台湾衛生福利部 苗栗病院 精神科部長であり、台湾国際臓器移植ケア協会の副理事長を務める黄千峯医師が10月27日、横浜市で特別講演を行った。講演では、日本のアルコール健康障害対策法を高く評価するとともに、臓器移植をめぐる国際的な倫理課題に警鐘を鳴らした。会場を訪れた横浜市議は「中国で実際に行われている事実に衝撃を受けた」と述べ、法的整備の必要性を訴えた。
日本のアルコール健康障害対策を高く評価
黄医師は、日本が2013年に制定した「アルコール健康障害対策基本法」について、「アジアで初めて飲酒問題を国家の健康政策の一環として位置づけた」として高く評価した。

これまで飲酒の問題は、個人の嗜好や道徳の問題と見なされがちだったが、実際には心身の健康に深刻な影響を及ぼすものである。同法の設計は極めて包括的で、中央政府と地方自治体の役割分担、教育の推進、人権の尊重、スティグマ(偏見)の解消などが盛り込まれている。
さらに、早期介入体制の整備、医療資源および家庭支援の確立など、臨床・研究・教育を統合した枠組みが形成されている点も特徴的だ。
「久里浜方式」から学ぶもの
神奈川県横須賀市の国立久里浜医療センターは、アルコール依存症治療・研究・教育の中核機関として指定されており、黄医師は「日本の優れた取り組みを台湾の医療現場にも応用し、今後の政策に反映させたい」と述べた。
久里浜方式では、アルコール依存を意志の弱さではなく「病気」として捉える。この理念のもと、治療は開放病棟を中心に行われ、集団療法や認知訓練が取り入れられている。患者は性別や年齢に応じて分類され、それぞれに適した治療が行われている。
黄医師は「これらの仕組みは台湾にとっても大いに参考となるモデルだ」と語った。
一方、台湾には飲酒問題を単独で扱う法律がまだ存在せず、医療的支援を中心とした対応にとどまっているのが現状である。
しかし近年、飲酒運転や家庭内暴力などの社会問題を通じて、飲酒の危険性に対する認識が高まりつつある。社会的理解の進展とともに、関連法制の整備を求める動きも強まっており、日本の経験は今後の制度設計において重要な参考事例になると指摘した。
臓器移植に関する立法への取り組み
講演の後半では、黄医師が長年関わってきた臓器移植関連の立法活動にも言及した。
問題の発覚は、台湾の健康保険データベースの調査によるものだ。1998年から2007年の間に海外で腎臓移植を受けた患者は2280人に上り、そのうち9割以上が中国本土へ渡航していた。患者の証言によると、電話予約から数週間以内に移植が実施できたケースもあり、極めて不自然な臓器供給体制の存在が疑われたという。
同時期、中国の肝臓移植件数は約180倍に急増。当時、中国共産党(中共)の黄潔夫衛生部副部長は「臓器の9割以上が死刑囚から提供された」と説明しているが、死刑囚や、自由を奪われている拘束下の個人(囚人など)は、真に自由な意思表示ができない状況にあるため、世界保健機関(WHO)や国際移植学会(TTS)は、これらの者からの臓器摘出は倫理的に受け入れられないとしている。
さらに、国際人権団体の統計によれば、中国の年間死刑執行数は約1千件前後にすぎないのに対し、移植件数は1万件を超えており、出所不明の臓器の存在が強く疑われていた。
国際社会での対応と法整備
2019年には、英国ロンドンでハーグ国際法廷元判事ジェフリー・ナイス卿が議長を務める「中国法廷」が開催され、中共政府が法輪功学習者やウイグル族など良心の囚人から臓器を摘出してきたと結論づけた。その行為は「人類に反する罪」に該当すると認定された。
2021年には英国が「医薬品および医療機器法」を改正し、不法に取得された臓器や人体組織の輸入を禁止した。
この背景には、2005年に英紙『ガーディアン』が、中国の化粧品会社が処刑された囚人の皮膚からコラーゲンを抽出し製品化していたと報じた事件がある。中絶胎児の組織が使用されていた可能性も指摘され、製品は香港経由で欧州などに輸出されていたという。
