【秦鵬觀察】トランプ関税の衝撃 ブラジルに50% 一石三鳥 日本車への影響も

2025/07/12 更新: 2025/07/12

アメリカのトランプ大統領は、ブラジルからの輸入品に対して1日から50%の関税を課す方針を明らかにした。この強硬措置は、ルーラ政権に対する圧力、中国や反米勢力へのけん制、さらに米国内産業の保護という三重の戦略的意図を含んでいる。日本の自動車産業や世界経済に影響を及ぼす可能性もあり、国際社会はこの動向を注視している。

日本車は、アメリカ市場において過酷な価格競争が続き、値下げ幅は20%に達している。一方、トランプ大統領は90日間でわずか2か国との交渉しか進めていない。果たして8月1日までに掲げたアメリカ貿易交渉の目標は達成可能なのか。

アメリカ株式市場は史上最高値を更新し続けている。高額関税による市場の動揺は見られない。投資家たちは何を見越しているのか。

トランプ大統領の関税攻勢 ブラジルへの50%関税は「一石三鳥」の布石

今回の分析では、トランプ大統領の関税政策の最新動向を詳述する。一般には、トランプ大統領を利己的な実業家とみなす声が根強い。しかし今回、彼が打ち出したブラジルへの50%という懲罰的関税は、その意図と規模の両面で衝撃的である。

7月9日、トランプ大統領はブラジルのルーラ大統領宛てに書簡を発表し、8月1日よりブラジルのすべての対米輸出品に50%の関税を課す方針を明らかにした。これまで発出した22通の通商関連書簡の中で最も高い税率である。かつてアメリカはブラジルに対して年間74億ドル(約1兆902億円)の貿易黒字であり、4月2日の「解放日」に発表した最初の関税リストでは、ブラジルには10%の軽微な関税しか課していなかった。いわば“友好価格”という扱いであった。

今回の50%関税は、ただちに国際世論の注目を集め、ブラジルの金融市場に動揺をもたらした。為替市場ではレアルが一時2%以上下落し、サンパウロ証券取引所のIBOVESPA指数も約2%の下落を記録した。特に輸出関連企業の株価下落が顕著であった。

ブラジル経済において、対米貿易のGDP比はそれほど高くない。しかし、アルミニウム、牛肉、コーヒー、オレンジジュースなど主要な農工業製品はアメリカ市場への依存度が高い。今回の関税は価格形成に大きな歪みを生み、企業は競争力維持のために値下げを迫られる。これに対してブラジル政府は有効な対抗措置を持ち得ていない。

なぜトランプ大統領はこれほど強硬な措置に出たのか

かつてトランプ大統領は、BRICS諸国に対して10%の関税を課す方針を示していた。今回、それを大きく上回る強硬措置に踏み切った背景には、明確な政治的意図がある。

声明では、トランプ大統領は今回の措置を「ブラジル政府による司法の政治利用」への対抗措置と位置づけた。彼は、ルーラ政権による前大統領ボルソナロ氏への「魔女狩り」的訴追と、言論の自由に対する干渉を厳しく非難した。

しかし、トランプ大統領の狙いはそれだけにとどまらない。今回の関税措置は、ルーラ氏、習近平、反米勢力という三つの標的を一度に射抜く「一石三鳥」の地政学的戦略として構築されている。

第一の矢 ルーラ氏と左派勢力への圧力

ルーラ政権は中共やロシアと連携し、既存の国際秩序に挑戦する姿勢を見せている。トランプ大統領は関税を通じて左派政権の影響力を削ぎ、特にマドゥロ・ルーラ路線を弱体化させようとしている。2022年の大統領選では、国民の約半数がルーラ氏を「共産主義者」と見なしていた。実際、ルーラ氏は「中共の成功は民意を傾聴する姿勢にある」と称賛しており、中共寄りの立場を隠していない。

ボルソナロ問題と政治的連帯

「ブラジルのトランプ」と呼ばれるボルソナロ前大統領は、2022年の選挙に不正があったと主張し、政変を企てたとして起訴された。トランプ大統領は、自身の2020年の経験と重ね合わせ、ボルソナロ氏への訴追を「政治的魔女狩り」と位置づけている。これに対し、彼は明確に「正義と自由」を擁護する姿勢を打ち出している。

第二の矢 言論弾圧への対抗とマスク氏支援

2024年以降、ルーラ政権はSNS「X」やイーロン・マスク氏への規制を強化し、ブラジル最高裁は「X」の現地運営停止を命じた。トランプ大統領の関税攻勢は、言論の自由を守るという原則に基づき、ブラジル政府への反撃であると同時にマスク氏への支援表明でもある。

