袁紅冰氏暴露 張又侠が習近平軍権に挑戦し失脚 内幕と中共軍大粛清の真相

2026/02/02 更新: 2026/02/02

袁紅冰氏が暴露! 中国共産党(中共)軍ナンバー2・張又侠が習近平の軍権に挑戦し失脚の内幕。東南派・西北派の激闘、推薦名簿提出と「夫妻店」批判の全貌。2か月密謀の逮捕作戦で習が勝利か? 中共軍大粛清の真相を解説。

中共軍の「ナンバー2」であり、中共中央軍事委員会副主席の張又侠が官報で失脚を公表された衝撃は今も広がっており、現在もさまざまな噂が飛び交っている。オーストラリアに亡命した元北京大学法学者の袁紅冰氏は、公式発表から読み取れる張又侠事件の真の内幕は、外部で語られている「汚職粛清」や「個別の規律違反」ではなく、習近平個人の独裁体制の核心、すなわち軍権と高級将校の任命権に直接挑戦したのであると指摘した。

中国国防部は1月24日、張又侠と中央軍委連合参謀部参謀長の劉振立が「重大な規律違反と違法行為」に関与したとして取調べ中であると発表した。これは1971年の中共の林彪事件以来、最も高位の中共将官の失脚となる。関連ニュースが明るみに出ると国際的にも大きな反響を呼び、張又侠がアメリカに中共の核兵器計画を漏洩したとの説や、前国防部長・李尚福を賄賂で昇進させたとの説まで流れたが、その真偽は外部からも強く疑問視されている。

袁紅冰氏は、こうした噂の多くは中共の対外宣伝部門が意図的に流したものであり、その目的は張又侠逮捕によって引き起こされた政治的衝撃を弱めるとともに、中共党首である習近平が、あたかも「雲のように淡々と」この案件を鎮静化させたかのような印象を作り出すことにあると述べた。

習家軍の東南派vs西北派 1年越しの派閥闘争

袁氏はこの一連の事件の発端について説明し、いわゆる「習家軍」の中は実際には二つの派閥に分かれていると語った。一つは苗華と何衛東を中心とする「東南派」、もう一つは張又侠を中心とする「西北派」である。両派はいずれも習近平に忠誠を誓う陣営に属しているが、軍の主導権をめぐっては生き残りを懸けた対立関係にあるという。

袁氏によれば、第二十回党大会後、まず東南派が先に攻勢をかけ、その結果、西北派に属する国防部長・李尚福が汚職の罪で失脚した。続いて西北派が反撃に転じ、東南派を全面的に粛清した。苗華、何衛東のほか約百名の将官、さらに千名近い佐官級軍人が相次いで摘発されたという。

袁氏はさらに、習近平が東南派を一掃する決意を固めたのは、彼自身が直接掌握する情報部門の報告によるものであり、また、劉振立が管理する中央軍委連合参謀部の軍事情報部門からも情報を得ていたと述べた。それによると、苗華、何衛東、そして当時の武装警察部隊司令官や東部戦区の司令・政治委員らが、江沢民の子息・江綿恒や馬興瑞ら江派残余勢力と政治的派閥を形成し、習近平が台湾海峡戦争を発動した際に一か八かの賭けに出て、習を裏切り政局掌握を画策していたことが判明したという。

2025年10月、中共は公式に苗華、何衛東ら9人の上将が失脚したと発表し、党軍内部の東南派は壊滅したと宣告した。

張又侠の軍高層人事要求と習近平への公然挑戦

1年に及ぶ軍の大粛清の結果、中共の各戦区、各軍種、そして中央軍委内部の多くの部門で指導職の主官が深刻に欠け、共産党の私兵とも称される中共軍の指揮体系はほとんど機能不全に陥った。

袁紅冰氏は、苗華・何衛東らの失脚から半月もたたないうちに、張又侠と劉振立が連名で中央軍委に1通の報告書を提出し、「迅速に軍の上層幹部を補充すべきである」と要求したと述べた。さらに彼らは中将・少将合わせて70名余りの推薦名簿を添付し、「この名簿は全軍10万人以上の将校による『民意調査』の結果であり、軍心を代表するものである」と主張したという。袁氏は「この行為こそ、習近平が持つ軍高級将校任命の最高権限に直接挑戦するものであった」と語った。

軍委会議で衝撃発言 張又侠が習近平に公然と挑戦

袁紅冰氏の話によると、体制内部の消息筋からの情報として、その後に開催された軍事委員会拡大会議で張又侠が非常に衝撃的な発言を行ったという。彼は、第二十回党大会以降に発生した一連の大事件が、軍の評判を取り返しのつかないほど傷つけたと指摘した。

張又侠は会議で、「中央軍委は高級軍官の登用・任用における重大な誤りを深く反省すべきである。権力と責任は相互に対応する。『一人の絶対的権力』を持つのであれば、その絶対的責任も負うべきである。今後の人事任命、特に高級軍官の任命については、軍事委員会の中で独断で決めるのではなく、集団で議論し、軍心にかなう決定を下すべきである」と述べた。

「夫妻店」人事批判 彭麗媛暗喩の衝撃発言

張又侠はさらに、習近平の妻・彭麗媛を暗に皮肉る発言をした。「高級軍官の任命を『夫妻店、(家族経営の命令)』のように行うことはあってはならない。今回、私と劉振立が提出した推薦人事名簿は、全軍10万人以上の幹部の中から選出したものである」と述べた。

袁紅冰氏は「この名簿の提出は、習近平の権威を地に落とし、踏みにじる行為にほかならない。これこそ当局が張又侠を『軍委主席責任制を深刻に蹂躙・破壊した』として断罪した主要な理由である」と指摘した。

袁氏によると、張又侠が2025年10月末に反旗を翻したのは、形勢に対する誤った判断に基づくものであった可能性がある。彼らは、苗華・何衛東の大事件が爆発した後、習近平は張又侠の支えなしには軍を安定させられず、孤立無援に陥ると考えていたようである。そのため「相手が病に伏している今こそ命を取る」とばかりに、習独裁への不満が一気に噴出したとされる。

習近平の2か月密謀 張又侠逮捕作戦の全貌

袁紅冰氏は、張又侠の公然たる挑戦に対して、習近平は表面上きわめて冷静かつ抑制的にふるまい、張の報告と推薦名簿を真摯に検討し、さらには自身の責任をも反省するとまで答えたと語った。これにより張又侠は警戒を緩め、習の狡猾さを見誤った。

袁氏はさらに明かした。すでに第二十回党大会の時点で、習近平は中央軍委主席弁公室直属の「特別勤務部隊」を編成しており、この部隊は少将以上の軍官の逮捕・拘束を専任としていたという。約2か月の極秘計画と準備を経て、この部隊はわずか4日で張又侠と劉振立の逮捕作戦を完了した。さらに、前述の推薦名簿に記載していた70名余りの将官も、その後ほぼ全員が拘束または粛清され、彼らの部下や人脈も例外なく処分されたという。

吳旻洲