【古典の味わい】貞観政要 11
貞観の初年の頃、太宗が侍臣に向かってこう言われた。「君主としての道は、まず人民が安心して生きられるようにすることだ。もしも、重税を課すなどして人民を苦しめ、君主が贅沢三昧をするならば、それは自分の足の肉を喰って自分の
【古典の味わい】貞観政要 10
太宗も、おん自ら祭壇の前で哭し、死者への哀悼を尽くした。
【古典の味わい】貞観政要 9
太宗は医者に「この者を治療せよ」と命じた。
【古典の味わい】貞観政要 8
朕は今日、張公謹の死を聞いて、心の底から悲しんでいる。
【古典の味わい】貞観政要 7
天はまさに、朕を叱責してほしい。人民に何の罪があって、ひどい困窮に遭わねばならないのか。
【古典の味わい】貞観政要 6
朕は、そのようにはしない。今ある宮女たちを、それぞれ求めるところへ嫁がせてやろう。
【古典の味わい】貞観政要 5
陛下。そもそも帝王たる人物は、内側に神明なる心を持ちますが、外に向けては奥ゆかしく、寡黙で、何も言わないのです。
【古典の味わい】貞観政要 4
太宗が、学者の孔頴達に問うた。
【古典の味わい】貞観政要 3
太宗のその言葉を受けて、側近の魏徴が、太宗にこう申し上げた。
【古典の味わい】貞観政要 1
中国に貞観(じょうがん)という年号の時代がありました。
【古典の味わい】貞観政要 2
貞観2年、太宗は左右に侍する臣下に向かい、こう申された。
唐太宗 小さなことを疎かにしない 大事はいつも小事から
中国史上でも最も栄えた時代の一つ、唐時代。その中でも唐太宗は中国史上、屈指の名君として知られ、為政者として自らを厳しく律して政治にあたり、太宗の治世は「貞観の治」と呼ばれ中国史上最も良く国内が治まった時代とされている。
唐太宗 無知であることを知ることの大切さ
中国の唐の時代は中国史上でも最も栄えた時代の一つである。中国史上、屈指の名君として名高い唐太宗は為政者として自らを厳しく律して政治にあたり、太宗の治世は「貞観の治」と呼ばれ中国史上最も良く国内が治まった時代とされている。
安泰な時にこそ危難を思う
中国五千年の長い歴史の中で中国が最も輝きを放った時代のひとつとされる「唐」時代。中でも唐の太宗の治世は「貞観の治」と呼ばれ、後世、政治の理想とされてきた。
創業と守成はどちらが困難か?
中国五千年の長い歴史の中で中国が最も輝きを放った時代のひとつとされる「唐」時代。中でも唐の太宗の治世は「貞観の治」と呼ばれ、後世、政治の理想とされてきた。
自らを律することを第一とした名君
中国の唐の時代は中国史上でも最も栄えた時代の一つです。中国史上、屈指の名君として名高い唐太宗は為政者として自らを厳しく律して政治にあたり、太宗の治世は「貞観の治」と呼ばれ中国史上最も良く国内が治まった時代とされています。『貞観政要』は唐太宗と太宗を補佐した名臣との政治問答集で、日本では徳川家康が非常に愛好していたのをはじめ、数々の為政者が『貞観政要』から為政者はどうあるべきかを学んできました。