過去10年間における中国共産党の台頭と大規模な軍事力の追求は、インド太平洋地域に限らず、国際的な安全保障秩序を脅かすものであると、専門家は指摘している。中国人民解放軍の近代化は、南シナ海や台湾、そして米国とその同盟国や提携国が共有する「自由で開かれたインド太平洋」というビジョンに影響を及ぼす、同地域の安定に短期的かつ長期的な影響を与える可能性がある。
中国の第14次五か年計画(2021-25年)では、中国人民解放軍がより重要な戦力となることが示されており、各国の軍は中国人民解放軍の進化に伴う潜在的な課題に対応するべく、その影響を評価し、国防戦略や予算を調整する必要に迫られている。
「この決定的な10年において、人民解放軍の戦い方の輪郭を理解し、その現在の活動と能力を調査し、将来の軍事近代化目標を評価することが重要である」と米国国防総省(DOD)の2022年度版報告書「中華人民共和国に関わる軍事・安全保障の発展 」は述べている。
2017年の第19回党大会で、中国共産党の習近平総書記は、戦闘即応性を向上させるための中国人民解放軍の近代化タイムラインを発表した。同タイムラインは、2027年までに、機械化(武器・車両)、情報化(情報戦)、知能化(人工知能の速度や処理能力を軍事計画に応用)の統合開発を加速させることを求めている。
また、国家の近代化に伴い、軍事理論、組織構造、軍人、武器・装備を包括的に近代化し、2035年までに国防と軍事近代化を完了させることを表明している。その目的は、2049年までに中国人民解放軍を世界トップクラスの軍隊にすることだ。中国共産党の軍事誘導理論は、戦争と国防に関する体系的な思考を表しており、毛沢東、鄧平小平、江沢民、胡錦濤、そして現在の習近平の指導者の思想が組み込まれていると、ランド研究所の報告書「人民解放軍の作戦概念」は指摘する。
中国共産党の2027年目標は、中国人民解放軍の創立100周年に合わせたものだ。米国国防総省の同報告書によると、中国メディアは軍関係者の話を引用して、「中国人民解放軍の2027年の目標を、インド太平洋地域で米国軍に対抗する能力を開発し、台湾の指導者を中国側の条件で交渉のテーブルに着かせることに結びつけた」という。要は、習主席は2027年までに台湾を侵略できるだけの軍備を整えたいと考えているのだ。しかし、「だからといって、2027年あるいは他の年に侵略すると決めたわけではない」と、ウィリアム・バーンズCIA長官は2023年2月にCBSテレビの番組「フェイス・ザ・ネイション」のインタビューでこう語っている。
習主席が人民解放軍の近代化に向けて「より迅速に取り組む」と宣言した、北京での中国共産党第20回党大会の開会式を後にする軍の出席者たち。 AP通信
2021年6月、米国上院歳出委員会で、統合参謀本部議長のマーク・ミリー(Mark Milley)陸軍大将は「これは能力であって、攻撃や奪取の意図ではない」と述べ、さらに、「私の評価は作戦評価だ。今後1、2年という短期的な定義で、攻撃や奪取の意図があるのかという問いに対して、現時点で見た私の評価は「ノー」だが、それはいつでも変わる可能性がある。意図は急に変わることがあるものだ」と語った。
戦略国際問題研究所の「チャイナ・パワー・プロジェクト」によると、中国は2022年の国防予算に、2021年の予算約28兆215億円(2,022億ドル)を上回る約32兆400億円(2,296億米ドル)を割り当てたという。2022 年の予算は10年ぶりに2年連続の予算増額となった、とチャイナ・パワー・プロジェクトは指摘する。
「中国共産党は今、中国人民解放軍がインド太平洋で米国軍に対抗し、世界中に勢力を拡大するために必要な能力を提供する目標を2027年と方向付けた」と、2023年4月にジョン・アクイリノ米インド太平洋司令官が米下院軍事委員会で証言した。
さらに「2022年10月、中国共産党第20回全国代表大会は、『戦略的抑止のシステム』の強化を含む、今後5年間の中国人民解放軍の近代化目標の加速に焦点を当てた目標を設定した。第14次五か年計画では、中国政府は、複雑な現代軍事作戦を可能にするために必要であると中国共産党が考える新興技術で世界的に優位な地位を確保するために、すでに実施されている複数の国家戦略をさらに強化している。中国は高度な軍事力を求めて、世界中の技術や人材を狙い、その確保を続けている」と述べた。
地域全体で軍事予算が増加傾向
この地域全体で、各国は軍隊により多くの予算を割り当てている。米国は引き続き最大の軍事費支出国となり、2023会計年度の国防予算は約119兆7,330億円(約8,580億ドル)で、ジョー・バイデン米国大統領の政権が要請した金額より約6兆2,790億円(450億ドル)上回っている。その総額は、2022年の国防予算より10%近く増加したことになる。
