近年、ラテンアメリカ諸国では左派政権が台頭し、イスラム系テロ組織に有利な土壌が作り出されている。専門家らは、イランの支援を受けるテロリストがより大胆な行動に出ており、ラテンアメリカ地域にとって大きな脅威になっていると指摘した。
米陸軍戦略大学でラテンアメリカ情勢を研究するエヴァン・エリス教授は、「(ラテンアメリカには)イランとイランが支援するテロ組織ヒズボラのネットワークがあるだけではなく、影響力もあるのだ」と指摘した。エリス氏は元米国務省官僚でもある。
エリス氏によると、ラテンアメリカにおけるテロ組織の影響力とネットワークの拡大は2000年代半ばまで遡ることができる。当時、ベネズエラのウゴ・チャベス元大統領やボリビアのエボ・モラレス元大統領、エクアドルのラファエル・コレア元大統領など左派のポピュリズム指導者らが台頭し、イランとの関係を構築していた。
昨年、イランとヒズボラの工作員がベネズエラ経由でラテンアメリカに渡ったとの報道があった。それを裏付けるように、ベネズエラ経由でラテンアメリカに入った航空機が米国の要請によりアルゼンチンで拿捕された。航空機にはイラン国籍の5人が搭乗していたが、パラグアイ政府関係者は、5人はテロ組織として指定されている「コッズ部隊」の関係者であると主張した。いっぽう、アルゼンチンは5人の乗組員と「コッズ部隊」との関連を否定した。
航空機が拿捕されたのは、ちょうどポピュリズム勢力がラテンアメリカで再び勢いづく時期だった。
「2023年後半、イランは石油取引について話し合うためにニカラグアを訪問するなど、より深い関与をしている。そして、イランのエブラヒム・ライシ大統領が国防相を含む閣僚と共にベネズエラ、ニカラグア、キューバを歴訪し、複数の契約を締結した」とエリス氏は指摘した。
イスラエル・ハマス戦争で、ラテンアメリカ地域とイランとの繋がりはさらに明らかになった。2023年11月8日、ブラジルではヒズボラの工作員2人がテロを計画した容疑で逮捕された。米国南部国境には抜け穴が多く、米国本土に対するテロ攻撃の脅威が高まることとなった。
10月31日、左派政権が支配するチリとコロンビアは駐イスラエル大使を召還し、イランが支援するテロ組織「ハマス」に対するイスラエルの攻撃を非難した。
ボリビアは同日、イスラエルとの国交を断絶した。同国は2023年7月、イランと国防及び安全保障協力を強化する協定を締結した。当時、イランの国防相は「ラテンアメリカ諸国はイランの戦略的展望において特別な位置を占めている」と発言、ボリビアとの協定は他の国々にとって手本になるだろうと主張した。
エポックタイムズのインタビューに応じたボリビアの元防衛相カルロス・サンチェス・ベルサイン氏は、ラテンアメリカの国々は「21世紀型社会主義」によって支配されており、「キューバが65年間主張してきた反米レトリックを受け入れ、米国の敵に変貌している」と指摘した。こうした変節ぶりは「重大な政治的・安全保障的な結果をもたらすだろう」と警鐘を鳴らした。
「21世紀型社会主義」とは、ベネズエラの独裁政権が多用するレトリックで、そのイデオロギーの代名詞となっている。
ベルサイン氏は、ボリビアは社会主義政権が「復活」した一つの事例であると語った。
「ボリビアは今、独裁政権に支配されており、キューバの独裁政権の言いなりになっている。ボリビアの外交政策を見れば一目瞭然だ。ボリビアはイラン、ロシア、中国のような他の独裁政権に仕えている。ボリビアはこれらの国々と伝統的または合法的な利害関係がなく、根底にあるのは汚職だ。ボリビアは犯罪が蔓延る国家になり、『反帝国主義』というレトリックのもと、テロリズムといった犯罪を助長している」
米国のイラン問題専門家エマヌエーレ・オットレンギ氏は、近頃テロリストのネットワークが成長していると指摘した。
オットレンギ氏は昨年10月28日付の記事で「ルラ政権の『好意』のおかげで、ヒズボラとイラン勢力は治安当局の監視をほとんど受けることなく、活動を展開することができている」と分析した。「過激なパレスチナ出身者が多いチリでは、イラン系工作員とヒズボラのネットワークが政府、マスコミ、学術界に浸透しており、違法な金融ネットワークも運営している」。
