ロシア軍は、衛星通信サービス「スターリンク」へのアクセスを失った影響を受けている。2026年2月初め、アメリカの宇宙企業スペースXが、ロシア軍による無許可端末の利用を大規模に遮断したことで、前線部隊の通信や連携の能力が低下したとみられる。
ロシアは、国産の低軌道通信衛星網「ラススヴェート(Rassvet)」を代替手段として整備しようとしている。しかし、衛星を計画どおりの軌道に投入できていないうえ、衛星やロケットの生産拠点、打ち上げ関連施設への攻撃も受け、計画は難航している。
「ラススヴェート」衛星 目標高度に達せず
衛星追跡サイトN2YOの8月31日時点のデータによると、ロシアが7月19日に打ち上げた第2陣の低軌道通信衛星「ラススヴェート」16機は、いずれも目標とする高度およそ870キロまで軌道を上昇させていない。
多くの衛星は高度300キロから400キロ付近にとどまり、一部では軌道が低下している。少なくとも2機は、大気圏への再突入に向かう形で高度を下げているとみられる。
衛星が低い軌道を飛行すると、大気抵抗を受けやすくなる。十分な高度まで上昇できなければ、運用できる期間は短くなる。
ロシアが3月24日に打ち上げた第1陣の「ラススヴェート」16機についても、8月31日時点で高度およそ550キロの軌道を維持しているのは一部にとどまる。
安定して運用できる衛星が十数機では、スターリンクのように広い地域を常時カバーする通信網を作ることは難しい。衛星数が限られれば、特定の場所で通信できる時間帯も限られる。
現代の戦闘では、絶えず情報を更新し、短時間で指揮命令を伝える必要がある。数時間に及ぶ通信の空白は、前線部隊にとって大きな弱点となる。
無許可端末の遮断で通信に影響
ロシアが低軌道通信衛星網の整備を急ぐ背景には、2026年2月にスペースXがロシア軍による無許可のスターリンク利用を遮断したことがある。
2月1日、イーロン・マスク氏は、スペースXの対策によってロシアによる無許可利用を阻止したと明らかにした。ウクライナ政府も同じ時期、スペースXと連携し、認可済みの端末だけが使える仕組みを整えたとしている。
ロシア軍は、スターリンクを通じて前線部隊、無人機の操縦者、指揮所をつないでいた。無人機の映像を送ったり、部隊の作戦を調整したり、砲兵の射撃を修正したりするために使っていたとみられる。
スターリンクの利用を遮断したことで、無人機の運用や部隊間の連携、戦場での情報伝達に影響が出た。イギリス国防省が2026年3月に公表した情報評価でも、ロシア軍前線部隊の無人機作戦が影響を受けたと指摘している。
ロシアがウクライナへの全面侵攻を始めた当初、戦術通信システムR-187P1「アザルト(Azart)」には、装備の不足や機器間の互換性、信頼性の低さといった問題があった。
前線部隊は、ウクライナ軍の電子戦による妨害を受ける中、暗号化していない市販の無線機や携帯電話で連絡を取らざるを得ないこともあった。その結果、上級指揮官の位置情報が明らかになり、精密攻撃を受ける事例も相次いだ。
ロシア軍の前線部隊は2023年後半以降、アラブ首長国連邦やカザフスタンなどを経由する非正規ルートで、大量のスターリンク端末を調達し、ウクライナの占領地域で使っていたとされる。
こうした端末は、中隊や大隊レベルの通信網を補う役割を果たした。偵察用ドローンの高画質映像を送信できるようになったほか、無人機の操縦者や砲兵部隊などを指揮・統制網につなぎ、偵察から攻撃までにかかる時間を短縮したとみている。
前線の突撃部隊は、装甲車両にスターリンク端末を載せ、移動式の臨時指揮所として使うこともあった。こうした車両を拠点に、FPV=一人称視点の攻撃ドローンを誘導し、攻撃を行っていた。
ロシア軍が直面する前線通信の弱点
通信回線が突然遮断されると、前線部隊には大きな混乱が生じる。衛星通信網を使えなくなれば、偵察用ドローンは指揮所にリアルタイムで映像を送りにくくなる。
無人機の操縦者は、地形や電子戦による電波妨害の影響を受けやすい、VHF帯の無線中継装置に頼らざるを得なくなる。
その結果、ドローンの偵察範囲が縮小し、機体との通信が途切れたり、情報の伝達が遅れたりする。前線部隊は局地的な戦況を十分に把握しにくくなる。
歩兵部隊と装甲部隊の連携にも影響が及ぶ。戦場の情報を共有できなければ、戦況の変化を把握できず、それぞれが孤立して行動するおそれがある。歩兵部隊から砲兵部隊への射撃誘導では、友軍への誤射の危険も高まる。
ロシア軍は、見通し線内で通信を維持するため、前線の指揮所をより前方に移す必要に迫られた。しかし、指揮所を前進させれば、ウクライナ軍の攻撃ドローンや精密攻撃を受ける危険が高まる。
もっとも、ロシアが衛星通信の能力を完全に失ったわけではない。「ラススヴェート」の衛星群もウクライナにとって脅威であり、軌道上に残る一部の衛星を通じて、ロシア軍が遠隔操作型の無人システムを使った攻撃を行うことはある。ただ、使える時間帯が限られるという制約がある。
