厳しい寒風が吹き抜ける2026年1月25日(日)、東京・日比谷において「マーチ・フォー・ライフ(March for Life)」が実施された。これは、すべての命がかけがえのないものであるという信念のもと、胎児の命を守るために行われている平和的な行進運動である。
開催の模様
当日は日比谷公園の中幸門に14時30分に集合し、15時より行進が開始された。参加申し込み不要の自由な参加形式であり、特定の宗教や政治信条を超えた多様な背景を持つ人々が集結した。彼らが共有するのは「プロライフ(Pro-Life)」と呼ばれる思想であり、これは単なる中絶反対運動を超え、受精の瞬間から自然死に至るまで、すべての生命を神聖なものとして尊重し守り抜こうとするものである。
参加者たちは、現代社会が置き去りにしてきた「最も根源的な権利」である「生きる権利」を訴え、声を上げることのできない胎児の代弁者として東京の街を歩んだ。
背景:世界的な潮流と日本の現状
本運動の起源は1973年のアメリカにある。連邦最高裁の判決により全州で人工妊娠中絶が合法化されたことに疑問を抱いた市民が立ち上がり、翌1974年からワシントンDCで行進を始めたのがきっかけである。現在、アメリカでは20万人規模、フランスやイギリスでも数万人規模の人々が参加する世界的な運動へと発展している。
日本における開催の背景には、深刻な少子化と中絶の現状がある。最新の統計によれば、日本では2024年に91万9千人以上の人口が減少し、出生数は70万人にとどまった。その一方で、年間約16万人(最低でも15万人)の胎児が中絶によって命を奪われているとされる。
主催団体であるマーチフォーライフジャパン代表のポール・ド・ラクビビエ氏は、1948年の母体保護法成立以降、中絶が実質的に合法となり、社会に「死の文化」が根付いてしまったと指摘する。
今後の展望と課題
今後の社会における本運動の位置づけは、単なる「反対運動」から、生命倫理の再構築を目指す「連帯と祈りの場」へと深化していくだろう。主催者側は、非難や対立ではなく、「いのちへのまなざし」を通して変化を求めている。
ラクビビエ氏は、少子化や中絶の問題は経済的な問題だけではなく、心理的・霊的な問題であると述べている。戦後の貧しい時代でも多くの子供を育てていた過去と比較し、現代において命を「守るべき宝」と捉えるか、あるいは効率や利便性のための「選択の対象」と捉えるか、その価値観の分岐点が問われている。
国のリーダーによる家庭支援などの政治的な取り組みも不可欠であるが、同時に市民レベルで「命を慈しむ文化」を再び日本に根付かせることができるかが、今後の日本の未来を決定づける鍵となるだろう。日比谷に刻まれた足跡は、そうした希望への胎動といえる。
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