米当局者によると、イラン当局はヒズボラに対し年間数億ドルの資金援助を行っているほか、武器なども供与しているという。
オットレンギ氏は「ヒズボラは過去数十年の長きにわたり世界的なネットワークを構築し、そのネットワークを利用して違法な金融活動に従事してきた」と語った。さらに、「ヒズボラはラテンアメリカの犯罪組織と広範な関係を構築」しているため、「武器や弾薬を入手できるほか、出入国管理局や税関等に勤務する腐敗した役人にも接触することができるようになった」と警鐘を鳴らした。
2017年には、イスラエル大使館や米国大使館、パナマ運河などを狙ったヒズボラ関係者が逮捕された。2021年には、ヒズボラ関係者がコロンビアでイスラエル人とアメリカ人を暗殺しようとしたことが確認された。
このように、ヒズボラをはじめとするイランとその関連組織がラテンアメリカで長年にわたって広範囲に活動してきた中で、彼らに友好的なラテンアメリカの政治環境に対する懸念はますます高まっている。
オトレンギ氏によると、ラテンアメリカのほとんどの国がヒズボラをテロ組織として規定していないため、ラテンアメリカでのヒズボラの活動を監視・規制することは困難な状況にある。
密接な関係
ラテンアメリカの左派政権による違法活動への支援や、イランとの直接的な犯罪行為への関与は、広く報告されてきた。
ラテンアメリカ諸国は、インターポールによって指名手配されているテロリストに偽のパスポートなどを提供することで超国家的なテロ活動を助長しているという疑惑がある。
2013年の米下院国土安全保障委員会の公聴会で、対テロ専門家のマシュー・レヴィット氏は「ヒズボラ工作員が中南米で偽の書類を迅速かつ容易に入手できている」と述べた。さらに、「イスラエル諜報機関によると、ヒズボラ工作員はこの種の偽パスポートを多用しており、世界各地を飛び回っている」と指摘した。
マシュー・レヴィット氏は当時、ワシントン近東政策研究所の対テロ・情報部長だった。
2017年、イラク駐在のベネズエラ大使館員ミサエル・ロペス氏は、ベネズエラ大使館を拠点としたパスポートとビザの販売スキームを暴露した。ロペス氏は、この計画が政府の認可を受けたものだったとCNNの取材で述べた。
ロペス氏は、ベネズエラのタレク・エル・アイサミ元副大統領に関する機密文書の調査にも協力した。その結果、エル・アイサミ氏が中東出身者173人分のパスポートと身分証明書を発行していたことが明らかになった。173人の中には、ヒズボラ関連者も含まれていた。
ニューヨークタイムズ紙の報道によると、エル・アイサミ氏はヒズボラのための人材募集にも参加し、ラテンアメリカ諸国におけるヒズボラのスパイネットワーク構築に一役買っていたという。
イスラエルメディアの「ハヨム新聞」は2021年、マドゥロ大統領率いるベネズエラ現政権がヒズボラ関係者を匿っていると報じた。機密文書によると、それらのヒズボラ関係者は麻薬や武器の密売、マネーロンダリングなどに関与していた。
ベネズエラにおけるイランの影響力は、もはや公然の秘密となっている。首都カラカスのとある学術センターの名称は、イラン革命防衛隊コッズ部隊の元司令官であるカセム・ソレイマニの名を冠している。ソレイマニはテロリストとして、2020年1月、トランプ大統領(当時)の命を受けた米軍による空爆で死亡した。
ボリビアのベルサイン元防衛相は、自国でも同様の状況が広がっていると語った。
「(社会主義路線の)ルイス・アルセ大統領は、ボリビアの地政学的利点を活かして、自国をラテンアメリカ南部におけるテロの基地とするような軍事協定に署名してしまった」とベルサイン氏。「イラン人がボリビアのパスポートで身分を偽っているという主張は以前からあり、今やイラン人の活動は増加傾向にある」
ベルサイン氏によると、メキシコやコロンビア、チリ、ブラジルなどもボリビアと同じ状況だ。左派の大統領が政権を握ったこれらの国々は、イランのような独裁政権と協力しているという。
ブラジルの元外相エルネスト・アラウホ氏はエポックタイムズの取材に対し、「一つの国が『麻薬と社会主義』を選ぶたびに、その国は直ちにイランの緊密なパートナーになる」と述べた。
