っている。

王虹さんは受賞後の取材で、自身の歩みを振り返る中で両親への感謝を語り、パリでの留学生活やニューヨーク大学、フランス高等科学研究所での経験に言及した。一方、北京大学について語ることはほとんどなかったという。

母校に触れた際も、「北京大学ではずっと必死にもがいていた」「生き残るだけでも大変だった」と振り返ったと、中国の科学専門紙「中国科学報」は伝えている。

2007年、広西チワン族自治区出身で16歳だった王虹さんは、中国の全国大学統一入試で653点を取ったが、北京大学の数学科には入れず、地球・宇宙科学学院に配属された。

入学当初から転部を目指し、大学2年で数学科学学院に移った。しかし、同級生には数学オリンピックの金メダリストが多く、数学コンテストの経験がなかった王虹さんの成績は中位から下位にとどまった。

周囲から「数学に向いていない」と疑問視され、建築学への転向を考えたこともあったという。王虹さんは大学卒業後、フランスへ留学した。

海外の研究環境に感謝 北京大学の教育に疑問の声

受賞後、王虹さんはAFP通信の取材に対し、エコール・ポリテクニークやパリ・サクレー大学、フランス国立科学研究センター、フランス高等科学研究所で過ごした年月が、自身に大きな影響を与えたと語った。

特に、フランス高等科学研究所が研究者としての実績や能力だけを採用基準としている点を高く評価した。

採用後は研究者に全面的な信頼を寄せ、授業や事務などの業務を課さないため、研究者は長期間にわたって自由に研究へ専念できるという。周囲の研究環境も大きな役割を果たしたとして、感謝の意を示した。

受賞発表後、フランスのマクロン大統領は王虹さんに電話をかけ、科学の発展への貢献をたたえたという。

駐中国アメリカ大使館も声明を発表し、「アメリカには世界をリードする大学や研究機関、数学研究センターが数多くあり、長年にわたって世界の優秀な研究者を引き付け、研究や国際協力に取り組んでいる」と述べた。

中国本土のメディアが中国籍研究者の受賞を盛んに報じる一方、王虹さんが語った北京大学時代の経験は、同大学の宣伝との食い違いを浮き彫りにした。

北京大学側は両氏との関係を強調したが、王虹さん本人は同大学で受けた教育を必ずしも肯定的に評価していないためである。

Xのアカウント「UFO Captain婷」は7月25日、「この数日、インターネット上で最もばつの悪い思いをしているのは、おそらく北京大学だ」と投稿した。

中国科学院院士で北京大学教授の田剛さんも、王虹さんは数学オリンピックの出場経験者ではなく、学生時代はクラス内で特に目立つ存在ではなかったため、特別な教育を受けていなかったと述べた。現在の業績については、当時の教員たちも予想していなかった。

こうした経緯から、北京大学は王虹さんの潜在能力を見いだせず、その才能に応じた指導もできなかったとの見方が出ている。同大学での経験によって、王虹さんは自信を失いかけたとも指摘されている。

王虹さんが世界的な研究者となった背景には、本人の数学への情熱と粘り強さに加え、フランスやアメリカの開かれた研究環境があったとの意見もある。

ネット上では、次のような声が寄せられた。

「大学生活を『何とか生き残った』と表現するのは胸に刺さる。実際、多くの学生が同じような経験をしている」

「外へ出て初めて、自分らしく生きられるようになっただろう」

また、別のユーザーは次のように投稿した。

「北京大学に残っていたら、現在の研究成果はなかったかもしれない。本人より優秀だと見られていた同級生が大勢いたのに、なぜ彼女ほどの成果を上げる人が多く現れなかったのか。北京大学が考えるべき問題であり、現在学んでいる学生たちも、海外へ出ることがさらなる成長のきっかけになるのか考えるべきだ」

中国メディア「澎湃新聞」によると、世界的な数学者で清華大学の丘成桐教授はこれまでに何度も、王虹さんと鄧煜さんに中国へ戻るよう働きかけたという。

中共は高額な年俸や各種の優遇措置、名誉ある地位などを提示したが、両氏が帰国に同意したとの情報は、現在まで確認されていない。

評論家の秦勉氏は、優れた人材が海外で大成する現象について、人材の選抜と育成との間に大きな隔たりがあることを示していると論じた。

中国には知的能力の高い若者を選び出す仕組みはあるものの、国内でその才能を伸ばし、世界的な研究者へ育てることは難しいという。

秦勉氏は、宣伝機関が受賞者の名前を性急に国の栄誉と結び付けるのではなく、真に人材を尊重するのであれば、まず本人の名前と業績に光を当てるべきだと指摘した。そうしなければ、同じような宣伝上の失敗を繰り返すのは時間の問題だと結んだ。

唐兵
関連特集: 国際