「世界の民主主義が攻撃され、法治に基づく国際秩序が脅かされている今こそ、強力な国家安全保障と防衛戦略が必要であり、この法案はその実現に役立つ」と、2022年12月に当時軍事委員会の委員長だったアダム・スミス(Adam Smith)米下院議員は述べている。
ストックホルム国際平和研究所によると、2021年の軍事予算は米国が世界一で、中国、インド、英国、ロシアがそれに続いた。オーストラリア、韓国、日本も国防費支出国として上位にランクされている。
エコノミックタイムズ紙によると、インドの国防予算は約10兆1,300億円(726億ドル)だ。インドは、国内企業による開発とパートナーシップによって防衛力を強化することを優先してきた。ディフェンス・ニュース誌によると、インドは2023年1月、ミサイル、防空、海軍兵器に約728億円(5億2200万米ドル)を支出する計画を発表した。
同誌によると、承認されたプロジェクトは、国内企業のみから取得するもので、ヘリナ対戦車誘導ミサイル、陸軍用短距離防空システム、ブラモスミサイルランチャー、そして海軍艦船用火器管制システムなどが含まれている。インドは、防空網を強化する理由として、中国軍との国境での衝突が続いていることを挙げている。
ロイター通信によると、オーストラリアは、2023年6月期の国防予算を8%引き上げ、2026年半ばまで国内総生産(GDP)の2%以上にすると発表した。今回の支出増は、オーストラリアが太平洋島嶼国との外交関係を拡大し、太平洋における経済的・戦略的影響力を得ようとする中国の試みに対抗するためのものであるとロイター通信は報じている。
アナリストによると、オーストラリアの国防予算の多くは、原子力潜水艦の調達、能力の近代化、艦隊のアップグレードに向けた、艦艇や潜水艦の研究開発費に充てられるという。
グローバルデータ(GlobalData)社の航空宇宙・防衛アナリストのアカシュ・プラティム・デバルマ(Akash Pratim Debbarma)氏は、「ロシア、中国、北朝鮮といった国々における急速な軍事近代化と技術開発は、オーストラリアに戦略的課題をもたらすと予想される」とウェブサイト「アーミー・テクノロジー(Army Technology)」で指摘し、さらに、「島国であるオーストラリアにとって、海軍力の近代化は必要不可欠だ」と述べている。
情報分析サイト「ジェーンズ(Janes)」によると、韓国国防部は2023年の国防予算を2022年比4.6%増の約5兆8,750億円(421億米ドル)と発表した。韓国は、この増加要因を北朝鮮の不安定な核・ミサイル開発計画を指す、朝鮮半島の「厳しい安全保障状況」にあるとしている。韓国軍は近代化に加え、作戦対応能力の強化、戦闘予備弾薬の調達、人工知能、電子戦、ロボット工学、自動化システムなどの分野の能力開発への予算が増えるとジェーンズは報告している。
日本は2023年度に過去最高の防衛予算を概算要求し、2027年までに支出を国内総生産の2%に倍増させることを表明している。日本政府は、防衛施設や海上防衛船などの建造費を20%増の約7兆6,720億円(550億米ドル)とした理由として、北朝鮮、中国、ロシアからの安全保障上の課題を挙げている。
BBCによると、岸田首相は2022年12月、「残念ながら、我が国の周辺には、核能力の強化、急速な軍備増強、武力による一方的な現状変更の試みなどの活動を行う国がある」とし、日本が「我が国の防衛力を根本的に強化するために」、今後5年間で防衛費を約43兆円(3325億米ドル)に増額すると述べた。
日本政府は、中国を日本の安全保障と安定に対する最大の戦略的課題と位置づけている。
習主席が人民解放軍の近代化に向けて「より迅速に取り組む」と宣言した、北京での中国共産党第20回党大会の開会式を後にする軍の出席者たち。 AP通信
台湾も記録的な軍事費を確保し、2022年比で15%増となる約2兆6,510億円(190億米ドル)の防衛費を計上したとタイム誌は報じた。即応性を高めるため、台湾は制度的な軍事改革を実施しており、また18歳以上の男性の義務兵役を4か月から1年に延長した。ロイター通信によると、中国からの脅威の高まりに伴うこの変更は2024年1月に施行され、16万5千人の台湾軍に毎年最大7万人の新兵が加わる可能性があるという。
台湾の蔡英文総統は2022年12月に、「台湾は権威主義の膨張の最前線に立ち、民主主義の世界的な防衛の前衛に立っている」とし、「戦争に備えることによってのみ、戦争を回避することができる。戦う能力を持つことによってのみ、戦争を阻止することができる」と述べた。
米国の国防予算には、台湾に対する安全保障支援として最大 1兆3,950億円(100億米ドル)の予算と、自治領である台湾のための武器調達を迅速に行う項目が含まれている。
