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ウクライナ配備の米エイブラムス戦車の大半が現在 失われ・鹵獲・放棄されている

2025/08/02 更新: 2025/08/02

■解説

アメリカが2023年9月に31両のM1A1エイブラムス戦車をウクライナに供与した際、この動きはロシアとの戦いにおける転機として称賛され、ゼレンスキー大統領も「ゲームチェンジャー」と呼んだ。

エイブラムス戦車は、アメリカの装甲戦力の象徴であり、1991年の湾岸戦争ではイラク軍のような二流・三流の軍隊に対して圧倒的な優位を示した。優れた戦術と訓練に加え、エイブラムスの高度な装甲と射撃管制システムによって、米軍はイラクの装甲部隊を完全に圧倒することができた。

だが、ウクライナに配備されて以降、こうした「夢の兵器」は深刻な苦戦を強いられている。2025年7月までに、少なくとも22両が破壊、損傷、放棄、あるいは鹵獲された。推定によってはその数は最大27両に達するともいわれている。この結果は決して衝撃的なものではなく、むしろ予想されていたことだった。イラクのような弱い敵に対する勝利を基にした期待は、極めて非現実的だったのだ。

湾岸戦争において、優れた指揮の下で運用されたエイブラムス戦車は、卓越した訓練を受けた乗員によって操られ、イラク軍が運用するT-72戦車を壊滅させた。制空権の確保、精密な砲撃、そして強固な兵站体制を活用することで、勝利にとって理想的な条件が整えられていた。イラク側の戦車兵の訓練不足や指揮系統の劣悪さ、そして旧式で火力で大きく劣っているT-72の使用が、エイブラムスの伝説的な優位性をさらに際立たせた。

また、2003年以降のイラクやアフガニスタンでも、エイブラムス戦車は主に反政府勢力との戦いに投入され、その無敵神話が補強される結果となった。

こうした過去の成功体験が、エイブラムス戦車はウクライナでも圧倒的な力を発揮するとの楽観論を生み出した。ゼレンスキー大統領も、2023年の反攻作戦においてロシア軍の防衛線突破に寄与すると強調していた。しかし現実には、ロシア軍は高度なドローン、対戦車誘導ミサイル、世界最強クラスの砲兵戦力、そして柔軟な戦術を駆使する手強い敵であり、二流軍隊では到底露呈しなかったエイブラムスの限界を明らかにした。

エイブラムス戦車が期待どおりの成果を上げられなかった理由として、ウクライナに供与されたのは最良のモデルではなかった、という指摘もある。実際、ウクライナに渡ったのはM1A1 SA型であり、装甲には劣化ウラン(DU)ではなくタングステン補強複合装甲が使用されていた。これは米軍が運用するM1A2 SEPv2やSEPv3のDU装甲に比べれば性能が劣る。とはいえ、DU装甲の優位性が発揮されるのは主に戦車砲による正面からの撃ち合いにおいてであり、ウクライナの戦場で一般的に見られるような脅威に直面した場合、その優位性は想像されるほど大きな意味を持たない。

結果として、劣化ウラン装甲であれタングステン装甲であれ、エイブラムス戦車の装甲は、砲撃、対戦車誘導ミサイル、そしてロシアのFPVドローンといった、ウクライナの戦場における一般的な脅威に対しては、ほとんど防御効果を発揮できなかった。

[1] FPVドローン:操縦者がドローンに搭載されたカメラの映像をリアルタイムで見ながら操縦するタイプのドローン

ロシア軍の152mm榴弾砲のような大口径砲による直撃や至近弾であれば、劣化ウラン強化装甲の有無にかかわらずどの戦車も破壊されてしまう。また、ロシアの携行式対戦車誘導ミサイル、9M133コルネットは、エイブラムスの側面および後部装甲を容易に貫通可能である。さらに、ピラニア-10のようなFPVドローンや、ランセットのような徘徊型弾薬は、エイブラムスの装甲が薄い上面を狙って攻撃し、いずれの素材でも大きな防御効果は得られない。そのため、たとえ劣化ウラン装甲を備えたM1A2であっても、これらの上空からの攻撃には無力であり、事実上、ほぼすべての戦車が共通して抱える弱点を露呈している。

