もし中国とロシアが核戦略で提携した場合、米国の1389発に対して露中は約1900発となり、既に核戦力の均衡は中露に傾いている。
巧妙に演出された広島サミット
5月19日に開幕し21日に閉幕したG7広島サミットは、日本では大成功のように報じられた。その効果で直後の世論調査では、内閣支持率がおおむね上昇の傾向を示した。国民の多くは、サミットは成功したと受け止め、岸田内閣に肯定的な評価を下したのだ。
国民がそうした評価をしたのも無理はない。そこには、岸田内閣の巧妙な演出があった。それも広島を選挙区とする岸田総理でなければ出来ない心憎いばかりの演出である。しかも、急ごしらえではない。
昨年8月1日に岸田総理は忙しい日程の合間を縫って、ニューヨークの国連本部のNPT(核拡散防止条約)再検討会議で演説をした。演説をしただけで、すぐにとんぼ返りの強行日程だから、各国の首脳と会談する暇もなかった。
しかも、この会議自体、何の結論も出せずに閉会した。従って岸田総理は、この会議に何の貢献もしていないことになろう。では、一体何のために、忙しい日程の合間を縫って参加したのか?
翌年開かれる広島サミットの地ならしとして、自らの核兵器廃絶の思いをアピールするためだけにわざわざ訪米したとしか考えようがあるまい。つまり広島サミットの演出は、このとき既に始まっていたのである。
サミットの開幕した19日にも、見事な演出が見られた。各国首脳が原爆資料館から出てきたのは、正午12時きっかりだ。そして12時5分に慰霊碑にそろって献花した。これは明らかにNHKの正午のニュースを意識した演出である。
NHKは、普段は12時20分までのニュース番組を45分まで拡大して、この様子を実況中継した。岸田内閣やリベラル派に手厳しいコメントを出す保守派の女性闘士、有本香さんですら、献花の瞬間「感無量」とツイートしたほどだから、演出は大成功したと言えよう。
もっとも有本さんは、閉幕にあたって「今回は、大成功でしたが」と言いつつ「演出含め最高に上手くやった関係者はまさにGJです。」とツイートしており、演出に騙されない姿勢を示している。
ゼレンスキー疲れの欧米
ウクライナのゼレンスキー大統領の突然の訪日も、明らかに演出された政治劇だった。当初、ゼレンスキーはオンライン参加とされ、彼が日本に向かっていると一部で報道されても、日本政府はオンライン参加だと言い張っていた。
だが20日にフランスの政府専用機で広島空港に降り立ったとき、そこに待ち受けていたのは岸田総理の最側近である木原誠二官房副長官だ。ゼレンスキーが訪日することは、米国、フランス、日本の間で以前から決まっており、すべてはそれを劇的に見せるための演出だったのである。
だが、主催国である日本が劇的な演出を図るのは当然だが、なぜ米仏が劇的な演出を図る必要があったのか?それは同日、サリバン米大統領補佐官が広島での記者会見で「米国は同盟国が米製戦闘機F-16をウクライナに供与するのを容認する」と発表したことで明らかだ。
ゼレンスキーは以前からF-16の供与を米国に求めていたが、米国は拒否し続けていた。業を煮やしたゼレンスキーは、英仏を訪問して戦闘機の供与を要請したが、そこでも色よい返事は得られなかった。欧米は実は要求ばかりするウクライナにウンザリしている、つまりゼレンスキー疲れなのである。
だが国際世論はウクライナに同情的で、欧米はもっと支援すべきと主張する。板挟みとなった欧米の苦肉の策が、ゼレンスキー電撃訪日、米国のF-16供与容認発表という演出劇である。
だが、米国が直接F-16を供与するわけではない。NATO諸国が供与するのを米国は容認すると言う立場である。バイデン大統領は「ウクライナは、ロシア領内でF-16を使用しないと約束した。」と条件付き容認であることを明らかにしている。
米国は、ウクライナがF-16でロシア領を攻撃し、その反撃としてロシアが戦術核兵器を使用する事態を恐れているのである。
しかも、パイロットの訓練は数か月以内に始まるというが、訓練が完了するには最低でも4か月かかると言われており、F-16が実戦配備できるのは年末になってしまう。ウクライナの反転攻勢には到底間に合わないのである。
