アングル:「生きる希望は奪えない」、キーウ市民の静かな抵抗

2023/02/27 更新: 2023/02/27

[キーウ 20日 ロイター] – 2月半ばのある朝、ウクライナの首都キーウで、高校生たちが地下鉄の駅の壁にもたれて座り、ノートをとりながらオレナ先生の指導に耳を傾けていた。すると、上空をミサイルの航跡が横切った。

空襲警報が鳴り響くのを聞いたオレナ先生は、ロシアによる攻撃でまたしても授業が中断されることがないよう、生徒たちを素早く地下に避難させた。

「数学、生物、化学、すべて通常の授業日程に沿って教えている」と、オレナ先生はロイターに話した。姓は明かさなかった。

ロシアによるウクライナ侵攻が始まって間もなく1年。このような静かな形を取った「抵抗」は、ウクライナの首都で日常的に見られるようになっている。ミサイルやドローンによる攻撃の脅威があってもバーは満席だし、市内の観光のガイドも、戦争の痕跡を織り交ぜたツアーを行うようになっている。

生活はひっくり返ってしまったが、ウクライナ国民は団結している。

2月24日の侵攻開始から数日間、ウクライナ軍がロシアによる地上や空からの攻撃に抗戦する一方で、約300万人のキーウ市民の大半は屋内や地下に避難した。

その他にも、数万人の市民が街から逃れようと幹線道路に大渋滞を起こしたり、鉄道の駅に殺到したりした。

「一番厳しかったのは最初の数日だ。誰もが不安になっていた」と、地下鉄運営会社に勤務するタマラ・チャヤロさんは振り返る。チャヤロさんは、地下鉄を広大な防空壕ネットワークに転換する事業に手を貸した。3週間も家に帰れなかったという。

ウクライナはロシア軍をキーウ周辺から撤退させたが、昨秋からキーウは再び攻撃にさらされるようになり、インフラやその他の民間目標にはミサイルの雨が降りそそいだ。ウクライナ政府によれば、ウクライナ国民の戦意を喪失させるためのロシア政府の作戦もあるという。

ロシア側は民間人を標的としていることを否定し、ウクライナ軍の弱体化を狙った攻撃だと主張している。

空襲警報が鳴り響き、非常用発電機がうなる中で、キーウ市民は、街が停電の暗闇に沈む中でも頑張り抜くことを学んだ。

<キーウは「たくましくなった」>

観光ガイドのユリア・ベフツェンコさんと、彼女が案内する主に国内からの観光客にとって、キーウが誇る建築群を巡るツアーは、戦時下の状況でくじけずにいるための1つの手段となっている。

2月初めの雪の降る日曜日、ベフツェンコさんは、市の中央公園に近い帝政時代の壮麗な建物を案内していた。10月10日にはこの場所にミサイルが着弾し、その後毎週のようにロシアの攻撃作戦が繰り返されている。

何カ所か板で塞がれた窓があることを除けば、被害の痕跡はほとんどない。ミサイルが着弾した遊び場は復旧している。

ツアーに参加していたスビトラナ・セメネツさん(56)は、「かつてのキーウは、ぜいたくで享楽的なところがあった」と語る。「だが今は、少し筋肉質になって、少したくましくなった」

ベフツェンコさんは、ツアーの訪問先に防空壕を追加した。特に悲惨な被害が生じた後は、人々の気分が変わっている可能性を考慮して、参加者とのおしゃべりに工夫を凝らす。

仕事は好調だ。昨年は4月に再開して以来、175回のツアーを担当した。ガイドとツアー参加者の間では「今やらないで、いつやるのか」という意識が共有されていると、ベフツェンコさんは言う。

<「生きる希望」は奪えない>

夜の街でも、日常生活への渇望が強く見られる。ロシアによる攻撃のリスクや午後11時からの外出禁止措置をものともせず、酔客がカクテルやコンサートを楽しんでいる。

「誰もが生きていたい、笑顔で幸福になりたいと思っている」と語るのは、イベントバー「スクワット17b」の共同オーナー、ダリア・クリズさん(35)。「この希望を我々から奪うことは、ロシアには絶対にできないだろう」

このバーで開かれるイベントにもご時世が反映されている。入場料の代わりにウクライナ軍に寄付をする。累積額はすでに10万ドル(1345万円)を越えた。パフォーマンスや展示も戦争関連のものが多い。

「スクワット17b」の常連客は、10月10日の攻撃で吹き飛ばされた近所の博物館の窓の修理にも手を貸した。

クリズさんは、戦争によって集団としての強さが育まれたと語る。

クリズさんは言う。「皆それぞれ、ちょっとしたリストを作っている。自分がどう変わったのか、自分の周りの人たちはどう変わったのか、状況を改善し、勝利に近づくために、自分に何ができるのか──。そういう、かつては表に出ることがなかった新しい価値観が浮かび上がってきている」

<不透明な未来>

地下鉄で働くチャヤロさんは、多くの住民が地下に避難する空爆の間に連帯の意識が生まれると話す。「小さな子供を連れた人がいれば、別の乗客がその子の世話を手伝う」

東部の都市バフムトでのような消耗戦や、ロシアの容赦ないインフラ攻撃に見られるように、ウクライナでの戦争は長期化する流れにある。こうした市民の団結は必要になってくるだろう。

メディアの報道は今後のロシアの新たな攻勢に重点を置いているが、ビルボード看板に常に貼られているのは、自国軍兵士が払っている犠牲を市民に思い出させる掲示物だ。

10月にミサイルが着弾した遊び場では、クセニヤ・ブルハコワさん(32)が、息子とともに幸せそうに遊んでいた。

ブルハコワさんは、新たな攻撃への恐怖は常に付きまとっており、自身のようなウクライナの母親たちは共通の思いにとらわれていると話した。

「勝利を収めるまでは、私たちの子供は安全ではない」と。

(Dan Peleschuk記者、Yurii Kovalenko記者、ViacheslavRatynskyi記者 翻訳:エァクレーレン)

Reuters