「農業は国防」 農業自衛隊が挑む食と地域の危機

2026/06/15 更新: 2026/06/15

少子高齢化や地方の過疎化が進むなか、日本では農業や漁業の担い手不足、食料や肥料の輸入依存、自然環境の悪化、鳥獣害、防災力の低下など、地域の基盤に関わる課題が重なっている。

SNSが普及するに連れ、流れる情報も膨大になり、偽情報や認知戦への備えも求められ、日本人が平和で安全に暮らしていける環境は日に日に厳しさを増している。

そうした中、こうした課題に対し、組織や専門領域の壁を越えて行動する組織がある。「農業自衛隊」である。

6月13日と14日、農業自衛隊は、イベント「日本の未来を守る『共創』と『行動』の2日間」を開催した。

大紀元は13日、農業自衛隊とそのタスクフォースが東京都大田区で行った同イベントの基調講演とパネルディスカッションを取材した。

代表を務める松上信一郎氏は、防衛大学校を卒業した陸上自衛官で農業自衛隊の中での階級は「司令」となっている。食料安全保障の危機と退職自衛官の再就職問題という二つの課題を解決するため、自衛隊を6月30日に退職し、農業自衛隊などの活動に専念するという。

「日本を守るのは武器だけではない。食を守ること、自然を守ること、地域を守ること、文化を守ること、命を守ることは、未来の子供たちを守ることである」と松上氏は語る。

松上氏が農業分野へ踏み出した背景には、自衛官としての現場経験と、日本社会に対する強い危機感があった。

松上氏は防衛大学校を卒業後、新潟県中越地震、東日本大震災、フィリピンへの国際緊急援助隊、熊本地震など、数多くの災害派遣や実オペレーションを経験してきた。熊本地震では自身の家族も被災した。松上氏はこれらの任務を十分にやり切ったと感じる一方で、災害現場において、自衛隊と民間企業、行政との間に存在するボトルネックや、縦割り行政の弊害を目の当たりにしたという。この経験が、組織の壁を越えて連携を促す仕組みの必要性を痛感する原点となった。

退職自衛官のセカンドキャリアも、松上氏が問題意識を深めた要因である。自衛官の多くは56歳前後で早期の定年退職を迎える。松上氏は、国のために尽くしてきた高いスキルや貢献心を持つ先輩自衛官たちが、退職後に民間企業とのギャップに苦しみ、孤立感や疎外感を抱えて元気をなくしていく姿を数多く見てきたという。

松上氏は、自衛隊で培われた強靭な組織力やサバイバルスキルが十分に生かされていない現状に疑問を抱いた。そして、「防衛」と「農衛(食料安全保障)」を掛け合わせることで、退職自衛官が誇りを持って能力を発揮できる新たな活躍の場を作れると確信したという。

食料安全保障への危機感も強い。自衛官として常に「有事」を想定してきた松上氏にとって、日本の食料自給率の低さは深刻な脅威である。現在の日本の食料自給率は38%とされるが、原油や肥料、飼料のほぼ全てを輸入に依存しているため、実質的な自給率は一桁台に落ち込むと指摘している。

松上氏は、日本はすでに備蓄社会ではなく物流依存型の社会であり、軍事紛争などで海上交通路(シーレーン)が封鎖されれば、「世界で最初に餓死するのは日本人である」という強い危機感を抱いている。この現実が、自らの手で食料生産基盤を守らなければならないという使命感につながった。

さらに、松上氏は長崎県新上五島町などの有人国境離島を視察し、豊かな自然や人が存在する一方で、深刻な過疎化や第一次産業の衰退が進む現状を肌で感じた。日本の排他的経済水域(EEZ)や領海を守る拠点である離島や中山間地域から人がいなくなることは、単なる過疎問題ではない。国境線を実質的に維持できなくなる安全保障上の危機に直結する。

このため松上氏は、離島や中山間地域を「真に守るべき日本再生の最前線拠点」と位置づけた。農業や漁業は単なる産業ではなく、国をディフェンスする国防そのものであるとの考えに至ったのである。

当初、松上氏は農業分野の課題解決を目的に農業自衛隊を立ち上げた。しかし活動を進める中で、「農業の問題だけを解決しても間に合わない」と考えるようになったという。自然環境の保全、鳥獣害対策、教育、情報セキュリティ、日本人の精神性に関わる神社や祭りに至るまで、日本が抱える危機は根底でつながっているとの認識である。

一方、縦割り行政の日本では、こうした課題を横断的に解決する機能が欠如している。松上氏は、自らが専門領域や組織の壁を越えて協働を推進する「バウンダリースパナー」すなわちハブや結節者となり、日本国民一人ひとりの意識と行動を変革する原動力にならなければならないと決意した。

松上氏の行動の根底にあるのは、「未来の子供たちが明るく健やかに生きられる日本を残したい」という願いである。自ら第一歩を踏み出し、多くの人々を巻き込みながら、日本の根幹を守る挑戦を続けている。

大道修
社会からライフ記事まで幅広く扱っています。
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