ウクライナも抱える民間衛星通信への依存リスク
スターリンクへの依存がもたらす問題は、ウクライナ側にもあった。
2022年9月末、ウクライナが南部ヘルソン州で反撃を進めていた時期、マスク氏はウクライナの一部地域でスターリンクの通信サービスを利用できないようにした。
その結果、ウクライナ軍前線部隊の通信が途絶え、ドローンの運用や砲兵との連携に支障が出たとの指摘がある。部隊の移動や火力の運用にも影響したとみられる。
この出来事は、民間企業の判断が軍事作戦に大きな影響を与えることを示した。ウクライナが民間企業の衛星通信に依存することのリスクも明らかになった。
マスク氏は米政府当局者と接触し、ウクライナがスターリンクを使ってロシア領内への攻撃を支援すれば、戦闘の拡大につながりかねないとの懸念を示していたとも伝えている。
ロシアは衛星通信網を短期間で整備できるのか
ロシアとウクライナはいずれも、民間企業のサービスに依存することのリスクを経験し、依存を減らす方法を模索している。
ロシアが第1陣の「ラススヴェート」衛星の打ち上げで問題を抱えながら、第2陣の打ち上げを急いだのは、スターリンクの利用遮断で生じた通信能力の不足を補うためとみられる。
しかし、第2陣の16機が目標とする高度まで上昇していないことは、ロシアが短期間で衛星網を整備するうえで課題を抱えていることを示している。計画がさらに遅れることもある。
ロシアの宇宙企業ビューロー1440は、今後、数十回の打ち上げを行い、数百機の衛星を配備する計画を示している。
ウクライナ大統領顧問のセルヒー・ベスクレストノフ氏は、ウクライナ全土で安定した通信を続けるには、ロシアは少なくとも200~300機の衛星を打ち上げる必要があるとの見方を示した。
ロシアが必要な速度と規模で衛星を打ち上げられない理由の一つは、中型ロケット「ソユーズ2.1b」に依存していることだ。2022年以降、ロシアがソユーズ2.1bで行った宇宙打ち上げは、集計方法にもよるが6~8回程度にとどまる。
1回に16機を搭載できると仮定した場合、年間2回の打ち上げを4年間続けても、打ち上げられる衛星は最大128機にとどまる。すべての衛星が目標の軌道に到達し、正常に運用できる保証もない。
2026年8月時点で、計32機のうち持続的な運用が可能とみられる軌道に到達した衛星が12機であれば、その割合は37.5%にとどまる。打ち上げの頻度と衛星の運用状況を踏まえると、ロシアが短期間で数百機の衛星を軌道上に配備することは容易ではない。
ウクライナによる衛星やロケットの生産拠点、打ち上げ関連施設への攻撃も、ロシアの衛星網整備に影響を与える。
8月14~15日にかけての夜、ウクライナ軍は、ソユーズ系列ロケットの生産に関わるプログレス・ロケット宇宙センターを標的とした攻撃を行ったと主張した。
こうした攻撃は、ロシアのロケット生産能力だけでなく、打ち上げ施設にも影響を及ぼすおそれがある。ロシア軍が宇宙空間を利用した情報収集や通信の能力を整備・強化する動きを妨げることもある。
複数衛星網を組み合わせるウクライナの対抗策
これに対し、ウクライナは異なる対応を進めている。2022年のスターリンクをめぐる問題を受け、ウクライナとヨーロッパの協力国は、スターリンクに代わる単一の衛星通信網を探すのではなく、複数の仕組みを組み合わせる方針に転換した。
現在は、複数の衛星網やサービス提供事業者を組み合わせ、通信と情報収集を支える体制の構築を進めている。
具体的には、ユーテルサット・ワンウェブの低軌道衛星網、EU=ヨーロッパ連合の政府衛星通信プログラム「GOVSATCOM」、将来的にはEUの安全衛星通信構想「IRIS²」の活用を進めている。
また、通信と偵察の役割を分けて整備している。フィンランドの商業衛星企業ICEYEが提供するSAR=合成開口レーダーの画像は、監視や偵察に使われる。スターリンクやヨーロッパの衛星網、EUの政府衛星通信の仕組みは、情報の送受信を支える。
無人機や地上部隊のシステムは、得られた情報を実際の作戦行動につなげる役割を担う。
ウクライナは、単一のシステムでスターリンクを置き換えようとしているのではない。複数の提供元を確保し、障害や政治情勢の変化があっても通信や情報収集を続けられる体制を目指している。
2026年に入り、スペースXはロシア軍が非正規ルートで調達したスターリンク端末の利用を遮断した。
ただ、民間企業が運営する衛星通信網には、不確実性や政治的なリスクが残る。通信を止められるリスクが、ロシア側に移ったにすぎない。
衛星網そのものだけでなく、その運用を左右する軍事、外交、政治上の判断が、戦場に大きな影響を与えている。

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