X(旧ツイッター)の利用者に対して、「今やあなたたちがメディアだ」と実業家イーロン・マスク氏は述べた。
今月行われた米大統領選と兵庫県知事選挙におけるトランプ次期大統領と斎藤知事の当選により、テレビや新聞などのオールドメディアへの信頼度が低下しているとの声が広がる一方、SNSへの注目度が高まっている。
アルピニスト・野口健氏は28日、Xで「大手マスコミに対する不信感が増している中で、衰退していくと不確かな情報が多いSNSが主役になる危うさも感じる」と投稿した。
米大統領選で日米のメディアともに、ハリス氏優勢との見方を伝えていたが、結果はトランプ氏が激戦州をすべて勝ち取り、選挙人獲得数でも圧勝となった。ただし、総得票数では両者は数パーセントの差なので、着眼点によっては圧勝とも接戦とも言うことができる。
異例の注目度となった兵庫県知事選では、斎藤氏に厳しいスタンスだったメディアの報道が目立つ一方、SNSでは斎藤氏を擁護する声やパワハラ疑惑などが文書で告発された問題の真相を究明しようとする投稿が相次ぎ、斎藤氏が再選する結果となった。
このようなSNSに投稿される内容とメディアが報道する内容が食い違い、対立構造が現れ、国民自身が情報の真偽を判断する事態がもたらされた。
マスコミの報道の偏りと信頼性の低下
マスコミは多かれ少なかれ報道の偏りがある。
FOXニュースは保守派に支持されており、共和党支持者が多く視聴している。一方、CNNやMSNBCはリベラル派に支持されており、視聴者層によって報道内容や焦点が異なる。この対立構造が、メディア全体としてのバランスを欠く要因となっている。
そのうえ、アメリカについては地理的に政治的価値観に偏りがあることは周知の通りだ。全国メディアの拠点が海岸沿いに集中しているため、特定地域の政治的傾向が報道姿勢に反映されやすくなっている。
各メディアは異なる観点から問題を報道し、それぞれのニュースフレーミングによって視聴者に異なる印象を与えることがある。
2016年の米大統領選挙において、主要メディアの多くがヒラリー・クリントン候補を支持し、ドナルド・トランプ候補に対して批判的な報道を展開した。米誌「THE WEEK」によれば、国内100大紙のうち、クリントン氏を支持した新聞は57社であったのに対し、トランプ氏を支持したのはわずか2社だった。
このような報道姿勢に対し、トランプ氏は「メディアは不誠実で腐敗している」と批判し、メディア不信を訴えた。結果として、トランプ氏はメディアの劣勢報道をはねのけて勝利を収め、メディアの偏向報道が選挙結果に影響を与えたとの指摘もある。
主要メディアが特定候補および集団に偏った報道を行っていると感じる人々が多く、このことが信頼性および影響力低下の主な原因となっている。
このため、マスコミによる報道の偏りを嫌悪する声が広がっており、SNSが台頭する主因の一つとなった。
10月、ワシントン・ポストは「アメリカ人はニュースメディアを信頼していない」と報じた。米調査会社ギャラップの調査によれば、アメリカ人のうち新聞やテレビ、ラジオに「非常に信頼を置いている」と答えたのはわずか7%で、「全く信頼していない」と答えたのは39%に上った。
米ピュー・リサーチセンターによれば、新聞の発行部数は2000年から半減しており、多数の地方紙が廃刊になるか紙版の発行を停止した。
米シンクタンクのブルッキングス研究所による調査では、1989〜2012年までに記者の数が全米で39%減少した。2018年にはアメリカ心理学会が、日常的に新聞を読む高校1年生が全体のわずか2%であると報告した。
このように、マスコミの信頼性および影響力が揺らぎ、衰退していくマスコミも少ない。
マスコミを忌避する見方が広がっているためか、2024年の米大統領選挙において、これまで特定の候補者を支持してきた米国の主要新聞社が、中立の立場を取る動きを見せている。
ワシントン・ポスト紙は1976年以降、ほとんどの大統領選で民主党候補を支持してきたが、今回の選挙では特定の候補者を支持しない方針を発表した。ロサンゼルス・タイムズ紙も、同様にハリス氏への支持を見送ると発表した。
ワシントン・ポストの発行人兼CEOであるウィリアム・ルイス氏は、「全ての米国民のための不偏不党のニュース提供を目標とし、特定の大統領候補を支持しないという原点に立ち返る」と述べた。
同紙のオーナーであるジェフ・ベゾスは、これを読者の信頼を回復するための「信念に基づいた決断」だと説明した。
ロサンゼルス・タイムズも同様に、今回の大統領選で特定の候補者を支持しない方針を決定した。同紙は2008年以降、民主党候補を支持してきたが、オーナーであるパトリック・スンシオン氏の意向により、支持表明を見送ることとなった。
一方、ニューヨーク・タイムズは今回の大統領選で民主党候補のカマラ・ハリス氏を支持することを表明した。
