中国の王毅国務委員兼外相が5月30日、訪問先のフィジーで南太平洋島嶼国10カ国と安全保障面での連携を強化するための協定を締結しようとしたが、合意に至らなかった。一部の専門家は、中国側の提案が頓挫したのは、中国の狙いを疑問視する国が多いことが原因であると指摘した。
王外相は5月26日~6月4日までの日程で、ソロモン諸島、キリバス、サモア、フィジーなど南太平洋島嶼国8カ国を訪問した。
共同発展
複数の海外メディアによると、30日にフィジーの首都スバで開かれた中国・太平洋島嶼国外相会議で、王氏は警察、貿易、安保、農業、漁業、データ通信などの幅広い分野で中国と太平洋島嶼国の連携協定を結ぼうと各国の外相に働きかけた。豪メディアABCが、中国側が提案した『中国・太平洋島嶼国共同発展ビジョン』草案を入手し報道を行った。
豪タスマニア大学法学部のアカデミック・ディレクター、リチャード・ハー(Richarad Herr)氏は米ボイス・オブ・アメリカ(VOA)に対し、欧米諸国は中国側の『共同発展ビジョン』に強い警戒感を示したとした。
ハー氏は、欧米は3月末に中国と南太平洋のソロモン諸島が2国間安全保障協定に合意したことを注意深く見ていると示した。
同氏は、その2カ月後、中国がさらに太平洋島嶼国10カ国に安保協定を拡大しようとしていることに米豪は神経を尖らせていると指摘した。
台湾の海洋政策を担う政府機関、海洋委員会の林廷輝委員は、「中国側はソロモン諸島との安保協定モデルを、第2列島線と第3列島線の間に位置する各国に拡張する狙いがある。この地域は地学的・戦略的に非常に重要である」とVOAに示した。
一帯一路との関係
『共同発展ビジョン』草案によると、中国は南太平洋の10カ国に数百万ドル規模の援助を行い、各国が中国の巨大市場にアクセスできる新しい自由貿易協定(FTA)を締結する。また、中国は10カ国の警察当局のために警官を育成するほかに、サイバーセキュリティ、スマート税関システム、および太平洋島嶼国が「技術の進歩、経済発展、国家安全保障にバランスの取れたアプローチを取る」ための協力を約束する。その代わりに、10カ国が中国に自然資源を提供する約束だ。
ハー氏は、中国は過去20年間に太平洋地域で急速に勢力を拡大してきたとした。
「特に南太平洋は、中国と台湾が外交分野で競う重要な場所だ。中国はまず南太平洋で台湾と国交を持つ国を抱き込んできた。習近平政権が発足後、中国は巨大経済圏構想『一帯一路』などの経済手段を通じて影響力を強め、島嶼国に同地域での中国の重要な役割を認識させた」
ハー氏は、10数年来、中国は豪州に取って代わり太平洋島嶼国の最大の輸出先となったが、「中国の目的は戦略的なものだ」との認識を示した。
同氏は、中国の支援方法と豪州やニュージーランドの支援方法は「全く違う」と指摘。中国が提供した経済発展プロジェクトは「償還が必要である融資が主で、島嶼国の対外債務を増やしてきた」。また、建設プロジェクトなどに関して、中国企業は現地の労働者を採用せず、中国から労働者を呼び込んでいるため、現地の雇用改善に貢献していないのが実状だ。
林廷輝氏は、2002年に中国がナウルに対し、台湾との国交を断絶し中国と国交を樹立するよう圧力をかけて以降、南太平洋で「中国本土は台湾と外交戦を繰り広げ、経済貿易関係を強化するために代表処を設置した」とした。
林氏によると、中国側は経済貿易と漁業で南太平洋島嶼国と関係を深めた後、軍事医療や人道支援の名目でパプアニューギニア、フィジー、トンガで医療施設などを建設した。さらに、中国は海軍艦隊の長距離航行能力を向上する目的で「敦睦艦隊」を派遣していた。
同氏はまた、中国企業がミクロネシア連邦やフィジーでの観光業や鉱業に進出し、観光用ホテルを次々と建設し、数多くの中国人が現地へ移民したことによって、中国は両国の経済活動を支配するようになったと指摘し、「これが原因で現地で反中デモが頻繁に起きている」と述べた。
信用
ミクロネシア連邦のパヌエロ大統領は5月20日、太平洋島嶼国の首脳や高官21人宛てに書簡を送った。大統領は書簡の中で、中国側が各国と相談なしに一方的に定めた「共同コミュニケ」を拒否するよう呼びかけた。同氏は中国側の『共同発展ビジョン』を認めれば、中国と西側諸国の間で新たな冷戦が起きかねないと懸念した。
