小さな利益や支援で信頼を築き、偽組織や協力者を通じて相手を取り込む……。中国の国家安全・公安当局の内部資料は、こうした「撒き餌」工作の手口を記している。本記事は歴史的事件や海外の調査報道、台湾の情報戦研究をたどり、人の切実な願いや人間関係が監視・統制に利用される仕組みを検証する。
釣り人は釣り糸を垂らす前に、まず餌をまく。同じ場所に餌をまき続け、魚にそこで餌を探す習慣をつけさせるのだ。中国語では、これを「打窩(ダーウォ)」と呼ぶ。近年、中国の国家安全当局や公安当局(中国の警察組織)の幹部の間でも、小さな利益を餌に少しずつ相手の信頼を得る工作を「打窩」と呼ぶようになっている。
中国共産党の政治警察の内部資料には、この手口がすでに体系的にまとめられている。「巣を作って鳥を呼び、網を張って魚を捕る。偽の組織を設け、連絡ルートを握る」。迫害を受けた人は助けを求め、亡命者は住まいと仕事を必要とし、抵抗する人は仲間を探す。政治警察にとって、こうした切実な願いは全て相手に近づき、利用するための入り口となる。
この種の罠が特に狙うのは、実際に行動を起こそうとする人である。偽の組織は、全ての人をだます必要はない。本気で中国共産党(中共)に反対する人を数人取り込み、その信用を利用すれば、彼らの人間関係を通じて、さらに多くの人に近づくことができる。
偽組織と通信網の乗っ取り 信用を利用する罠
先例はソ連にある。1920年代、ソ連の秘密警察OGPU(合同国家政治保安部)は「トラスト作戦」を展開し、自らが操る組織を、ソ連国内に広く根を張る反共産党の地下組織に見せかけた。表向きの活動を担った人物の中には、すでに秘密警察の支配下に置かれた実際の君主派の活動家もいた。
1925年、イギリスの情報機関のために働いたことのあるシドニー・ライリー氏が、この偽組織に誘い込まれてソ連に入国し、逮捕・処刑された。同じ時期、亡命政治家のワシリー・シュリギン氏は、行方不明の息子を探すため、この組織の手配でひそかに帰国した。息子は見つからなかったが、同氏は無事に西ヨーロッパへ戻り、見聞録『三つの首都』を著した。この本は結果として、亡命者の間で偽組織への信頼を高めることになった。
中国の場合、1952年には、アメリカ中央情報局(CIA)が支援し、蔡文治氏が率いる「自由中国抵抗運動」の工作班が、中国東北部の吉林省に空から降下した。工作班が中共当局側に制圧された後も、同じ無線機を使った交信は続いた。やがて「現地の反共勢力の指導者と接触できた。連絡員を航空機で回収してほしい」との要請が届いた。
11月29日夜、CIA職員のジョン・ダウニー氏とリチャード・フェクトー氏は、連絡員を回収するため、航空機に乗り込んだ。地上からは正しい識別信号が送られたが、回収要請そのものが罠だった。航空機は撃墜され、操縦士2人が死亡し、ダウニー氏とフェクトー氏は捕らえられた。フェクトー氏は1971年、ダウニー氏は1973年に釈放された。実在した工作班と通信網が乗っ取られた後も、偽情報を信用させるために使われ続けたのである。
内部資料が示す協力者の運用 支援から依存 支配へ
中共当局の内部規定では、偽情報や偽組織を作り上げる際にも、表向きの活動を担う人物の立場に応じて、上級機関の承認を得ることになっている。申請には、捏造の理由、根拠、出所を明記しなければならない。外からは自然な接触に見えても、実際には決裁と指揮系統に基づく「業務」なのである。
資料にはこうある。「釣りと同じで、必ず餌を与えなければならない。餌がなければ魚は食いつかない。捜査において、敵に与える『応(こたえ)』こそが餌である」。「応」とは、相手の求めに応じて何かを与え、関係を続けたいと思わせることを指す。
