このごろ「不屈の英雄」と称される12秒間の映像がツイッターなどで広く拡散され、波紋を呼んでいる。
「ウクライナに栄光あれ!」
映像では、軍服姿で腕にウクライナ国旗のバッジをつけた男が森の中でタバコを吸いながら立っている。武器を持っていないことから捕虜とみられる男は、ロシア軍の兵士が向ける複数の銃口の前で、悠然と「この世の別れの一服」をふかしている。
どこからか「ロシア万歳と叫べ」の声がした。この男は、声のしたほうへ軽蔑的な眼差しを向け、さらに悠々と一服した後「Slava Ukraini(ウクライナに栄光あれ!)」と静かに言い放った。
すると、即座に十数発、あるいは数十発だったか。森の静寂を切り裂くような銃声が鳴り響くと、弾丸を受けた男はその場に崩れるように倒れた。銃声が鳴り止んだ後に聞こえたのは、ロシア語の「死ね、クソ野郎」だった。
(ウクライナ人捕虜の射殺場面の動画は、こちらからご覧になれます。閲覧の際は十分ご注意ください)
英雄の名は「Oleksandr Matsievsky」
ウクライナ国防省はこの兵士が同国北部チェルニーヒウ地区の領土防衛第119独立旅団に所属する兵士であると確認した。
ウクライナのアンドリー・コスチン(Andriy Kostin)検事総長は6日、自身のSNSで同件を刑事事件として調査を開始することを明かした。
コスチン氏はまた「戦争下でも、法律はある」「国際法のルールを組織的に無視してきたロシアの犯罪政権は、遅かれ早かれ罰せられるだろう」とツイートした。
ウクライナ大統領府のアンドリー・イェルマーク(Andriy Yermak)長官も、映像に映った男性はウクライナ人の捕虜であるとして「この捕虜殺害映像は、ロシアが犯した最新の戦争犯罪の証拠だ」と非難した。
いっぽう、中国のネットのなかには、この映像を意図的なフェイクと見て「この男はウクライナによって殺された。ロシア軍を貶めるためにウクライナが作ったものだ」と主張する投稿もある。
2022年2月にロシア軍がウクライナへ侵攻して以来、1年が過ぎた。
ウクライナと西側当局は「(ロシア軍は)ウクライナ領内で数千件もの戦争犯罪を犯した。それを裏付ける証拠がある」と指摘している。いっぽうロシア側は、一貫してロシア軍によるウクライナでの残虐行為および民間人襲撃について否定している。
世界に衝撃を与えた「不屈の精神」
銃口と脅迫を前にしても、なお引き下がらないその屈強な精神。「ウクライナに栄光あれ」と言い遺して凶弾に倒れたこの兵士の姿は、世界に衝撃を与えた。
ネット上には、この悲劇に心を痛めるとともに、彼の「不屈の精神」に感服したという声も多い。
「ウクライナの不屈の民族精神の象徴だ。銅像を残すべき」
「映画の中でしか見たことのないような壮絶な最期だった。とても輝いていた」
「空から降ってくる英雄はいない。あるのは立ち上がった普通の人だけだ。この英雄は永遠にウクライナ人の心の中で生き続けるだろう」
「最終的に勝つのはウクライナだろう。多くの分析など必要ない。彼を見たらそう信じられる。奴隷になることを拒むウクライナにあるのは勝利のみだ」
「死を恐れずに立ち向かうのは本当に勇気がいることだ。それが出来るのは本当に心に信念がある人。信仰がある人だけだ」
歴史に「もしも」はないと言われるが、もしも彼がロシア軍の理不尽な要求に屈服して「ロシア万歳」と叫んでいたら、どうであっただろうか。
この兵士は、たとえ「英雄」にはなれなくても、後の捕虜交換で生還できた可能性は否定できない。しかし、彼はそうしなかった。
そうしなかったことに巨大な意味があるとすれば、今回この映像が全世界に拡散されたことにより、現代の人類に一つの歴史を形成したと言えるのではないか。
それは、人間の不屈の精神とはこういうことだと明示しただけでない。
この映像で士気を高めたウクライナがロシアを押し返し、また世界もそうなる必然性を再認識して、これから戦局の大逆転が起こるという圧倒的な歴史が展開されることを意味している。今後のウクライナ情勢から目が離せない。
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