VOAによれば、太平洋島嶼国の首脳らは中国が提案した協定の本質及び、王毅外相の訪問前に中国政府が協定の合意に向けてすでに動き出していたことに不安を感じていた。
林氏は、王外相の訪問中に協定が合意できなかった主因は「中国は、太平洋島嶼国が一体化になっており、域外の勢力による分断活動を許さないというスタンスを見落としたことにある」と語った。
冷戦時代から、太平洋島嶼国は各国の文化の独自性を保つ一方で、各国の共通性の上に立脚し、域内各国の連帯を図っていくというフィジーのマラ元大統領が提唱したパシフィック・ウェイ(Pacific Way)理念の下で結束してきた。
「多くの島嶼国は中国の多国間外交を躊躇しており、太平洋地域内の分断や対立が生じるのではないかと警戒している。域内の豪州とニュージーランドの影響力に対抗するため、中国に頼りたいという島嶼国がある一方で、太平洋地域が完全に中国の支配下に置かれることに抵抗もある」
林廷輝氏は「中国の協力協定の大半は中身が明らかにされていない」と批判した。中国とソロモン諸島が締結した安保協定の全内容は公表されていない。今までに入手した一部の内容によると、中国とソロモン諸島のいかなる協力プロジェクトの詳細についても、相手国の同意がなければ、もう一方の国は第3者に公表してはならず、政府報道官もメディアに説明を行ってはならないと定められている。
「明らかに中国がこの地域の『安保』について主導権を握っている。このやり方は太平洋島嶼国間の団結と安定性を壊しているため、他の島嶼国から信用を得られないのは当然だ」と林氏は話した。
豪州タスマニア大学のハー氏は、特に警察分野におけるフィジーと中国の提携に懸念を示した。
フィジーの大学で教鞭を執ったことのあるハー氏によれば、2017年に中国警察当局はフィジー政府に事前に知らせることなく、詐欺容疑でフィジーの中国人77人を拘束し、中国に移送した。
ハー氏は、王外相が今回太平洋島嶼国を訪問した際、中国高官の取材陣に対する無礼で威圧的な態度に各国の人々は驚いていたと述べた。
英紙ガーディアンの報道では、王氏が5月29日に太平洋諸島フォーラム(RIF)の本部庁舎でRIFのプナ事務局長と会談した際、中国側は事前許可を得ていたメディアに対して写真撮影を禁じた。一部の幹部は取材陣のカメラの前に立ち、撮影を妨害した。
30日、王氏がフィジーのバイニマラマ首相兼外相と会談した後に開かれた共同記者会見では、取材許可を得た報道陣に対し、中国の政府職員はその場での質問を禁じた。一部の職員は「黙れ」と声を荒らげた。
債務
2月以降、西側が太平洋地域で勢力を拡大しようとする中国をけん制するために、米国のブリンケン国務長官やホワイトハウスの国家安全保障会議(NSC)のキャンベル・インド太平洋調整官らが相次いでフィジーを訪問した。また、5月21日豪州で新たに発足したアルバニージー政権のウォン外相は同月26日にフィジーを訪問し、今月サモアとトンガを訪ね、太平洋島嶼国との関係強化に乗り出した。
林廷輝氏は、米豪の対抗姿勢に中国は太平洋島嶼国との協力協定を巡って慎重になる可能性があるが、「ただ各国のインフラ整備での協力は今後も行われるだろう。各国の政府にとって対中債務は今後の大きな課題であろう」と話した。
同氏は、中国が「一帯一路」の経済開発モデルやインフラ建設モデルを島嶼国に確立しようとしているが、「島嶼国で火山島やサンゴ礁の地質的特徴に合わない建築物を建てても、島嶼国の債務が増えるだけ」という。
中国企業は昨年、フィジーの首都スバで28階建ての高層ビルを完成した。高級マンション、高級ホテルやオフィススペースが入る同ビルは南太平洋で最も高いビルである。しかし、林氏によると、このビルは地元住民のニーズに合わないため、利用者が少ないという。同氏は、太平洋島嶼国が対中債務の急増に危機感を持つ必要があると呼びかけた。
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