資料は、自分が得たいものばかりを考え、相手の望みを十分に調べない態度を「片思い病」と批判し、「敵には小利を与え、我は大利を取る」と説く。与える利益は、相手に関係を続けさせるだけのものでなければならないが、相手の目的を完全に達成させてはならない。相手が利益だけを得て代償を払わない事態は、「敵が得て、我が失う」として避けるべきだとしている。
2006年の朱恭訓、徐章国両氏の事件は、その典型である。香港の週刊誌『亜洲週刊』によると、中国・広西チワン族自治区の国家安全当局は、まず台湾の国防部軍事情報局(軍情局)の現地連絡員を取り込んだ。その人物を通じて公安当局の情報を流し、台湾側の信頼を得た。続いて「中堅幹部が内通者になりたがっている」との話を持ちかけ、さらに台湾側の上級幹部との直接面会を求めた。台湾側は朱、徐の両大佐を派遣し、2人を中国とベトナムの国境地帯で拘束した。
香港系ネットメディア『端伝媒』の2015年の報道によれば、中国側は2人に寝返りを迫り続け、当時、軍情局に勤務していた朱氏の妻、周国珍氏の取り込みも図った。3人とも寝返ることはなく、朱、徐両氏は9年余りの拘束を経て釈放された。
中共内部方針は「長期的な計画」を最優先とし、「特情」(当局が秘密裏に獲得・運用する協力者)の運用について、「功を焦り、ひたすら情報を引き出そうとしたり、無理に取り入ったりしてはならない」と戒める。そのうえで、工作対象の相手に「特情(独自の情報)なしではやっていけない」と感じさせることを求めている。特情で団体の連絡業務や資金管理を握れば、日常業務を通じて団体の意思決定を左右できるからである。
資料はさらに、協力者に本来の職業を隠れみのとして長期的に活動させることや、当局が接近の条件を整え、活動資金を提供することも定めている。秘密の拠点については、通常の事業所と同じように営業し、「客を引きつける魅力」を持たせる一方、捜査機関との表立ったつながりは一切断つよう求めている。実際に事業を営んでいるほど、工作拠点としての役割は見抜かれにくい。
民主主義や人権を訴える人も標的に 海外での拉致・拘束事例
政治警察の資料は、「非合法組織」「非合法刊行物」の活動として、民主主義・人権・自由を訴えること、集まって意見を交換し、対策を話し合うこと、活動を支える事業の運営、政府への団体登録申請、署名集めや陳情などを挙げている。合法的な地位を求める申請は「合法を隠れみのにした非合法活動」、公然と意見を述べることは「騒ぎを起こして安定を壊す行為」とされる。市民は実際に活動を始める前から、監視と統制の対象に組み込まれるのである。
国連恣意的拘禁作業部会の文書によると、中国の民主運動家である王炳章氏は2002年6月27日、ベトナム北部の国境の町モンカイで、2か月前から会う約束をしていた広西の労働運動家と面会した。その約1時間後、同行者2人とともに宿泊先で拉致され、国境を越えて中国側に引き渡された。中国側は警察が「救出」したと主張したが、3人をそのまま拘束し、王氏に2003年無期懲役を言い渡した。作業部会は、拉致の被害者がなぜ突然容疑者になったのか、中国側は説明していないと指摘している。
中国の反体制活動家彭明氏は2001年、家族とともにアメリカに移住した。娘のアメリカ議会での証言によれば、彭氏は2004年、迫害を受けた難民のための避難所を作ろうとタイに渡ったところ、タイとミャンマーの国境地帯におびき出され、銃を突きつけられて中国へ連れ去られた。2005年に無期懲役を言い渡し、2016年に獄死した。
内部資料には、スパイが国内に潜入した場合を想定した記述もある。あえて「歓迎」して受け入れ、監視しやすい住まいと仕事を用意する。そのうえで「我が政権の威力」を存分に使い、締め付けや圧力、包囲、誘い、誘導によって、相手を「ますます狭まる危うい道」へ追い込む。選択肢を徐々に奪い、罠を「唯一の選択肢」としながら、「何の疑いも抱かせない」ようにせよというのである。
