侯徳健作詞作曲の歌曲「龍的傳人(龍の継承者)」ができたのは1978年である。
歌の生まれは台湾であるが「まだ実際に見たことがない長江の美や、黄河の壮大さを、私は夢に見ている」というような(台湾人から見た)大陸への郷愁を誘うフレーズもふくまれているため、台湾を懐柔したい中共当局もこれを歓迎した。
こうした背景もあって「龍的傳人」は、80年代の初めから大陸中国でも広く愛唱される一曲となった。中国人にとっては、もはや懐メロの代表曲と言ってよい。
そのタイトルにもある「龍的傳人」は、龍に象徴される中華民族を指す。
歌詞の原義は、作者の侯徳健氏が、今から124年前の義和団事件(1900)に関連して、欧米諸国と日本の八カ国連合軍が清朝の北京を占領した歴史からインスピレーションを得たとされる。
したがって、元の歌詞そのものは、今につながる現代史や政治的異見を示唆したものではない。
ところが、この侯徳健氏の「龍的傳人」は、例えば89年の六四天安門事件に至る前に、民主化要求デモの学生たちが歌詞の一部を替えて歌うなど、中国共産党を超越した次元において、中国人が自民族のアイデンティティを感得するプロテストソングとしても歌われてきた。
その「龍的傳人(龍の継承者)」が今、新たな形で注目されている。中国共産党体制を痛烈に風刺する、たっぷりと毒の効いたパロディソングなのだ。
ただし今回登場した「龍的傳人」は、40年前のその歌とは歌詞もメロディも違う、作者も異なる、全く別の歌である。
そうでありながら、中国人なら誰もが知っているタイトル「龍的傳人」を冠しているところに、言わば作者の大胆不敵な狙いがあると言ってよい。
盆踊り動画「Tokyo Bon」で日本でも大人気のマレーシア人歌手、Namewee(黄明志)氏による、中国共産党体制を揶揄する新年の歌「龍の継承者(龍的傳人)」が先月26日にYouTubeで公開された。1週間足らずで、400万回以上再生されるヒット曲となっている。
ミュージックビデオのなかでは、龍の文様の龍袍(中国の皇帝の衣装)をまとい、くまのプーさん(ただし、モザイク付き)のマスクをつけた大柄な男性が馬に乗って「皇帝役」を演じている。その声は、中共党首・習近平の声と実によく似ている。
しかも「龍の継承者」の歌詞のなかには「日本の処理水」「ゼロコロナ」「貧困撲滅」「六四天安門事件」「韮菜(ニラ、搾取される人民の例え)」といった敏感ワードが多数含まれている。
(2024年版「龍の継承者」は、中共党首と中共体制を揶揄するシーンが満載)
「龍の継承者」の宣伝ムービーのなかには、反対意見を許さない中共体制を揶揄するシーンがあった。
動画のなかで、くまのプーさんの「皇帝」は、こう宣言する。
「わたくしWinnie(くまのプーさんの名前)は中央を代表して、中華の五千年文化を広めるために黄明志(Namewee)を招待する。国内外の中国人とともに辰年を祝い、両岸統一を促進する。反対の人は、手を挙げてください」
すると壇下からは次々と「(反対意見は)ないです」の声が上がる。ところがそのなかで、一人の男性が手を挙げて「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど…」と何かを言おうとした。
すると、すぐさま黒服の男たちに引きずり出され、ボコボコにされて「消された」のだった。一仕事を終えた黒服の男は元の場に戻り、反対意見を言おうとした男の代わりに「ないです」と言った。すると「皇帝」は即座に、提案が可決されたことを宣言する。
このシーンは、中共党首が第20回全国代表大会(20大)で、自身の全会一致での再選を発表する時の様子を再現したものとされている。
(「龍の継承者」の宣伝ムービー。反対意見を許さない寸劇入り)
「創作の鬼才」として知られるNamewee氏は、2021年にも中国共産党体制を揶揄するコラボ曲「ピンクの歌(あるいは『ガラスの心』英語:fragile、中国語:玻璃心)」を公開した。
この歌もYouTubeで7千万回以上再生される大ヒット曲となっているが、中国のSNSで公開された翌日、Namewee氏とオーストラリアの女性歌手Kimberley Chen(陳芳語)さん2人のSNS微博(中国版X)アカウントが永遠に削除されている。
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