第三の矢 BRICS諸国への警告と対中・対露戦略

リオで開催されたBRICSサミットでは、習近平とプーチンが欠席する一方、共同声明ではアメリカ・イスラエルの対イラン攻撃やガザ戦争、トランプ大統領の関税措置を強く非難した。このような反米的姿勢に対し、トランプ大統領は「邪悪な枢軸」との連携に対する警告として50%の関税を突きつけた。

ブラジルの反応と限界

ルーラ氏は同日、アメリカの関税措置に対し「報復措置」を取ると発表したが、実効性には疑問が残る。報復関税を課せば、自国経済への打撃は避けられない。加えて、アメリカとの対立は国際資本のブラジル離れを招く危険も孕む。

このように、トランプ大統領の50%関税には、反米国家への「見せしめ」という強いメッセージが込められている。

米中対立の新戦場――アフリカでの布石

トランプ大統領の外交は鞭だけでなく、時にはニンジンも用意する。7月9日にワシントンで開催したアフリカ5か国の首脳との会談において、トランプ大統領は「援助から貿易へ」の転換を宣言し、アメリカが中国よりも「誠実で持続可能なパートナー」であることを強調した。

メディアは、トランプ大統領がリベリア大統領に向けた「英語がうまいですね、どこで学びましたか?」という発言ばかりを取り上げた。だがリベリアでは英語が公用語であり、マスメディアの関心は依然として本質から逸れている。

真に注目すべきは、トランプ大統領がアフリカにおける中国の影響力に本格的に対抗し始めたことである。アフリカ諸国は小国であっても、石油、リチウム、マンガンなどの資源に富んでおり、アメリカのグローバル戦略において重要性を増している。

トランプ大統領は援助というソフトな手段ではなく、貿易という「ハードな切り札」を用いて影響力を構築しようとしている。援助では持続的な影響を及ぼすことは難しく、むしろ政治的に利用されやすい。貿易こそが、現実的かつ戦略的な道であると見なしている。

中共はどのように反撃するのか?

かつてアメリカなどとの交渉局面において、中共はトランプ大統領の対中方針に沿って中国をサプライチェーンから排除しようとする国々に対し、報復措置を取ると警告していた。しかし、10日にロイター通信が提示した分析によれば、中共がアジアの貿易パートナーに「棍棒」を振りかざす方策は、かえって逆効果となる可能性がある。北京は「ニンジン」による懐柔策と他の戦略的目標との整合性の確保に苦慮している可能性がある。

「棍棒」の戦略が招くリスク

中共がベトナムやアフリカ諸国に圧力を加えれば、これらの国々はアメリカやその他の市場へと傾くことが予想される。2020年には、オーストラリアがウイルス起源の調査を提起した際、中共はオーストラリアの輸出品に対し一連の制限を設けた。その結果、オーストラリアはワイン、牛肉、ロブスターなどを新たな市場に輸出し、中国への依存度を低下させた。

「ニンジン」政策の限界

仮に中共がアフリカ向け輸出の関税を全廃するという象徴的な措置を講じても、南アジアや東南アジアのパートナー諸国を引き留めるには、さらに大規模な技術供与や資金支援が必要となる。しかし、現在の中共にはそれを賄うだけの余力がない。

ロイター通信によれば、今週のBRICSサミット期間中、ベトナム当局者は近隣諸国に対し、総額83億ドル(約1兆2228億円)規模の国境鉄道など、鉄道協力を優先的に進めるよう呼びかけた。中共には、これに対抗する手立てを講じる余地がほとんど残されていない。

ベトナムはすでに中国にとって第2の輸出市場となっており、2024年にはその規模が1620億ドル(約24兆円)に達した。中共が対抗措置を実行すれば、経済面だけでなく政治的にもベトナムをアメリカ側へと押しやる結果を招く。ゆえに、中共は身動きが取れず、板挟みの状態にある。

中共外交部は、こうした現実を正面から認めない姿勢を維持している。毛寧報道官は最近、「関税は政治の道具ではなく、何の利益も生まない」と主張し、アメリカがBRICS諸国に「反米」レッテルを貼る行為を不当と批判した。また、「対立は望まない」と強調した。しかし、小粉紅(中国の熱狂的な愛国青年層)は戦狼外交の後退に落胆している。かつての強硬姿勢はいずこへ。今は無力さの言い訳に終始する姿勢が目立ち、失望の声が広がっている。

貿易交渉の錯綜 2か国のみの協定と日本車の苦境

今週、トランプ大統領は20件以上の関税通知を発出し、税率はおおむね20〜40%の水準となった。左派メディアは、トランプ大統領が締結した協定はイギリスとベトナムの2か国にすぎないと揶揄したが、9日にはアメリカの株式市場が史上最高値を更新した。NVIDIA(半導体メーカー)は初めて時価総額4兆ドル(約589兆円)を突破し、ハイテク株の象徴的存在となった。