別の資料は、行政権力や日常の行政管理、さらには法律までも「謀略に奉仕させる」よう求めている。行政が困難を作り出し、秘密の協力者が助け舟を出すという構図である。資料は「わざと敵に小さな勝ちを与えよ」と、相手を油断させる手口まで示している。相手が疑い始めた場合には、「急ブレーキをかけすぎるな」とも戒める。「応」や秘密拠点を論じたこの資料の著者は、公安部長(中国の警察トップ)の経験者である。内部向けの序文では、この資料を公安・治安担当者の「心の糧」と呼んでいる。
偽の民兵組織「V字旅」 民主派活動家の人脈に入り込む工作
オーストラリア放送協会(ABC)の2024年の調査報道によると、中共当局のスパイ「エリック」は、民主派活動家の華湧氏が海外で民主化運動の組織を立ち上げたいと考えていることを、中共当局の担当者に報告した。エリックと担当者は華氏の意向を利用し、偽の民兵組織「V字旅」を作り上げた。華氏はその動画を拡散し、エリックを活動の中核に迎え入れた。華氏がカナダに移住した後は、住所や電話番号、交友関係まで、エリックは中共担当者に報告した。
エリックは、かつて重慶で当局の協力者として取り込まれた人物である。その後、工作の内情を知らない北京の治安当局が動画を見て捜査を始めると、担当者はエリックに帰国を求め、事態の収拾を図ろうとした。
中共当局は、自ら演出した「武装反中共」の活動を容認する一方、市民による自主的な団体については、明確な制限方針を掲げている。「彼らに組織も、勢力も、中核も、世論も、大きな流れも形成させない」
内部資料は、さらに次のような指示を列挙している。
・ 団体内部の対立や弱み、つけ込める材料を把握し、冷遇されている人や生活に困っている人を取り込む。
・取り込んだ人物には、名誉や財産を失うことへの恐れを利用して従わせ、やがて「自発的に」協力するよう仕向ける。原則は「主導権はこちらが握り、統制下で使う」である。
・ 任務は段階的に与え、表向きの活動を担う人物には全体像を知らせない。同時に、その人物の周囲に別の協力者を配置し、監視する。
・合法的かつ公然と活動する相手は、刑事事件や経済問題として処分する。いわゆる「政治問題を非政治的に処理する」手法である。
・スキャンダルをつかんで世論をあおり、相手の評判を傷つけて孤立させる。資料は「公に暴露して退路を断て」と指示する。
・敵の情報源を断ち、目も耳も塞がれた状態に追い込む。
外部には「痕跡を残さない」一方、当局内部には、協力者を獲得する際の決裁書類や経費、面談の記録が残る。被害者には友人の裏切りと映っても、実行した側にとっては、単なる経費の支出と情報収集の成果にすぎない。
台湾のSNS情報戦 偽の支持者グループで信頼を育てる
台湾の情報戦研究者、沈伯洋氏によれば、中共当局のネット工作部隊は、台湾与党・民進党(民主進歩党)の蔡英文前総統や賴清徳総統を支持すると称するFacebookの支持者グループを運営していた。中には、丸1年かけて民進党政権を称賛し続けたグループもあった。実際の支持者が多く集まった段階で、台湾の保健行政を担う衛生福利部(日本の厚生労働省に相当)や、新型コロナ対策の司令塔だった陳時中・衛生福利部長(当時)を攻撃する陰謀論を、少しずつ流し始めた。
沈氏の2021年の論文には、中国やカンボジアのユーザーが作ったグループが、まず民進党寄りの記事を投稿し、その後、台湾の国産ワクチンを攻撃する扇情的なまとめ記事を拡散した事例を記録している。2022年に公表した調査では、台湾最大級の電子掲示板「PTT」の画面画像を加工して投稿するファンページの存在を明らかにした。投稿者名やIPアドレスを消し、内容も改ざんしたうえで、国産ワクチン(高端=メディゲン社製)の治験が失敗したという「証拠」に仕立てていた。2020年台湾の国内感染者を確認していなかった時期に撮影した、陳氏がマスクを着けずに歌う動画を、感染拡大期の映像であるかのように拡散した例もある。