中国の軍、能力、戦力投射
中国人民解放軍は、陸・空・海・核・宇宙・対宇宙・電子戦・サイバースペースの作戦を行うために、あらゆる領域で能力を近代化し、能力を向上させようとしている。
米国国防総省によれば、「中国人民解放軍は、中国がインド太平洋地域への第三者の介入を思いとどまらせ、抑止し、あるいは命令されれば打ち破るための選択肢を提供する能力を積極的に開発している。また、インド太平洋地域のより深部、場合によっては全世界で軍事作戦を展開する能力の開発も進めている」という。
米国国防総省の年次報告書「中国軍事力に関する報告書」によると、中国人民解放軍は以下のような戦力を有している。
中国人民解放軍陸軍(PLAA)の戦闘部隊の現役兵力は約97万5000人で、中国人民解放軍の主要な地上戦力となっている。2021年、中国人民解放軍陸軍は現実的で標準化された訓練を重視した。
中国人民解放軍海軍(PLAN)は、125隻の主要な水上戦闘艦を含む約340隻の艦船と潜水艦を保有しており、数字で言えば、世界最大の海軍となっている。
中国人民解放軍空軍(PLAAF)と人民解放軍海軍航空隊を合わせると、この地域で最大の航空部隊であり、世界で3番目に大きな航空部隊となる。航空部隊は、訓練機と無人航空システムを除いて、2,800機以上の航空機を保有している。中国人民解放軍海軍は2019年、初の核弾頭搭載型の空対空給油可能爆撃機を公開した。
中国人民解放軍ロケット軍(PLARF)は、中国共産党の戦略的陸上核および通常ミサイル部隊、関連支援部隊、ミサイル基地を運用、装備、訓練している。2021年、中国人民解放軍ロケット軍は、試験と訓練のために、世界の他の国々の合計よりも多い135発の弾道ミサイルを発射した。
戦略支援部隊(SSF)は、中国人民解放軍の戦略空間、サイバースペース、電子情報、通信、心理戦の任務と能力を集中管理するために設立された戦域指揮レベルの組織である。
合同兵站支援部隊(JLSF)は、訓練や民間の製品やサービスの統合を通じて、戦略や作戦レベルのロジスティック効率を向上させることを目指している。合同兵站支援部隊はまた、中国の新型コロナウイルス感染症対策を支援している。
国家戦略
米国国防総省によると、中国共産党の近代化目標は、中国の国家発展の意欲と合致するものであるという。「中国の海外における経済目標は、党が国の生産力(産業、技術、インフラ、人的資本)と呼ぶものを強化
することに重点が置かれており、党はそれが世界一流の軍隊の構築を含む、国の政治的・社会的近代化を達成する手段であるとみている」と米国国防総省は報告し、さらに、「国家産業と技術基盤を成長させるための党国家による飽くなき努力は、中国の軍事的近代化だけでなく、中国の世界中の経済パートナーにとっても重要な意味を持つ」としている。
米国国防総省によると、軍隊の近代化は、強力な軍隊を持つ豊かな国になることを目指す中国の戦略にとって不可欠なものであるという。
専門家たちは、中国人民解放軍が米国軍に追いつくためには大きな課題があると見ている。
アメリカン・エンタープライズ研究所の研究助手ベン・ヌーン(Ben Noon)氏と、海軍研究事務所の海軍科学技術協力プログラムの責任者クリス・バスラー(Chris Bassler)氏は、ウェブサイト「ウォー・オン・ザ・ロックス(War on the Rocks)」に2021年10月に寄稿した論評で、「特に、部門間の連携に中国人民解放軍が苦慮している点と、人工知能による軍事革命という彼らの信念の意味を踏まえたドクトリンの更新という課題は、中国軍を広く理解する上で重要な特徴を表している」と指摘している。さらに、「成長を続けているとはいえ、中国人民解放軍が軍事近代化の目に見えない部分をどれだけ処理できるかは、中国軍の将来の戦争遂行能力にとって極めて重要である」
としている。
中国人民解放軍は急速に拡大しているものの、現代の戦場でその実力はまだ試されておらず、その「真の戦闘能力」については内外の観測筋が不確実だとしていると両氏は指摘している。これは、中国人民解放軍の動きを注意深く観察し、その方向性について中国人民解放軍の発言を慎重に分析する必要があることを意味する。
米国国防総省の報告書も同様の評価を示しており、「中国の国家戦略の信条を理解することが、中国の安全保障と軍事戦略の推進力を理解するために不可欠だ。このことは、人民解放軍の戦力、技術的進歩、組織、作戦概念など、人民解放軍の改革と近代化の現在および将来の方向性について洞察を与えるものであり、これらはすべて、中国の国家目標を支えるための軍事的選択肢の拡大をもたらす可能性がある」と指摘している。
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