ブラジルで左派のルーラ大統領が政権を握っていた2008年、イランの主要なテロリストとされたブルハーヌッディーン・ラッバーニーが同国を訪問した。ある政府関係者によると、ブラジル当局はラッバーニーを逮捕するための作戦を計画したが、ブラジル警察の承認に時間がかかり過ぎたため、同氏は逃走してしまった。
現地メディアの報道によると、ラッバーニーはベネズエラから国営航空でブラジルに入国した。ベネズエラから提供された偽造書類を所持していたという。
イギリスが2021年にハマスをテロ組織として指定した際には、ブラジルの左派系国会議員20人がハマスを支持する書簡に署名した。ブラジルの国会議員らは、パレスチナの解放の大義に向けた支持と連帯だと主張した。
サンパウロ・フォーラム
ベルサイン氏は、21世紀には「民主主義国家と独裁国家」という2種類の米州国家が誕生したと語った。
「独裁政権は共謀して民主主義国を継続的に攻撃しているが、民主主義国は受動的で無防備なままであり、独裁者の存在と拡大を許している」
そうしたなかで現れた1つの組織こそ、サンパウロフォーラム(The São Paulo Forum)だ。サンパウロフォーラムは1990年、ラテンアメリカにおける社会主義勢力を結集するために組織された。これにはコロンビア武装革命軍のような犯罪テロ組織や社会運動団体、政府機関までが参加するフォーラムだ。
現在はすでに削除されたが、2007年にサンパウロ・フォーラムに送った書簡で、コロンビア武装革命軍は「このフォーラムは共産主義の大義のための『生命線』であり『強力な提案』である」と表現した。
サンパウロフォーラムは現在も毎年場所を変えて開催されるなど活発に活動しており、数百の左派団体を擁している。
アラウホ氏は「サンパウロフォーラムに属する団体は、米国近辺で物流基地を提供するほか、マネーロンダリングや偽造パスポートの流通、人材の募集、およびヒズボラに必要なその他の資源にアクセスできる。さらに、イランに対する外交的支援も可能だ」と述べた。
中共のグレートゲーム
サンパウロフォーラムのパウロ・エンリケ・アラウホ研究員は、「イランはラテンアメリカ地域で中国とロシアの先鋒としての役割を果たしてきた」とエポックタイムスに語った。
イランは2021年、中国(共産党)と25年間の包括的戦略的パートナー協定を締結し、安定的な石油供給を約束した。これはイラン産石油に対する国際制裁に違反する内容だ。その一例として、米国は2023年9月、中国に向かう途中だったと推定されるイラン産原油約100万バレルを押収した。
専門家によると、中国(共産党)はラテンアメリカにおけるイランの主要拠点とされるベネズエラに数十億ドルを融資している。
2020年、米国司法省はベネズエラの元・現職指導者15人に対し、「米国に麻薬を氾濫させようとする麻薬テロに関する陰謀の疑いがある」として起訴した。裁判所文書によると、犯罪行為を支援して混乱を引き起こし、米国当局の注意を外らすことは、中共の対ラテンアメリカ戦略の一部であるという。
2021年、クレイグ・ファラー米軍南部司令官は米議会に出席し、「中国、ロシア、イランはラテンアメリカ地域の脆弱な民主主義を積極的に利用し、その地域の資源、米国に近い地理的特性を利用しようとしている」と発言した。
こうしたなか、米航空戦闘司令部は2023年10月、「中国共産党がラテンアメリカ地域で戦略的に地位を築くことに成功し、かなりの影響力を行使しており、これにより民主主義の主権と米国の安全保障利益が脅かされている」との警告を含む記事を発表した。
それだけではない。専門家によると、中共、ロシア、イランはラテンアメリカの左派政権と協力して多国間機構を非合法化し、自分たちの組織に置き換える計画を持っている。
最初の目標は米州協力機構(OAS)だ。米州協力機構は米国ワシントンに本部を置く国際機関で、米州大陸35カ国の全部が加入している。米州機構を無効化し、ラテンアメリカ・カリブ海諸国共同体(CELAC)に置き換えるのが中国、ロシア、イランの目的だという。
現在では、中露とブラジルはBRICSにイランを取り込もうとしている。かつて発展途上国の緩やかな集まりだったBRICSは強固な地政学的な同盟となり、米国と睨み合いを始めている。
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