今年のミラノ冬季五輪で、アメリカの華人フィギュアスケート選手・劉美賢(アリサ・リュウ)がほぼ完璧な演技を見せて、女子シングルと団体で金メダルを獲得し、大きな注目を集めた。これに伴い、父親の劉俊氏の過去の経歴にもメディアの関心が再び集まっている。
劉俊氏は1989年の天安門事件当時、1989年の民主化運動で広州学生自治連合会の主席を務めていた。弾圧後に中国共産党(中共)から指名手配された。のちに「黄雀行動(作戦)」により救出されアメリカへ渡り、現在はアメリカで弁護士として活動している。
同氏は新唐人テレビの単独インタビューで、「私は六四天安門事件の後、中国を逃れてアメリカに来た。ほぼ身一つで一文なし、まさにゼロからの再出発。アメリカで懸命に働き、現在は弁護士をしている」と語った。
劉氏は渡米後、新たな生活を築くと同時に、中国の人権問題に関心を持ち続けてきた。
その理由について、「私はいつも、誰かが声を上げる必要があると思っている。中国に住む人々は声を上げたくても上げられない状況にある。アメリカに身を置き、発言の機会を手にしている私たちは、中国の人々の暮らしに目を向け、その人権状況を注視し続けるべきだと考えている。だからこそ私は、領事館前で多くの活動を行ってきた」と話した。
劉俊氏によると、中共による国境を越えた監視と嫌がらせは2022年の北京冬季五輪前に最も激しくなった。当時、娘のアリサ・リュウ選手はアメリカ代表として出場準備を進めていた。海外の工作員が米オリンピック委員会職員を装って劉俊氏に接触し、本人と娘のパスポートなどの個人情報の提出を求めたと。拒否すると脅しめいた言動があった。
その後、FBIも劉俊氏に対し、中共当局が本人と娘を監視していると警告した。しかし、脅迫に対して劉氏は強い姿勢を崩していない。
劉俊氏は「私は常に死をも恐れないという覚悟を胸に生きてきた。ただ精一杯に生き、できるだけ自分のやりたいことをしていけばそれで十分だと思っている。美賢(アリサ)はこれほど立派に成長し、全米フィギュア史上最年少の女王となり、さらに今は世界チャンピオンであり、オリンピック金メダリストにまで登り詰めた。そう考えると、私の人生はすでに十分満足できるものだ」と述べた。
民主化運動に参加した時の心境について、「思い返せば、1989年の時、すでにいつ死んでも悔いはないと思っていた。当時、中国の共産党政府の腐敗に反対し、人民に自由や発言権がないなどの問題に気づいて、立ち上がって中共に抗議する活動に身を投じた。だから、89年弾圧後も、死んでも悔いはないという気持ちだった。今死んでも笑って逝けると思って、自分は非常に意義のあることをしたと感じている」と語った。
同氏はまた、1990年代以降、中共が海外に派遣した工作員が自分に接触し情報収集をしてきたと明かした。いかなる脅迫も自分を黙らせることはできないと強調した上で、中共に対し、法輪功への国境を越えた弾圧や嫌がらせを即刻停止するよう要求した。
「あなたたち(中共)が私を脅しても何の効果もありません。私は恐れていません。法輪功という団体も、李洪志氏や他の法輪功学習者も、中共の脅しによって活動をやめることはないでしょう。だから私の忠告は、もうやめたほうがいいということです。これ以上、私たちを脅したり嫌がらせをしたりしないでください」と語った。
*「黄雀行動」は1989年6月下旬に始まり、香港の政権返還前まで続いた。香港の実業家や芸能人、裏社会の関係者らが資金を募り、延べ700~800人に上る1989年の六四天安門事件関係者を中国本土から救出し、安全に海外へ送り出した。その中には、中共内部から指名手配されていた趙紫陽の次男・趙二軍の妻と娘も含まれている。
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