福島第一原発処理水の海洋放出開始後、日本政府は「海水や近隣地域の水産物から、放射性物質であるトリチウムは検出されなかった」という検査結果を繰り返し発表している。にもかかわらず、中国政府は日本への反発を強めており、中国国内では再び反日ブームが巻き起こっている。
その背景にあるのは、中国国営メディアによる日本への批判報道にあるとみられる。そうした偏向報道によって科学的根拠に基づかない感情論が先行するとともに、これに与しなければ中国人として恥ずかしいというような「同調圧力」も加わって、中国の民衆の反日民族主義に再び火をつけたようだ。
中国のオンラインでは、日本製品の不買運動を促す書き込みが相次いでいる。また旅行会社では、日本向け団体旅行の予約キャンセルも増加しているという。
さらには、現地の複数の日本人学校に石や卵が投げ込まれる事件や、中国から日本に向けての嫌がらせ電話も多数報告されている。青島の日本総領事館周辺では、日本人を侮蔑する言葉を大きく書いた落書きが確認された。
「自分の店を壊す」のは何故か?
こうしたなか、今月25日、貴州省にある日本料理店の店主が「自分の愛国心を示すために」自らの手で店を破壊して、その様子を撮った動画をSNSに投稿した。
店主である付さん(20代男性)は、店内の壁に貼られた日本風(ちびまる子ちゃんなど日本アニメ)のポスターや店内の日本関連の装飾品などを乱暴に引き剥がし、食器や酒瓶などを床に叩きつけながら、吐き捨てるように言う。
「民族主義的感情が高まっている。私はとても怒っている。日本と関連する物は全て取り除く。日本料理店はやめた。これからは中国風の店にする」
何のために自分の店を壊すのか、全く理解に苦しむのだが、この動画は今、中国SNSのホットリサーチ入りしている。
ただ、過去に中国で実際に起きた反日暴動の実例(例えば2012年の反日デモ)を思い返すと、一つの推測が可能になってくる。
あの時、目を吊り上げ、棒を振り回す暴徒と化した群衆が「日本料理店」や「日系資本の百貨店」あるいは、たまたま通りかかった「日本車」に襲いかかり、問答無用でめちゃめちゃに破壊するという狂気を見せた。
この「付さん」という若い店主の本心を確認する方法はないが、あるいは本当に自分の店を守るため、暴徒に店が襲われる前に、店内の日本風の装飾物を自分で引きはがすという「必死の演技」をしていたのかもしれない。
わざわざ自分を動画に撮って投稿するというパフォーマンスのなかには、自身の「愛国心の顕示」というより、この後「反日暴動に巻き込まれ、自分の店が襲撃されたら、たまらない」という現実的な自己防衛の意図があっても不思議ではないからだ。
冷ややかな世間の反応
いずれにしても、この動画のコメント欄には、投稿者への共感とは真逆の「ちょっとやり過ぎじゃない」「どうせ人気を集めるためのパフォーマンスだろ」「壊したのは、金にならないものばかりだ」といった冷ややかな意見が殺到している。
こうした世論の反応を受け、付さんは自店を「破壊」した2日後(27日)に中国メディアの取材を受けて、事情を説明するはめになった。
「私の日本料理店の経営はうまくいっていた。動画を投稿したのは(日本の処理水放出に対する)自分の怒りを表したかったからだ。そして、これから改装して、別スタイルの店にすることをお客さんに教えたいだけだ。まさか、ここまでの反響を引き起こすとは思ってもみなかった」
付さんは、そう語るとともに「店を壊したのは、あくまで私個人の行為である。皆さんは、盲目的にこの例に倣わないことを願っている」などと述べて、自身がしたことが世間に過剰に受け止められたことに、少なからぬとまどいを見せた。
付さんは「経営はうまくいっていた」という。しかし、中国メディア「紅星新聞」によると、付さんは8月21日に自身のウェイボー(微博)で「(日本料理店を)開業して4カ月になるが、経営していくことが難しくなった。店を譲渡したい」などと明かす動画を投稿していたという。
現在この店は「閉店中」だが、賃貸契約はまだ8カ月も残っているため、今後は、中国風の居酒屋にする予定であり、改装工事が完了したら営業を再開するという。
つまり、商売を止めるわけではないらしい。だとすれば、やはり「自分の店の破壊」は、形は変えても店として存続するための「必死の演技」だったのかもしれない。もちろんそのことを、当人ではない他者が批判する必要はないだろう。
反日ブームを前に、対策に追われる
中国の税関当局は24日、日本産の水産物の輸入を全面的に停止すると発表した。国内で高まる反日ブームをうけて、中国国内の日本と関係する店などは対策に追われている。
ある日本料理店は「うちでは日本からの食材を使っていない」ということを、重ねて発信している。
天津市のある寿司店は、看板にあった「日本」の文字を隠した。上海の日本料理店も「放射能対策定食(野菜が中心の定食)」という新メニューを急遽用意した。
こうした事態を受けて、在中国の日本大使館は「迷惑電話は犯罪行為」と警告し、中国政府に厳正な対処を求めた。また、仕事や留学などで中国に滞在する日本人に対しても「不測の事態が発生する可能性は排除できない」として、外出の際には大声で日本語を話さないなど、慎重な行動を呼び掛けている。
反日ブームはこれまでにも「辱華事件」をきっかけに、たびたび巻き起こってきた。
特に大規模だったのは、日本政府が尖閣諸島を民間から買い上げた2012年の反日ブームであった。中国国内の少なくとも70都市で反日デモが起き、多くの日系デパートやスーパー、レストランのほか、中国人が所有する日本車まで、暴徒によって破壊された。
この「辱華(ルゥフア)」とは、長年にわたり中国共産党の洗脳を受けてきた中国人が罹患しやすい、特有の病(やまい)である。全く一方的に「中国の誇りを傷つけられた」と逆上して、日本をはじめとする外国、あるいは外資系企業を感情的に糾弾する行為を指す。
記憶に新しいのは今年4月、上海で行われた上海国際モーターショーで、ドイツ車のBMWのブースで無料配布したアイスクリームについて、一部の中国人客から「外国人だけに配った。中国人を差別した!」とクレームがあがり、大騒ぎになったことがある。
「政治的な茶番劇」に踊らされるな
いずれにせよ、辱華(ルゥフア)からくる理性を欠いた集団行動は、中国共産党が民衆を都合よく操作する「愛国民族主義」に極めて利用されやすい。
そうした意味で、中国の「反日」もまた、中共当局による洗脳と民衆操作(特にメディア統制)が生んだ政治的産物であると言ってよい。
この反日ブームについて、あるアナリストは以下のように述べて、中共の隠された意図を一蹴する。
「反日ブームは、すべて中国当局が仕組んだ政治的な茶番劇だ。特に近年台湾と近い日本の評判を落として、外交的にも日本を孤立させることがその目的である」
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