こうした好材料をトランプ大統領が見逃すはずがない。彼はTruth Socialで「テクノロジー株、工業株、ナスダック指数が最高値を記録。暗号資産も急上昇。NVIDIA株は関税導入以後、47%上昇。数千億ドル規模の関税収入を得て、アメリカは復活した。これは歴史的な成果である。FRBは早急に利下げを実行すべきだ。アメリカは頂点に立つべきであり、インフレの兆候も見られない」と記した。

このような矛盾した結果を招いた背景には、2つの要因がある。

第一に、最近の関税圧力にもかかわらず、アメリカ企業の業績は明確な悪化を示していない。NVIDIA、Apple、Metaなどの巨大テック企業は依然として好調な決算を出しており、NVIDIAの売上は前年比で94%増加した。

第二に、市場は最終的にトランプ大統領が各国と妥結すると予測している。経済学者は、現在の関税措置について「これらは恒久的に適用されるわけではない」と分析している。

FRBが7月9日に公表した議事要旨には「関税による価格上昇は一時的または軽微である」と明記され、市場ではタカ派的と受け取られながらも深刻な影響は見込まれていない。

インドネシアは10日、アメリカと貿易交渉を3週間以内に加速させると発表した。両国は重要鉱物分野などでの協力拡大も模索している。またフィリピンも交渉の継続を誓っており、同国の投資・経済担当大統領補佐官フレデリック・ゴー氏は、代表団が来週アメリカを訪れ、関税引き下げを求めると明かした。

トランプ大統領はさらに、インドとの協定が間もなく成立すると述べた。アメリカ最大の貿易相手の一つであるEUについては、「おそらく2日以内にEU向け製品の税率を通知する」と予告し、EU27か国間で立場の調整が大きく進んだと主張した。

EU貿易担当のマロシュ・シェフチョビッチ氏は、貿易協定の枠組みが順調に進んでおり、数日以内に合意の可能性があると表明した。一方でイタリアのジャンカルロ・ジョルジェッティ経済相は、「交渉は極めて複雑で、期限ぎりぎりまで継続する可能性がある」と警告している。EU当局者と自動車業界関係者によれば、米EU双方の交渉官は、EU自動車産業の保護措置(関税削減、輸入枠制限、輸出高に応じた控除など)を協議している。

日本の対応と懸念

トランプ大統領は8月1日から日本製品に25%の関税を課すと発表した。日本側は最終的にアメリカとの合意に至ると広く見られており、その背景には日本の自動車産業が深刻な影響を受けている現実がある。

日本銀行が10日に発表したレポートでは、6月、日本の北米向け自動車輸出物価指数が前年比19.4%下落し、2016年以来最大の落ち込みを記録した。これは4月から、トランプ大統領の関税方針によって、日本企業が競争力を保つため利益を削った結果と考えられる。

日本の交渉役を担う赤沢亮正経済再生担当相は、7月8日にアメリカとの合意には自動車産業向けの関税削減が不可欠であると明言した。彼はアメリカのラトニック商務長官と40分間の電話会談を行い、両者は交渉の継続を積極的に進める方針で一致した。赤沢氏は「包括的措置での合意を目指している」と語り、非関税障壁の撤廃、経済安全保障の分野での協力強化を含めた交渉を展開している。

アメリカの関税政策は、日本経済に深刻な影響を及ぼしており、第一四半期の日本経済はマイナス成長に転じた。第一生命経済研究所のエコノミストの新家 義貴氏は、日本が景気後退に陥る可能性を指摘し、25%関税が年間GDP成長率を0.7ポイント押し下げるとの試算を提示した。

中国側では、現時点で明確な合意に至っていないが、これまでの動向からトランプ大統領が関税措置を通じて、韓国、日本、そして一帯一路参加国の対中貿易削減を促していることは明らかである。

トランプ大統領の貿易戦略について、ここで整理して検討した。筆者はトランプ大統領が大統領に就任する前から、「今こそアメリカに投資すべき時だ」と繰り返し訴えてきた。読者の中で、すでに行動を起こした者はどれほどいるだろうか。

秦鵬
時事評論家。自身の動画番組「秦鵬政経観察」で国際情勢、米中の政治・経済分野を解説。中国清華大学MBA取得。長年、企業コンサルタントを務めた。米政府系放送局のボイス・オブ・アメリカ(VOA)、新唐人テレビ(NTD)などにも評論家として出演。 新興プラットフォーム「乾淨世界(Ganjing World)」個人ページに多数動画掲載。
関連特集: 百家評論