沈氏は、こうした手法を「養套殺(ようとうさつ)」と呼ぶ。「信頼を育て、罠にかけ、仕留める」という意味である。影響を受けた支持者は、民進党の外交・国防政策は評価し続けながらも、内政は全く駄目だと信じるようになる。自分たちを長く支持してきたグループからの批判は、中国の官製メディアによる攻撃よりも、「身内の忠告」として受け入れられやすい。
中国市場への経済的依存 収入を政治的要求の手段に
同じ手法は、人々の生活にも及ぶ。沈氏は台湾の芸能人を例に挙げる。最初は中国での公演を歓迎し、収入を得られるようにする。事業が大きくなり、従来の活動市場から遠ざかったところで、「台湾独立反対」などの政治的な意思表明を求める。応じなければコンサートを開かせず、メディアを動員して評判を傷つける。中国で収入を得てきた期間が長いほど、政治的な要求を拒む代償は大きくなる。
沈氏はまた、中台交流で中共当局が重視するのは参加者個人よりも、学生を引率する大学教授や、住民の視察旅行を取りまとめる地域の世話役だと指摘する。こうした人々は、次々と新しい人を連れてくることができるからである。利益を受け取る人と、最終的に代償を払う人は、しばしば別人なのである。
新疆綿をめぐる言説 迫害への批判と不買反対の論理
中国国営中央テレビ(CCTV)の元記者で、日本を拠点に動画配信を行う王志安は、2024年12月3日、ユニクロと新疆綿をめぐる問題を取り上げた。王志安は、強制収容や裁判を経ない拘禁、施設内での強制労働が行われていることを認めた。その一方で、新疆綿が強制労働に関わっているという「直接的な証拠はない」と主張した。外部の調査を、「紡績工場が収容施設から6キロの距離にある」といった状況証拠にすぎないものとして扱い、アメリカの立法は奴隷制の歴史的記憶に由来すると説明した。
しかし、この説明は公開資料の内容と食い違う。
2020年に公表した綿花の収穫作業に関する調査は、中共当局側の地方の文書を集め、その実態を示している。幹部が各戸を訪ねて圧力をかけ、綿摘みの作業集団を組織していた。労働者は集団で移送され、幹部が監督役として同行していた。
イギリスのシェフィールド・ハラム大学の2021年の研究では、施設を出た後に綿花加工工場で働かされたとする証言を収録している。
アメリカのウイグル強制労働防止法は、輸入業者に例外の申請を認めている。ただし、その場合には、製品が強制労働と無関係であることを示す、明確で説得力のある証拠が求められる。
王志安自身も、中共当局が国内外のメディアによる自由な取材を阻んでおり、真相解明が難しいことの第一の責任は中共当局にあると認めている。それでもなお、「証拠不足」を理由に、不買は必要ないと説く。この論理に従えば、情報封鎖が徹底されるほど、取引をやめる根拠が失われることになる。中共当局が、言葉による非難を多少受け入れるだけで、関連産業に経済的な圧力が及ぶことを避けられる。
これは、王志安と中共当局との関係を示すものではない。ただ、迫害への批判を認めながら、経済的な圧力には反対するという言説の構造は、「敵には小利を与え、我は大利を取る」という内部資料の論理と重なる。
過去の支援は安全の保証ではない 信頼と自由を守るために
こうした手口を見抜くために、親切な人を全て敵とみなす必要はない。華氏の経験が示すのは、信頼されている人の一度の推薦が、周囲の人々の警戒心を弱め、自ら確かめる必要はないと思わせてしまうということである。過去に助けてくれたからといって、その人が後になって住所や他人の連絡先を尋ねたり、面会を持ちかけたりする行為が、安全である保証にはならない。
亡命者には、これからも住まいと仕事が必要であり、迫害を受けた人には友人が必要である。一度助けを受けたからといって、その後の自由まで差し出す必要はない。
ご利用上の不明点は ヘルプセンター にお問い合わせください。