[2]徘徊型弾薬:自律飛行し標的を探して攻撃する無人兵器

ロシアの同等レベルの戦力は、米国のエイブラムス戦車が、状況によってはより安価でリソースを必要としない戦車と同様に脆弱であるという不快な現実を浮き彫りにしている。劣化ウラン装甲が効果を発揮する戦車砲による正面からの撃ち合いは稀であり、ロシアのT-72B3やT-90Mといった戦車は、砲発射式の対戦車ミサイル9M119Mレフレークスを使用して、エイブラムスの主砲の射程外から攻撃を仕掛けてくる。

2024年3月に報告されたエイブラムス喪失例でも、こうしたミサイルによるアウトレンジ戦法が確認されている。ロシアの戦車キラー部隊には、西側供与の戦車を破壊・鹵獲することで報奨金が支払われる。たとえば、最初のエイブラムス戦車を鹵獲した際には500万ルーブル(約6万3千ドル)の懸賞金が提示されており、エイブラムスはロシアにとって絶好のプロパガンダ標的となっていた。2024年5月にモスクワで展示された鹵獲エイブラムス戦車は、その意図を際立たせた存在となり、ロシア軍の士気を高めると同時に西側の兵器は常に優れているという考えに挑戦する材料となった。

[3] アウトレンジ戦法:敵の射程外から攻撃する戦法

さらに、戦術上の判断ミスとエイブラムスの極端な兵站依存体質が、その脆弱性を浮き彫りにした。エイブラムスは北大西洋条約機構(NATO)の統合火力戦ドクトリンのもとで設計されており、航空支援・砲兵支援・強固な補給線・優れた状況認識に依存している。ところがウクライナ戦線では、弾薬不足、限定的な航空支援、そして67トンという重量と高燃料消費による過度な整備要求が重なり、戦車は脆弱な状態に置かれてしまった。ウクライナの戦車兵たちも、NATOならばこんな状況でエイブラムスを投入することはあり得ない、と語っており、特に無支援のままロシアのスロビキン・ライン(地雷・塹壕・猛威を振るう砲撃・ドローンによる防衛が張り巡らされた要塞線)に対峙させられたことは、まさに破滅的な判断だった。たとえ劣化ウラン装甲を備えていたとしても、戦術ミスや補給の不備によって生じる損失を防ぐことはできなかっただろう。

湾岸戦争での成功を再現できるという期待は、ロシアが技術と戦術の両面で米軍と同等の能力を持っているという現実を無視していた。旧式の装備に頼るイラク軍とは異なり、ロシア軍はドローン、高度な対戦車誘導ミサイル、広範囲にわたる戦場監視、電子戦能力を駆使しており、エイブラムスの強みをことごとく無力化している。

2024年4月には、わずか12日間で4両のエイブラムスが破壊されるなど、その損失は同等の敵との戦いにおける厳しい現実を示していた。元米国家安全保障担当補佐官ジェイク・サリバン氏が2024年に述べた「ドローンの多いウクライナ戦場では、エイブラムスは『役に立たない』」という評価は、この戦場環境の変化を端的に示している。

たとえ劣化ウラン装甲が搭載されていたとしても、正面からの対戦車ミサイルによる損失の一部を防げた程度であり、大半の損失はドローン、砲撃、地雷、戦術ミスによるものであり、不可避だったと言える。

エイブラムスのウクライナにおける失敗は、西側の「夢の兵器」という物語が、格下の敵に対しては通用しても、同等の競合相手には崩れ去るという冷厳な現実を突きつけている。

イラクなどの劣勢な相手に対する過去の勝利に基づいた期待は見当違いであり、ウクライナという流動的かつ急速に進化する戦場が示したのは、M1エイブラムスが同格の敵に対しては圧倒できないという事実だった。

この結果は、決して驚くべきものではなく、むしろ、過去に大きく劣る相手に対して収めた成功が、将来の兵器システムの有効性を予測する際の最良の基準とは限らないという認識を持つことの重要性を浮き彫りにしている。

国防改革を中心に軍事技術や国防に関する記事を執筆。機械工学の学士号と生産オペレーション管理の修士号を取得。
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