狙われる奄美大島 日本の離島と中国クルーズ観光

奄美35人集落に中国人5000人?大型クルーズ船誘致計画、国が検討

2018/05/16 更新: 2018/05/16

「数千人の外国人観光客を運ぶ、全長230メートルの巨大クルーズ船が、こんな静かな集落に来るの? 想像できない。ここには小さな郵便局と商店がひとつあるだけ。いったい何をしに来るのか」

明治維新に日本を導いた維新三傑の一人、「西郷どん」こと西郷隆盛。彼が安政の大獄の余波から身を隠すために遠流したのが、南西諸島の奄美大島だ。島西部の集落・西古見(にしこみ)には、西郷隆盛が上陸の一歩を踏んだ地との伝記もある。

西古見から望む東シナ海は、鮮やかなエメラルドグリーンと群青に輝く。海に浮かぶ3つの小島は、三連立神(さんれんたちがみ)と呼ばれ、地域住民からは大波や台風から集落を守る神として敬われてきた。住民によると「昔はカツオ漁でにぎわった」という西古見港だが、2017年統計で人口約35人の過疎地となっている。

この静かな集落に、乗客乗員あわせて約7500人を運ぶ世界最大級(排水量22万トン)の大型クルーズ船を寄港させる、港湾建設計画が出ている。計画を主導するのは国土交通省。一部報道によると、クルーズ船は中国発ルートで乗客のほとんどが中国人、週2~3回来航するという。

西古見が属する鹿児島県大島郡瀬戸内町は4~5月、住民向けに「町政懇談会」と題したクルーズ船誘致についての説明会を開催している。冒頭の文は参加者の発言。公開された説明会の映像によると、町側は人口減対策としてクルーズ船誘致を解説しているが、国土交通省の発表資料の転載が多く、「地元視点」とはいいがたいものだ。

「町役場はシミュレーションさえ提示していない。メリットやデメリットも不明だ。町民はクルーズ船誘致の是非さえも判断できないではないか」。参加者は計画に疑問を呈した。

ことの発端は、2017年8月、国土交通省の調査「島嶼部(とうしょぶ)での大型クルーズ船寄港地開発」について、奄美群島をモデルケースとした調査と評価の結果を発表したことにある。島内の候補地9カ所が掲げられるなか、瀬戸内町企画課は、候補のひとつである西古見に大型クルーズ船を呼び込もうと手をあげた。

瀬戸内町民は、町役場に一抹の不信感を抱いている。瀬戸内町は2018年冬、鹿児島県にクルーズ船誘致のための要望書を、町民へ説明不十分のまま提出したためだ。地元紙南海日日新聞によると、「黙ったまま進めないでほしい」との町民の反発を受け、この要望書は4月半ばに取り下げられた。

すでに大型クルーズ船が寄港する沖縄・宮古島の状況を聞いている参加住民からは不安を隠せない。説明会では「宮古では万引や医療費を払わないなど犯罪が増えている。小売店も日没後は閉めている」などの声が上がった。

国が加速させる訪日クルーズ旅行

現在、政府は訪日クルーズ旅客を2020年に500万人の目標の実現を加速させている。2017年(1月~12月)の訪日クルーズ旅客数は前年比27.2%増の253.3万人、クルーズ船の寄港回数は前年比37.1%増の2,765回となり、いずれも過去最高を記録した。

2017年8月には港湾法を改正し、国土交通大臣が指定する港湾に、旅客ターミナルビル等に投資を行うクルーズ船社に港の優先利用を認めた。

国土交通省は2018年2月までに「官民連携クルーズ拠点」となる港湾を全国で7港選定、鹿児島港は2018年2月に選定されたため、地図にない(国土交通省2017年発表資料)

クルーズ観光振興に向けた国の動きは早い。国土交通省は2018年2月までに「官民連携クルーズ拠点」となる港湾を全国で7港選定した。カッコ内はそれぞれ港湾管理する自治体。横浜港(横浜市)、清水港(静岡県)、佐世保港(佐世保市)、矢代港(熊本県)、鹿児島港(鹿児島市)、本部港(沖縄県)、平良港(宮古島市)。

民間企業は外資と日本企業の名が上がり、米カーニバル・コーポレーション、米ロイヤルカリビアン・クルーズ、ゲンティン香港、日本の郵船クルーズの4社。

日本政府は、希少生物と自然豊かな奄美沖縄群島を、世界遺産登録に推薦していた。しかし5月4日、ユネスコ諮問組織は「環境持続の維持が危ぶまれる」ことなどを理由に、登録を見送った。奄美大島のある住民は「逆行するような大型クルーズ船誘致が一因ではないか」とつぶやいた。

町の企画課はクルーズ船誘致計画「白紙にした」

 

瀬戸内町議会でも、クルーズ船誘致計画は議題に挙がっていた。現職議員は3月議会でのクルーズ船誘致に関する一般質問の要約を、4月に各町民家庭に配布した。議員と町役場とのやり取りが記録されており、議員側からは周遊コースの説明、港湾建設費、滞在客の過ごし方、外国人の大量入域に関する諸問題など、質問が相次いだ。企画課長は「現時点ではこれらの情報は入っていない。国と県との交渉もまだ」と語ったという。

この記録には、大型外国資本の誘致に繋がりかねないとして、奄美大島の土地買収を懸念する声もあがっている。「いま北海道や沖縄など、日本の各地で外国人による土地買収が問題になっている。瀬戸内町の過疎地を買うことなど、たやすいことだろう」「自分たちの故郷が外国人に浸食されていく、生きていく場所が失われる。こんなことは悪夢であってほしい」

記録によると、鎌田・瀬戸内町長は人口減と若者離れ、雇用減の対策として「クルーズ船誘致は起爆剤となりうると信じている」と答えた。

奄美地方2紙によると5月10日、西古見へのクルーズ船寄港地誘致計画による生活への影響を懸念した住民の有志は、計画撤回を求める申し入れ書を同町企画課に提出した。

有志の一団は6月に始まる定例議会前に意見を申し入れた。奄美新聞によると、代表で宿泊業を営む男性は「クルーズ船誘致計画自体見直しを町議会で話してほしい。島の観光客は順調に増えている」「これまで通り穏やかな暮らしと観光業が営めるように願う」と要望を述べた。

同紙によると、対応した企画課は誘致計画を白紙にすることを強調したという。

瀬戸内町役場に勤める事務職員は「うわさが独り歩きしている。西古見のクルーズ船誘致計画では、どの国のナニ人が来て、どこのクルーズ船企業だとは明かされていない。うわさは住民の不安をさらにあおっている。誘致計画は、国が検討している。クルーズ船企業側の考えもある。瀬戸内町だけで決められることではない」と語った。

白紙化を企画課は言及したが、港湾建設計画自体は立ち消えになったのか。管内の港湾について九州地方整備局に問い合わせたところ「国が担当している件で、われわれでは回答できない」とした。

国土交通省のクルーズ振興室は「突然の出来事で町民に不安があるのは理解している。瀬戸内町の町政懇談会で、疑問は解消されていくはず」と述べ、計画の進捗(しんちょく)など明言は避けた。

ー中国の野心的観光ビジネス 世界大手クルーズの副社長は中国系 につづくー

(取材と文/佐渡道世)

※一部、誤字を訂正しました。