SNSの台頭と広がる影響力と波紋
昨年には、SNSのユーザー数が50億4000万人を突破。世界人口の約63%に相当する。今後もSNSの利用者は増加すると予測されており、特に新興国やアジア太平洋地域での成長が予想されている。
SNSでは、一般の人がエッセイや動画、ミームを作成し、それが大きな公共的影響を及ぼす例が多数存在する。イーロン・マスク氏は、主要メディアに対する信頼度が下がっていることを指摘するとともに、Xの利用者を「あなたたちがメディアだ」と称賛している。
2024年現在、一般市民がソーシャルメディアでニュースを生み出すことが、日常茶飯事となっており、マスク氏はこれを「人民による人民のためのニュース」と表現した。
7月7日に実施された東京都知事選挙に無所属で立候補した、得票数で2位となった石丸伸二氏は、SNSやYouTube、TikTokなどのプラットフォームで「切り抜き動画」を積極的に活用し、170万票を集めた。選挙戦では、街頭演説の際に「SNS投稿OK」「撮影・拡散OK」と掲示し、聴衆に動画の拡散を促しており、有効的なSNS戦略を示したかたちだ。
兵庫県知事選を通して、日本でも同じく選挙においてSNSに投稿される情報を頼りに投票する現象が広がり、マスコミの報道を一蹴するような声が相次いだ。
アルピニスト・野口健氏は28日、Xで「トランプ旋風が日本のとある地域にも吹いたように感じます。これだけ圧勝するとは大手メディアは予想していなかったのではないでしょうか」と投稿。
そのうえで、「特に若い有権者はメディアよりもSNSの情報をより参考にしたのでしょう。トランプ氏大勝利について『アメリカメディアの敗北』という指摘もありますが、そのうねりが太平洋を渡ってきたような印象あり」と述べた。
県議会の全会一致で不信任決議を受けた斎藤元彦前知事(46)の失職に伴う知事選。17日に投開票され、斎藤氏が再選を果たした。110万票を超える票を獲得した。
斎藤氏は2021年の兵庫県知事選で無所属で立候補し、自民党と日本維新の会の推薦を受けて初当選したが、今回は主要政党からの推薦を受けず、無所属で再選を果たした。
選挙戦から一夜明けた18日の記者会見で、斎藤氏は今回の選挙について「メディアリテラシーというか、そういったことが問われた今回の兵庫県知事選挙だと思う」「組織や政党の支援がないなか、SNSが一番大事なツールだった」と振り返った。
そのうえで、「県民の皆さんも、自分でいろんなことを調べたりされて、メディアの報道について、色んな媒体で、新聞以外にもテレビやネット、雑誌も含めて色々調べて自分自身で判断していくという風な形がすごく多いんだと思う」と語った。
兵庫県知事選の後、閣僚や党幹部らが選挙とSNSの関係について意見を示した。
平デジタル大臣は記者会見で「SNSで一般の人のコメントが広く拡散されるという今までになかった状況が出てきている。表現の自由は極めて重要であり、SNSを参考に投票行動をとることは民主主義にとってプラスだ」と述べた。
一方、「SNSでは真偽不明なことも断定的に発信されたり、過激で陰謀論的な話になればなるほどたくさんの『いいね』がついたりする。広告収入のビジネスという側面もあり、SNSの特性をよく理解した上で活用することが大事だ」と指摘した。
赤澤経済再生担当大臣は「公的な『応援団』とは全く別の『応援団』がSNSで大活躍して盛り上がりを見せている。SNSでどういう盛り上がりを見せるかが選挙の帰趨に影響するという傾向が見られ始めているのではないか」と述べた。
自民党の小野寺政務調査会長は、記者団に対し「SNSは情報を伝える手段としては重要である一方、不確かな情報が確証を得ないまま拡散される危険性もある。兵庫県知事選挙で仮に不正確な情報が拡散されたならば、世論や選挙結果に影響が出るということも決して否定できない。その影響力について、危険性も含めて認識していくことが必要だ」と述べた。
国民民主党の玉木代表は、記者会見で「『SNSの影響』と言われるが、1つの手段だ。主張が一番大事であり、それがSNSで伝わりやすくなったのかなと思う」と述べた。
その上で「この間のいろいろな選挙を見ても、既存の政党や概念に満足できない民意が存在していると強く感じているので、そういったことをどう受け止めるかが問われている」「真実ではないことを拡散されることもよくあるし、今もそういうことにさらされている。発信側も受信側もリテラシーを高めていく努力が必要だ」と述べた。
マスコミには編集方針や報道規制があるのに対し、SNSは個人の判断で自由に発信できるため、時に偏った情報や誤情報が広まりやすい。同じ出来事や話題でもSNSとマスコミでは異なる情報や見解が提示されることがある。
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