黄医師は「良心の囚人、法輪功学習者、ウイグル族などが殺害された後、臓器だけでなく皮膚や組織までもが商品化され、国際市場に流通していた可能性がある」と警鐘を鳴らした。
2024年にはアメリカ下院が「臓器強制摘出防止法」および「法輪功保護法」を可決し、臓器摘出を伴う迫害を国際的な人権犯罪として制裁対象に位置づけた。
台湾・日本の法制度の進展
一部の国では、中国も含む海外への渡航移植を法律で制限・禁止しはじめた。2008年のイスラエルを皮切りとして、2015年には台湾でも「人体器官移植条例」が改正され、海外移植を含む臓器売買を刑事罰の対象とし、医師に報告義務を課した。2024年には同改正法が初めて適用され、臓器移植に関与した医師に懲役2年および罰金500万台湾ドル(約2506万円)が科されている。
さらに、台湾の民進党、国民党、民衆党に所属する立法委員が共同提案者として「生体臓器収奪の防止および取締りに関する法案」を提出。35人の議員が賛同署名した。同法案は今年1月に第一読会を通過した。
日本でも2023年、海外での臓器移植を国の許可なくあっせんしたとして、臓器移植法違反(無許可あっせん)の罪でNPO法人「難病患者支援の会」(東京)理事長、菊池仁達被告に、懲役8か月、法人に罰金100万円が言い渡されるなど、中共による臓器濫用問題によってアジア全体で倫理・法制度の再構築を迫っていることが浮き彫りとなった。
医療協力の深化と国際連携
2019年11月、東京大学で日本・韓国・台湾のNGOが共同で「アジアシンポジウム」を開催し、中共政府による法輪功学習者や少数民族からの臓器強制摘出を明らかにした。シンポジウム終了後、主催団体は「東京宣言」を発表し、各国政府および国際社会に対し、中共による臓器移植の濫用を阻止するための具体的な行動を求めた。
また、横浜市議会では、市民団体「中国における臓器移植を考える会」が提出した陳情
「臓器移植に関わる不正な臓器取引や移植目的の渡航を防止し、国民が知らぬ間に犯罪に巻き込まれない環境整備を求める意見書提出」が、9月の本会議で採択された。
黄医師は「これは先駆的な取り組みであり、全国の地方議会の模範となるものだ」と高く評価した。
また、同年6月5日に東京で開かれた「臓器移植を考える日台シンポジウム」では、「臓器提供の自給自足、違法臓器移植の撲滅」をテーマに国際的な連携強化が確認された。
さらに、2025年8月8日には日本医師会と台湾医師公会全聯合会が姉妹間協定を締結し、医療分野での協力関係が正式に結ばれた。続く9月19日には台北でアルコール依存症国際シンポジウムが開催され、日本の経験が共有され、両国の医療専門家による活発な意見交換が行われている。
日台の相互学習と信頼
講演の締めくくりで黄医師は、「台湾はアルコール依存症対策の分野で日本から制度設計とケアの精神を学び、日本は臓器移植法制で台湾の実践から多くを学ぶことができる」と述べ「相互に学び、信頼し、共に歩む関係こそが、日台関係の最も貴重な価値である。医療が両国の友情の架け橋となり、立法が命を守る力となることを願っている」と結んだ。
来場者の声
田野井一雄横浜市議は「中国でこのようなことが実際に行われているという事実に衝撃を受けた」と語った。自身もがんで多くの人を失った経験から、がん撲滅議員連盟を立ち上げ活動していることに触れ「亡くなった方の臓器を移植に利用しているというのは信じがたく、強いショックを受けた。こうした問題は芽のうちに条例などで防がなければならないが、日本ではまだ十分な対応ができていない」と懸念を示した。
また来場者の島知子さんは「人間由来のコラーゲンが化粧品などに使われていたという話を聞き、日常で使う製品にそのようなものが含まれているかもしれないと思うと胸が痛む」と語り、中国で法輪功学習者やウイグルの人々が人権を奪われ、臓器や皮膚、骨などを強制的に摘出されている現状に触れ、「無実の罪で苦しむ人々が一日も早く救われることを願う」と訴えた。
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