核廃絶の理想と現実
19日に、G7首脳らが慰霊碑に献花した、その翌日出された首脳声明には「私たちは現実的かつ実用的で、責任あるアプローチをとることにより、すべての人にとって安全が損なわれない核兵器のない世界を実現することへのコミットメントを表明する」とある。
これで核兵器廃絶が実現できると思う人は誰もいないだろう。所詮、核兵器のない世界を実現することへのコミットメントに過ぎないのだから。そして「現実的かつ実用的で、責任あるアプローチ」とは、核拡散防止条約(NPT)のことなのだ。
だがイスラエル、インド、パキスタン、北朝鮮が核兵器を獲得して、NPT体制の破綻は誰の目にも明らかだ。しかも、そのインドの首脳は広島サミットに参加している。この現実を見れば、この首脳声明は、もはや核兵器廃絶の理想が破綻したことを宣言していると解釈した方が、分かりやすかろう。
現在の米露の配備されている戦略核弾頭数は米国1389発、対するロシア1458発である。これは新START(戦略兵器制限条約)により米露ともに1550発以内に制限されているからだ。米露はこうして核戦力の均衡を保っているのである。
ところが、新STARTには中国は加盟していない。中国は現在、400発超の核弾頭を配備していると見られるが、核軍拡に乗り出しており今後、年100発ずつ増加させていくと見られている。
もし中国とロシアが核戦略で提携した場合、米国の1389発に対して露中は約1900発となり、既に核戦力の均衡は中露に傾いている。そして10年以内に中露は米国の2倍の戦略核弾頭を配備することになり、核戦力の均衡は崩壊する。つまり米国の核戦略体制は崩壊するのである。
40年前のサミットとの違い
今回の広島サミットのちょうど40年前、米国のバージニア州ウィリアムズバーグでG7首脳サミットが開かれた。議長国である米国の当時の大統領はロナルド・レーガン、日本は中曽根総理、英国はマーガレット・サッチャー首相、フランスのミッテラン大統領、西ドイツのコール首相など、そうそうたる首脳が顔を揃えた。
1970年代の後半、米国がベトナム戦争に敗退して軍縮するのを尻目に、ソ連は軍拡を続け核兵器および通常兵器において米国を凌駕していた。1981年に米大統領に就任したレーガンは、ソ連に対抗して大軍拡することを表明し、核戦力および通常戦力の拡大を決定した。
従ってウィリアムズバーグでの最重要の議題は、当時ソ連が東ヨーロッパに配備した中距離核弾道ミサイルSS-20であった。現在、中国が中距離核ミサイルを東アジアに配備を進めているのと、類似している状況だった。
だが1983年ウィリアムズバーグ・サミットと2023年広島サミットで出した結論は真逆だった。ウィリアムズバーグでG7が出した首脳宣言では、ソ連に対しSS-20の撤去を要求し、要求が受け入れられない場合、米国の中距離核弾道ミサイル、パーシング2型を西ヨーロッパに配備すると言う、驚くべき結論だった。
つまり第3次世界大戦も辞さずという、強硬な姿勢をG7は示したのだ。そして実際にパーシング2型の配備が始まり、驚いたソ連は態度を一変させ、1987年に米ソ間で中距離核戦力全廃条約(INF)が締結され、SS-20とパーシング2型は全廃された。1989年には、米ソは軍縮で合意し、米ソ冷戦は終了したのである。
これは、戦後、世界的レベルで軍縮が成功した唯一の実例である。ここから学ぶべき教訓は、相手の軍拡を止めたい場合は、こちらも軍拡し、相手の軍拡の効果を減殺させ、しかる後に軍縮交渉に持ち込む事なのだ。
40年前のウィリアムズバーグ・サミットではG7は、ソ連の軍拡に挑戦すると決意し団結し、その結果、平和の果実を得た。その40年後の広島サミットでは、中国の軍拡に挑戦するとの強い決意はどこにもなかった。
これで中国が軍拡を停止するとは考えられず、10年以内に、米国の戦略体制の崩壊を招かざるを得ない。広島サミットは失敗である。
(了)
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