中国 ひとりのカメラマンが最期に大紀元へ託した記録

【第11回】天安門事件 37年封印された写真2千枚を初公開

2026/06/06 更新: 2026/06/06

【読者へのお知らせ】

今回公開する写真には、天安門事件で犠牲となった市民や学生、重傷を負った人々の姿が含まれています。目を背けたくなるような場面もありますが、歴史の真実を伝えるため、そのまま掲載します。

 

今年は天安門事件から37年となる。

大紀元はこのたび、これまで一度も公開されたことのない天安門事件関連の写真2千枚以上を独自に入手した。

写真に残されていたのは、民主と自由を求めた人々の姿であり、中国共産党(中共)による流血の武力弾圧の記録である。

本特集では、37年間封印されてきた歴史の現場をたどりながら、決して忘れてはならない1989年6月4日の記憶を伝えていく。
 

天安門事件

1989年春から初夏にかけて、北京の天安門広場で学生による民主化運動が始まり、その動きは中国各地へ急速に広がった。数百万人の学生や市民が街頭に立ち、汚職への反対と民主、自由を求めて平和的な声を上げた。

しかし中共上層部は、秘密裏に大量の正規軍を動員した。そして1989年6月4日未明、戦車と機関銃を使って市民に対する全面的な武力弾圧を開始した。民間の推計では、銃撃による犠牲者は数千人から1万人を超えるとも言われている。

当時、現場に立ち会った公式カメラマンの一人は、その歴史の一部始終を記録した。彼が撮影した大量のフィルムは、37年間にわたって世に出ることなく眠り続けていた。人生の最期を迎えたこのカメラマンは、この貴重な写真群を大紀元に託した。

最近、中国当局は、この写真に関係しているとみなした人々への脅迫や嫌がらせを行い、大紀元に対しても、この写真を公開しないよう圧力をかけている。

37年間、中共は事件の真相を隠し続けてきた。学生たちによる平和的な抗議活動を「反革命暴乱」と決めつけ、軍隊が市民に発砲した事実を長年にわたり否定し続けてきた。

しかし歴史は封じ込められたからといって消えるものではない。

大紀元は今回、このカメラマンの遺志を受け継ぎ、37年間眠り続けた天安門事件の写真を初めて公開する。中共が必死に隠し、歴史から消し去ろうとしてきた記録が、いま初めて世に出る。

 

民主化運動が広がっていた1989年春の北京。武力弾圧に向けて動員された軍の車列を止めようとする市民や学生たち(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。武力弾圧に向けて動員された軍の車列を止めようとする市民や学生たち(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。北京へ向かう軍の車列の前に立ちはだかる丸腰の市民たち(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。人民大会堂前には「軍の車列に、だまされるな。人民よ、立ち上がれ」と訴える横断幕が掲げられていた(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。学生たちが発表した要求事項をまとめた声明(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。天安門広場で座り込みを続ける学生。「これは暴動ではない。私たちは対話を求めている」と背中に記している(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。学生たちとの「対話」を戦車で行おうとする当局を風刺した漫画を掲げる学生(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。天安門広場の集会で戒厳令の撤回を求める人々(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。軍による武力弾圧が始まるなか、焼かれた戦車(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。軍による武力弾圧が始まるなか、焼かれた戦車(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。焼かれた軍の車両(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。焼かれた軍の車両(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。焼かれた軍の車両(大紀元)

 

民主化運動が広がっていた1989年春の北京。焼かれた軍の車両(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。焼かれた車両(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。焼かれた車両(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。焼かれた車両(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。学生や市民になりすました軍人が車両や戦車への放火などで武力弾圧の口実作りを行っていたとされるなか、北京大学の学生を装っていた疑いのある人物を取り押さえた学生たち(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。6月4日未明、北京に投入された軍が学生や市民に向けて発砲した。写真は、戦車にひかれた学生の惨状を語る目撃者(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。学生や市民に向けた発砲で撃ち抜かれた窓ガラス(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。北京に投入された軍の発砲で倒れ、運び出される血まみれの市民(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。北京に投入された軍による発砲が始まるなか、「ママ、ぼくは泣きたいよ」と背中に書いた少年(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。軍による発砲が始まるなか、「子供たちを救え」「これは暴動ではない」と掲げ、学生たちへの支援を訴える市民(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。発砲による流血に抗議し、首都の労働者がストライキと商店の営業停止を呼びかけた貼り紙(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。軍による発砲を受け、街頭に書かれた「流された血の責任を取れ」の文字(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。「どうして見殺しにできるのか」と書いた看板を掲げ、学生たちへの支援を訴える市民(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。軍による発砲が始まるなか、学生たちへの支援を訴えて街頭に立つ市民(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。軍による発砲が始まるなか、最後まで抗議を続ける決意を示す学生たち(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。軍による発砲の後も、集会への参加と抗議の継続を呼びかける学生たちの貼り紙(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。弾圧に屈せず抗議を続ける意思を示した学生たちの貼り紙(大紀元)
Scanner民主化運動が広がっていた1989年春の北京。「学生たちの血は決して無駄にはならない」「真理は永遠に生き続ける」と記し、抗議継続への決意を示した北京師範大学の女子学生の貼り紙(大紀元)
民主化運動が広がっていた1989年春の北京。海外に向けた政府説明を担った当時の中国政府報道官・袁木を批判する街頭の貼り紙(大紀元)
李凌
中国出身で、日本に帰化したエポックタイムズ記者。中国関連報道を担当。大学で経済学を専攻し、中国社会・経済・人権問題を中心に取材・執筆を行う。真実と伝統を大切に、中国の真実の姿を、ありのままに、わかりやすく伝えます!
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